鳥籠
おかしい。
そう思った。
窓から入り込んでくる夏の匂い。
潮気がある風。
…おかしいのだ。なにかが。
黒いアンティークのタンスの上に並べられている、小さな小物たち。
それは黒色をしていたり、花の形をしていたり。
タンスの隣には、小さな机があって、
その上にある可愛らしい花瓶。
そこには花が飾られていない。
そう。いつも通り。
いつも通りなのだ。
白い壁がずっと続くこの部屋も。
夏の匂いも。
その“何か”も。
じわり、と私の額に汗がにじむ。
(…暑い)
ぐいっと額の汗をぬぐって、私はいつも通りの位置にある、いつも通りのドアを見つめる。
そっとドアに近づいて、ゆっくりと手をのばす。
…いつも通りの冷たさ。いつも通りの手触り。
まるで、その冷たさに惹かれるように、
私はぺとりと頬をあてる。
─冷たくて、気持ちよい。
けど何か、不安を煽るような……
もういっそ、外に出てしまおうかとドアノブに手をのばす。
途端、絹のように滑らかなカーテンが、ぶわっと波立った。
私の動きが止まる。
「……」
なぜだろう。
一瞬、向こうはとても怖い気がした。
ここよりずーっと広くて、…迷子になりそうな。
私は気力が抜けたように、ドアノブに手をかけていた腕を下ろす。
やめよう。
やっぱり。外に出るのは。
風が入ってくる窓に寄りかかる。
こんな心地よいのだから、きっと、外は良いところなのだろうけど。
ちらりと、外に視線を移す。
「え」
─黒かった。
空が薄黒くて、なにかが渦巻いていた。
窓を閉める。鍵もかける。カーテンも閉じる。
「…嘘だ」
嘘だ。
あれは。
あの風はただ、獲物を誘き寄せるための罠だ。心地よいもので、良い物なのだと思い込ませ、獲物を誘き寄せるつもりだったんだ。
へたりとその場に座り込んで、胸を押さえる。
息が出来ない。苦しい。
窓を閉めると、小さな部屋には、ふわりと甘いラベンダーの香りが広がった。
それを嗅ぐと、だんだんと落ち着いてきて、
私はなにかふわふわした、ぼんやりとした感じに包まれた。
眠いような。心地良いような。
そんな意識の中を歩いて、私は見た。
黒いアンティークのタンスの上に並べられている、小さな小物たち。
それは黒色をしていたり、花の形をしていたり。
タンスの隣には、小さな机があって、
その上にある可愛らしい花瓶。
そこには、今にも消えてしまいそうな。
でもはっきりとした、鮮やかなムラサキのラベンダーが飾られていた。
私はラベンダーに近づく。
優しい匂いに引き込まれるように。
夢うつつに。
ラベンダーの花弁を一枚、優しくちぎる。
なんて優しい。美しい色。香り。
滑らかな手触り。
その花弁を、そっと口に運ぶ。
口内には、優しくて、心地よい香りが広がった。
私はそれを飲み込まずに、含ませたまま、舌の上で転がす。
「…安心する。」
窓は閉めた。ドアももう開かない。
ここには誰も入っては来ない。
ラベンダーを私は独り占めするの。
──あぁ、
「幸せ」
閉じ籠もる小鳥は、狭い、小さな籠の中で愛を啜る。
─それが、自分の世界だと、幸せなのだと、
信じて疑わずに。
そこに誰も入ってはこれないなら、
きっと、でることも出来ないのだろう。