第4話
辺りが明るくなってくると、自分の立っている場所がどのような場所だったのか、ようやく見えてきた。
足場はほとんど岩か、その上を覆う雪に閉ざされていて植物らしいものはほとんど見えない。
「あの、その薬草っ、、ハーカイスってどんなところに生えてる薬草なんですかね?ぜんぜん見当たらないんですけど・・」
そもそもベゼルにとって、この依頼の目的は依頼を達成することではない。マナ障害の薬となる、薬草とそれから治療の知識を持つ者に会えなければなんの意味も持たないのだ。
近くに薬草らしきものが見えないことで、先程の絶景での興奮は消え去り、不安と焦りが押し寄せてくる。
「俺たちもこの薬草の採取自体は初めてなんだけど、ギルドから貰ってる情報だとこういう雪の下に・・・お、あった。依頼書の絵とも同じだな。」
雪に隠れた部分を掻き分けると、岩を這うように黄緑の植物が生えていた。
「本当だ!これが、マナ障害に効く薬草・・・」
それぞれが山頂付近を少し捜索する程度で、依頼の10株は確保出来た。また、ベゼルは自分用の薬を依頼するため、それとは別に少し確保しておく。
「よーし、これでヴィロードに戻れば依頼は完了だ。
山道は降りるときの方が危険だからな。気を引き締めていこう」
山道は確かに降りる時の方が危険が多いが、この不倒の緑のメンバーと寝食を共にして成長を感じたベゼルにとっては、帰り道はかなり楽に感じていた。
夕方ごろ、魔物との戦闘を終え離れて見ていた際に感じた気配に対して、すぐに他のメンバーに声をかけずに自分で確認に行ってしまったことも、それによる油断があったとも言える。
ーーベゼルが少し離れた先に感じた気配の主は、青戦熊であった。
動物の熊に形状は近いものの、間接部分の骨や皮膚が以上に硬化し鎧をまとっているように見えることからついた名称である。
力は強いものの、それほど好戦的な魔物ではなく人間の存在を感じると遠くに離れていくタイプの魔物だが、やむを得ず遭遇してしまった場合危険度はゴブリンなどと比べて遥かに高い。
対応としては相手を刺激しないようにその場を離れることが最善であるが・・
「「ゴアァァッツ!!」」
すでにベゼルは青戦熊の戦闘対象と見なされてしまったようで、こちらに向かってしきりに威嚇をしており、このまま走って逃げるのは自殺行為に近い。
仲間の戦闘を遠くで見ることである程度戦闘経験を積んだような気分になっていたが、あくまでベゼルの戦闘力は0に等しく、また、自分が魔物と直接対峙することも無かったため、その思考は恐怖と緊張で次第に柔軟性を失っていた。
「「ヴォフッ」」
短く唸り声をあげると、青戦熊の右手がベゼルの命を刈り取る猛威をもって振り抜かれる。
瞬間ベゼルは左に飛び退き、何とか命を繋ぎ止めたが左手に鋭い痛みを感じて声をあげた
「うぁああっっ!!!」
攻撃を避けきれなかったようで、左腕には爪の傷跡が深くついており、気がついてからはジクジクとどうしようもない痛みが続く。
止血するまもなく体を起こすと、青戦熊は追撃する様子も無く、荒い息を続けながら辺りをフラフラと歩いている。
本来以上な行動だが、それに気がつく余裕は今のベゼルには無い。
痛みと恐怖で思考がまとまらない、
痛い・・・殺される・・・死にたくない・・・
せっかくここまで、、これから体も治して、冒険者になって、それから、それから・・・
嫌だ。死にたくない・・・ユリィ・・・
完全に正常な思考を失ったベゼルは、先程の叫び声に集まった不倒の緑のメンバーにも気づかない。
「青戦熊!?また厄介なヤツが居たもんだな。」
「あたしらはともかく、ベルが近くにいるのがヤバイね。ガーガイム、引き付けて。」
「わかってる・・・挑発蔓」
ガーガイムが地面に手をつけると、植物の蔓のような光が青戦熊の足まで伸び、絡み付く。その横を即座にスイバが駆け抜けた。
「ベル君怪我してるっ ーーそのまま引き付けてて!回復可能範囲まで近づく!」
「あの熊ちょっと様子がおかしいな。みんな気を付け・・・って、あのバカ、何してやがる!!!」
ファルジオの視線の先では、ベセルが自らの腰の剣に手をかけまさに抜き放とうとしていた。
冒険者の心得として、魔物との戦闘で注意しなくてはならないことは多岐にわたるが、集約すると大きく二つになる。
一つはきちんと情報収集をを行い、対峙した魔物の危険度を見誤らないこと。
そしてもう一つは、無闇に魔物に敵対意識を示さないことだ。
ただ現状のベゼルには、旅のなかで教わったその基本すら思い出せる余裕はない。
嫌だ・・死にたくない・・・こんなところで・・・
思い出されるのは、村をオーがに焼かれたあの日の風景と何も出来ない無力感。
そしてそんなベゼルがすがるように最後に手にした力それがエイデンに渡された剣だった。
「俺は・・・死なない・・ 死んでっ やらないっ・・・」
震える切っ先を青戦熊へと向ける。
「マズい!ガーガイム!止めろ!!!」
ファルジオが声を荒げる。
「くっ・・・なんだ・・・おかしい・・・・?」
「マズイよファルジオ!あの熊、魔素酔いだ!!ガーガイムの挑発が効かない!!」
ミミナがそう言い終わった時にはすでに青戦熊は向けられた敵意に反応し、ベゼルに向かって猛然と走り出している。
「う、うぁぁああーっ!!!!」
剣術とは到底言い難い体捌きでベセルは切りかかるが、その刃は青戦熊の装甲に弾かれ、突進をまともに受けた体はその重さが消えたかのような勢いで吹き飛ぶ。
木の枝に身体中細かい傷をつけられたあと、地面に墜落したベゼルの体はそこですべての衝撃を吸収できず、斜面を転がり落ちていく。
痛みを飛び越え、もはや猛烈な熱さとして感じる腹部と、血の味、もはや自分では止めることの出来ない体の回転により三半規管を揺らされるなか、突如回転が止まる。否、空中に放り出された。
眼下に広がる暗闇の中、月明かりで微かに見えた剣山のような岩山にベゼルは死を覚悟する。
「あぁ、ここで終わりかーーー」
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目を醒ますと、静かに水の流れる音と頭上高くに光る太陽が目に映る。
下は砂利の地面だが、苔のような植物がクッションになっているようだ。
「生きてる・・・・」
見える太陽の位置から、おそらく時間は昼頃だと思われるが周りの剣山に阻まれて辺りは薄暗い。自分の体を確認してみるが、不思議とひどい怪我は無く痛みはそれほど感じない。
体を起こすと、すぐ横には山から沸きだした水が泉となって溜まり、そこから山を下る細い糸のように水が流れている。
魔素の濃い場所で美しい水のある泉には癒しの力が宿ることがあるという話を聞いたことがあったので、自分の体の原因はそれかもしれないと思いつつーーー
「ただ、こういう場所には・・・」
そう言って座っていた逆側に体をよじると、想像した通りのものがあまりにも間近に目に入り、ベゼルは戦慄する。
水の流れが緩やかで魔素が濃い場所に発生する魔物。スライムが薄暗い闇の中、ぼんやりと光っていた。