03 ガビット
"アトモスフィア……大気を操る能力とは…何の因果かね"
何を考えているのか、感情の読めない無機質な声が響く。
当の雄輝は目を覚ましていないが、無機質な声は、淡々と話を続ける。
"平和なあの時代だ、特に表に出る気も、干渉する気も無かったが戦があるなら話は別だ、まずは私の器として、最低限の力は手に入れてもらわないと困るが"
"しかし今度の相手は異界の者か、この世界の人間は色々と能力も持っていると言うし…くふふっ、なかなか心躍るではないか"
"まぁ、まだ先の話だろうし私はここから高みの見物でも決め込もうかね、いずれ来るその日まで………"
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん…ここは?」
雄輝が目を覚ますと、そこは木製の小さな小屋の中だった、先程まで確かにあの女神と話していたはずだが、どうやら既に異世界に来ているようだ。
「俺異世界の言葉とか知らないんだけどな、日本語とか通じるのかな?」
雄輝が小屋の中で一人うんうんと唸りながら独り言を言っていると、机の上に手紙があるのを見つけた。
「ん?何だこれ……手紙?これは多分俺宛で良いんだよな?」
雄輝はこれで違う人宛てだったりしたらちょっと悪いな〜などと考えながらも手紙を手に取ると、中を開いてみることにした。
[やっっほーーーーー!!みんな大好きネラちゃんだぞ!これを読めてるってことはしっかり着いたみたいだね!さっき話した少しのおまけ、あれの説明をしたいと思いまっす!気になるかい?気になるかい?そーか気になるか!じゃあ教えてあげよう!雄輝くんは何の準備も無しに異世界に飛んできたわけじゃん?いくら能力を渡したからってそのまんまって訳にも行かないから、サービスの中のサービスにサービスを重ねまして、全言語理解って能力と鑑定スキルをプレゼントしちゃいました!嬉しいかい?嬉しいだろう?そうかそうか嬉しいか!いやね実は私もサービスし過ぎかなってほんのちょこーっと思ったんだけ…………]
「うざい!!!そして長い!!」
あまりのウザさに気づくと雄輝は読んでいた手紙をめんこよろしくベシっと床に叩きつけると天井に向かって叫んでいた。
例え善意100パーセントの手紙だったとしてもこの手紙のあまりのウザさに雄輝の容量を完全に超えてしまったのだ。仕事はしっかりしているし、雄輝のために結構な大サービスをしてくれたというのに、実に不憫である。
「な…なんてウザさだ……」
雄輝が残念女神のあまりのウザさに硬直していると、目の前の空間に突然切れ目が入った。
「ん?なんだこれ?え?空間に切れ目?」
「最後まで読めやゴラァあーー!!」
「えええええええぇぇ!!!!」
空間を引き裂いて出てきたのはご存知残念女神ネラである、実はネラは雄輝が手紙を読むのを楽しみにしており、天界から雄輝が読むのを今か今かと待っていたのだが、いきなり叩きつけたのを見て何しやがる!と雄輝の元に駆けつけたのだ、最早なんでもありである。
「わたしがその手紙の反応をどれだけ楽しみにしてたかわかる?それをいきなりベシって!ベシって!どんな反応じゃあぁぁぁ!!!」
「わ、わかったわかった!読む読む読むから!落ち着けって!」
ブチギレるネラに、こいつ本当に女神か?と思いながらも宥める雄輝、はたから見たらだいぶおかしな光景になっていた。
「もういいよ!来ちゃったんだし!限界していられる時間は少ないけど、祝福の説明くらいはしてあげる!」
ネラはぷりぷりと怒りながらも説明を始める。
「私の祝福は〜、異性と話す時に緊張しづらくなります!」
「あんま特別感ねえ!」
「と言うのは冗談で、精神強化ってやつです!幻術とかの精神干渉系の能力は効かなくなるし精神が強くなります!まあ本当に緊張しづらくなるし?一個前に言ったことも間違いではないかな?」
「え、めっちゃ強いじゃん」
精神強化などというなかなかの能力に雄輝は驚きのあまり目を丸くしている。
「まあわたしもそこそこ位の高い神だしね!それくらいは余裕さ!」
褒めて褒めて!と言わんばかりの満面の笑みに、雄輝は裏の無い純粋な感謝の言葉を伝える。
「あぁ、本当にありがとう、正直ここまで良いものだとは思ってなかったよ、あ、それと、貰った能力ってどうやって使うの?」
「うふふ、喜んでもらえたなら良かったよ!能力の使い方はもう頭の中にあるはずだよ、じゃあわたしはこれで帰るから!あ、まずはこの小屋を出て西にずっと真っ直ぐ言った所に街があるからそこでも目指してみな!ではそれにて!」
「あ、ちょ!」
ドロン!と言う効果音と共に地面から噴出した白煙が消えるとネラは既にいなくなっていた、雄輝はお前は忍者か!とツッコミたかったが既に消えてしまったので後の祭りである。
「使い方は分かってる…」
雄輝は外に出ると、ネラに言われた事を復唱しながらおもむろに手を出した。
空気を圧縮し一点に留め、一気に解き放つと空気の弾丸が出来上がり、目の前の木を貫いた。
「Oh…こんな威力出んのか…」
雄輝が想像以上の威力に驚いていると、音に引かれてやって来たのか、角の生えた大型犬ほどの大きさのウサギが近寄ってきた。
「うお!でか!角あるし怖、こいつは何だろう、よくある魔物ってやつかな?」
雄輝がそんなことを考えながらウサギを見ていると、ウサギはいきなり飛び上がると超高速でドロップキックをしてきた。
「うひゃあ!なんだよなんだよ!いきなりドロップキックってやばいだろ!」
雄輝がなんとか避け、いきなりすぎる攻撃に仰天していると、なんと今度は高速で間合いを詰め、雄輝の横腹にタイボクサー顔負けのタイキックを放ってきた。
「うぐぁ!」
雄輝は蹴りの力に抗うことが出来ずに吹っ飛ばされ、後ろの木に叩きつけられ、そのまま地面に倒れてしまった。
「う、がふっ!やばいやばいやばいやばい!折れた、絶対折れた!ちくしょうなんだってんだよいきなり!」
地面に転がったまま雄輝は先ほどと同じように手を出すと、全力で空気の弾丸を放った。
空気の弾丸は寸分違わずにウサギの頭に命中し、キュ!と言う声とともにウサギは後ろに吹っ飛びそのまま動かなくなった。
「うぐ、絶対に肋骨折れた、折れてなくてもヒビ入ってる、ちくしょう、」
雄輝はふらふらと立ち上がり、既に動かなくなったウサギのところまで行くと、何かの役にたつだろうとウサギの角をはぎ取った。実際魔物などの討伐をした後は討伐の証としてこうして魔物の一部を剥ぎ取るのが常識なのだが、雄輝にそんな知識はなくただただ武器として使えるかも?という考えのもとの行為である。
「あんなのが普通にいるのか…やばいだろ異世界…絶対に安全なところ見つけて生き延びてやるぞちくしょう…」
雄輝は小屋をあとにすると、とりあえずネラの言う通りに西にある街を目指すことに決めたので、これからどうしようかなどと考えながら進むことにした。
「どうしようか、とりあえず街に着いたら仕事探さなきゃな…あ、泊まるところもないし、お金もないから着いたらすぐ日雇いでも探そうかな、はぁ…今日は最悪野宿だな……」
そんなことを考えながら歩いていると、少し離れた方向から女性の叫び声が聞こえた。
「なんだ?今のもしかして悲鳴か!?」
雄輝が急いで声のした方に向かうと、片腕を押さえた、ボロボロの女性が先ほどのツノウサギに襲われていた。
「!あ、あいつ、まだいたのか!」
雄輝はツノウサギを見るや否や、右手を前に突きだし、空気を圧縮し始める。
めいっぱい圧縮した空気をツノウサギに向かって放つと、しかし今度の空気の弾丸は狙い通りにはいかず、ツノウサギの足を貫通するだけに終わった。
それでも足を撃ち抜かれたツノウサギは立っていることが出来ずに崩れ落ちた。
「あれ、おかしいな、確かに頭を狙ったはずなんだけど、でも足に当てたぞ、これで大分動きは遅まるはずだ!」
自慢の足を貫かれたツノウサギは、状況が理解できないのか倒れたままジタバタしている。
襲われていた女性はと言うと、突然の援護射撃に口を開けたままポカンとしている。
雄輝は今度こそ外すまいとツノウサギの間近まで迫ると、今度は確実に頭を撃ち抜いた。
「あ、ありがとう…強いのね…」
やっと衝撃から回復したのか、女性はよろめきながらもなんとか立ち上がり、雄輝に礼を言ってきた。しかしこんな森の奥で、急に出てきた男を信用出来るはずもなく、少し距離を取り、警戒を解いていない、用心深い性格のようだ。
「いや、全然、それより大丈夫?あいつらあんなプリティーな見た目してるくせにめちゃくちゃ凶暴だからな、俺もさっき死にかけたよ」
雄輝の軽口に女性は少し驚いたような顔をした後、危険はないと悟ったのかやっと警戒を解いた。
「ふふっあなた面白いね、ガビットを可愛いなんて言う人、初めて見たわ」
「ガ、ガビット?すごい名前だな、そうか名前も違うんだもんな、え?て言うか可愛くない?目とかくりくりで」
雄輝は予想外のネーミングにもじっただけじゃん!とツッコミを入れると、大きさは気持ち悪いものの、顔などは角以外地球のものと変わらないので価値観の違いに戸惑いを隠せないでいる。
「ふふっ私はメア、メア・イルガネスよ、メアでいいわ、ここから西に行ったところにある街、ガイエンの傭兵団の副団長をしているの、今日は依頼でここまで来ていたのだけどウェアウルフの群れとの戦いで思ったよりも消耗してしまっていたところにガビットに襲われてしまって危ないところだったの、改めて言わせてもらうわ、本当にありがとう」
「副団長?すごいな!そうなんだ、俺は山口雄輝!本当に気にしなくていいんだよ、好きでやったことなんだから!」
メアは傭兵団に所属している傭兵で、本当はガビット程度は何も問題なしに倒せるのだが、ウェアウルフの群れとの連戦で疲労している時に襲われて遅れを取ってしまったようだ。
「ヤマグチ…ユウキ?あなた、ウィルアイゼンの人間じゃないの?」
「へ?」
「いや、とても珍しい名前だから、もしかしたら東の小国の出身なのかと思って、あそこ、どこの国とも関わらないから独特の文化が多いって聞くし」
「そ…そうそう、実はそうなんだよ!故郷を出て旅をしていて、偶然ここを通ったんだ!」
雄輝は、異世界から来たと言っても誰にも信じてもらえないだろうということはわかっていたし、ここには知人も知り合いもいないので旅人と名乗るのが1番都合がいい、そこに来て情報の少ないという東の国の存在は、雄輝にとって渡りに船だった。
「そうなのね、ユウキは今日泊まるところはあるの?」
「とりあえずは街に行って何か仕事を探して、それ次第で今日は野宿かな」
「それなら私の家に泊まるといいわ!あまり立派な家とは言えないけれど、ひとり暮らしだし一人泊めるくらいの余裕はあるし!」
「いやそれは悪いよ、そんなに世話になる訳にも行かないし!せっかく言ってくれてるのに悪いけど……」
今日の寝床もない雄輝にはかなり有難い申し出だったのだが、いくらなんでもひとり暮らしの女性の家に泊まるのはいかがなものかと申し出を断ろうとする。
「いいのいいの!助けて貰っちゃったんだし!このままじゃ私は恩人に恩を返さない不届き者になってしまうわ!いいから着いてきて!」
「う〜ん…まあそこまで言うなら」
どうにも折れそうにもないメアに、雄輝は不承不承といった感じで了承し、メアに案内されて森を進んでいく、幸いな事に道中魔物に襲われる事は無く、あっさりと街に着いた。
ガイエンの街並みは地球のヨーロッパのような街並みで、石造りの家が立ち並んでいた。
街に着いた時にはもう既に暗くなっていたので、仕事探しは後日にすることにした雄輝はメアの家で食事をいただくと、与えられた自室で眠りにつくことにした。
「はぁ、濃い一日だったな…メアには感謝しかないけど、とりあえずは明日から仕事探さなきゃ…」
ベッドに倒れ込んだ雄輝は余程疲れていたのかすぐに眠りについて行った。
ついに初めての能力を使いました。
ここからも楽しみにしててください!