弟よ、お姉ちゃんはやっちまいました。
ハルトバレル候爵家およびハルトバレル商会恒例のどんちゃん騒ぎでショウチュウなる酒をしこたま飲んだ次の朝ーー。
目が覚めると男と同衾していた。
「…………は?」
身を起こすと、ハラリと肩から掛布が落ちる。
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え?私、裸なんだけど。
一応それなりにあるつもりな胸も、おへそも剥き出しである。
下も。
うん、素肌の感触ですね。
何も、履いていないようで。
そぅっと横を伺い見ると、サラサラな薄い金の髪をふっかふかな枕に埋めた美形がいた。
寝てる。
めっちゃ寝てる。
それはもうグッスリと。
めちゃくちゃ気持ち良さそうに寝てる。
ムカツクな。
なんとなくムカツク。
こっちはこんなに混乱して焦ってもいるのに、めっちゃ呑気な寝顔で寝息とか立ててるのがムカツク。
どうせなら顔に似合わないすっごいイビキとかかいててくれたら後で思い出し笑いしてやったのに、あくまでもスヤスヤスゥスゥみたいなおとなしい寝息なのがムカツク。
睫毛くっそ長いな!
……や、違う。
私、ソウジャナイダロ。
どうしよう?
ってかどうする?
どうしたらいい?
あ、ヤバい。
なんか、ちょっと思い出してしまった。
ーー私だ。
これ、100%私が悪い。
ってか私がこうなった原因だ。
私が使用人をしているハルトバレル候爵家にはとある家訓がある。
一つ、
酒は飲んでも呑まれるな。
一つ、
仕返しはナナメ45度で倍返し。
このなんだソレな家訓は、ハルトバレル候爵家の家族だけでなく、ハルトバレル候爵家の使用人及びハルトバレル候爵家が経営するハルトバレル商会の従業員にも適用される。適用って言葉が適当なのかは如何せん学のない私には定かでないが、まあ、そういうこと。
2つ目はともかく、1つ目に関してはハルトバレル候爵家と商会の扱う商品からして『酒に強い』は使用人及び従業員には必須事項だ。
ハルトバレル候爵家の各領地で主に特産品として取り扱われているのはワインを中心としたお酒。
商会においては酒類の製造開発から販売、それらを取り扱う飲食店の経営を行っている。
私が2つ下の弟とともにお仕えしているハルトバレル家のタウンハウスがある王都にも、商会の製造工場が3つに商会本部が併設された酒屋の本店に支店が2つ、両手の指では足りない数の飲食店がある。
そんなハルトバレル家と商会には、とある『お約束』が存在する。
何かというと当主から家族、使用人に従業員入り乱れての無礼講。
毎回毎回死屍累々の様相を作り出す恒例のどんちゃん騒ぎ。
慣れきった古参の使用人や従業員は粗相をして後で掃除をするメイドに睨まれないようにマイ桶を持参してくる。
それでも翌日になればシャッキリと目覚めてそれぞれ仕事につくのがハルトバレルの人間なのだ。
私だってそう。
これまでどれだけ飲んでも醜態を晒したことなんてない。二日酔いで仕事に支障をきたしたこともない。
まして、酔った挙げ句に一夜の過ちだなんて。
隣で寝息を立てる男を起こさないようにそぅっとベッドから足を下ろして。
太腿に感じたトロリとした感触にギョッとして慌てて足を閉じて力を込めた。
そのまましばしベッドの端に腰掛けたまま「ああぁ」と頭を抱える。
酔っぱらって二人して裸で雑魚寝してました。
なんて、淡過ぎる期待はやっぱりなかった。
そもそもバッチリしっかり記憶があるからして、そうでないことはわかってはいるのだけど。
いくら酔っぱらっおうと、朝にはシャッキリしている自分の頭が憎い。
酔っぱらっても記憶がちゃんとある、自分が憎い。
散々横で寝ている美形に絡んで介抱して部屋に連れて行こうとした人間に廊下で服を脱いてついでに剥いて「しゃけくさ~いww」とか言いながら抱きついた自分を覚えている自分が憎い。
「ぎゅっ~として」
とか、
「チュ~するんじゃ~!」
とか言ってアチコチ吸い付いてた自分が憎い。
そしてそれらをしっかり記憶してしまっている自分が憎い。
そりゃあ近場の客室に連れ込まれて据え膳喰われても何も文句は言えない。
大事に大事にされている恋人なら、酒に流されてはいけないと押し留まるということもあるかもしれない。
けれど私と彼は使用人と主家の御曹司。
恋人だとかいう甘い関係ではない。
むしろ丁寧に優しく致して頂いてありがとうございますと言うところだろう。
初めてだったけど、そういうのってなんとなくわかるもの。
すっごく丁寧に扱われたし気も使ってもらってたし優しく触れられてたし、ちゃんと気持ち良かった。
って、そこまで考えて私はボンっと赤面してわたわたした。
いやだって何をクソ恥ずかしいことを!!
く~~~!!!!!!!!
両手で顔を覆って静かに地団駄踏んでたら、またも足の付け根からタラ、と液体が滴り落ちる感触が。
ピタ、と身体を硬直させて、ちら、と横を見る。
相変わらずスヤスヤな気持ち良さ気な寝顔の眠り姫ならぬ眠りの貴公子(?)ぷふっ、そういえば薄い金の髪にアイスブルーの瞳なこの御曹司様のご令嬢方の渾名は氷の貴公子なんだった(笑)。氷の貴公子ぷぷぷ。候爵家の嫡男だし見た目は極上だし貴公子っちゃあそりゃあ貴公子なんでしょうけど。
でも氷の貴公子って、ちょっと恥ずかしいよね?
このところ深夜まで書類に埋もれてたらしいから、疲れが溜まってたんだろう。
この分ならそばで少しぐらいゴソゴソしても大丈夫かな?
私は首を回してベッドの脇に自分の服やら下着からがポテンポテンと散らばっているのを見つける。
何故かドアから点々と落ちてますよ。
たぶん私を小脇に抱えながら手に持ってたのをここに辿り着くまでに落としていったんだろうね。
ついでに私も床に落として放置して行ってくれたら良かったのに。
私はとりあえず一番近くに落ちていた靴下を足先で手繰り寄せた。
ちょいと失礼、と誰にか知らないけどなんとなく胸の中で断りを入れて、まあ、その、少々お恥ずかしいが、一足を足の付け根に挟んで力を抜く。
「……っ」
その途端、ドロリと自分の身体の内から溢れ出すものの勢いに息をのむ。
一度じゃ終わらなかったもんね。
その、向こうもお若いし、私もおねだりみたく縋っちゃってたりしたもので。
勢いが収まるのを待って挟んでいた靴下を足元に落とし、もう一足であとを軽く拭って一歩、二歩、気持ちは抜き足差し足のつもりな現実にはガックンガックンな足取りで下着に辿り着き身につける。
あとはドアにガックンガックン向かいながら順に服を身につけ汚れた靴下はとりあえずメイド服のポケットにねじ込んだ。
ちょうどすべての衣服を着込んだところでドアに辿り着いたので、そっと開いてささっと外に出て背中ごしにドアを閉める。
そのまま私はドアを背にずるずると座り込んだ。
茫然とまだ薄暗い廊下の天井を見上げる。
えっと、これ、大丈夫だよね。たぶん。
避妊とかしてないけど、そんなすぐ妊娠とかするもんでもないよね?
うん。大丈夫、きっと。
私は私にうんうんと何度もきっと大丈夫、と言い聞かせて、はあ、と息を吐いた。
どうしよう…。
これで気まずくなってこの家に居づらくなったらやっぱり辞めるしかないのかな。
私はまだいい。
だって自業自得だし。
でも、弟は?
せっかく仕事をしながら学校にも通わせてもらってるのに。
私のせいで弟まで辞めることになったら、私はどう償ったらいいんだろう。
「はあ、どうしよう……」
ーー親愛なる弟よ、一大事です。
お姉ちゃんは主家のお坊ちゃんを襲ってしまいました!