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NONEED(仮)  作者: 冬陽光
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第3話

明け方、まだ街は薄暗く朝靄がかかる頃

ベゼルは冒険者ギルドに到着した。ひんやりとした空気が頬に触れた空気が、これから始まる旅への高揚を諌めているようだ。


「やぁ!おはよう。ちゃんと時間通りだな。感心感心。準備も出来てるみたいだし、それじゃあ行こうか。」


ガシャガシャと音を立てて大荷物のファルジオ達が到着し、一行は町外れの停留所まで到着する。中には馬車だけで無く魔物が引く魔獣車もあり、そのなかの1つに一行は近づいていくと。


「エレノアちゃーーん!!!一人にしてゴメンねっーー!!!」


スイバが大きなリザード種の魔物に駆け寄って飛びついていく。

普通にしていれば大人しく可愛い女性の部類に入るだろうスイバが馬の2倍ほどの大きさはあろうかというトカゲに抱きつく姿に強い違和感を覚えたベゼルだが、気になるのはそこではない。


「もしかして、、これ、スイバさんの魔物なんですか?」


「"これ"なんて言い方やめてよね!そうだよ!私の相棒、大陸蜥蜴(ランドリザード)のエレノアちゃん!すっごく力持ちなんだよ!」


「じゃあ、この・・・エレノアと一緒に戦ったりとかも??」


「いや、それは無いな。ランドリザードは気性があまり戦闘向きじゃないんだ。しかし、足も速いし力も強いから旅ではだいぶ助けれてるよ。

さて、魔獣車の中に荷物運ぶの手伝ってくれ。」


「あ、、え、、、ーーはい!わかりました。」


テイムした時の状況や、その方法など聞きたいことはまだ山ほどあったのだが、ベゼルは仕方なくファルジオに促されるままバケツリレーのように荷物を運び込んで行く。それほどの長旅ではないが、ティアフォール山の山頂まで行くとなると食事や装備がそれなりに必要になる。

運び終えると、スイバ以外のメンバーは車に乗りみ声をかける。


「よし。全員乗った。スイバ!出してくれ!」


「え!? スイバさんが御者するんですか??ーーーテイマーとはいえ意外な」


ベゼルはそう言い終わるか否かの刹那で、明らかに先程ほどとは違う雰囲気をスイバから感じ取る。


「おい・・ベル坊。あんま無駄口叩いてるとと舌噛むぜ・・・さぁっ!飛ばすぜエレノアぁ!ぃいやっほっおおぉ!!!」


スイバがエレノアに付けられた手綱をムチのように大きくしならせると、魔獣車は勢いよく走り出す。急な加速度にベゼルの身体は後ろに倒れかけ、よろよろと壁にしがみついた。


生まれて初めて乗る魔獣車の速度は今まで経験したどの乗り物よりも凄まじかったが、その揺れもまたベゼルの今までの経験から逸脱したもので、朝方に出発したため周りに通行人が居なかったのを良いことに、乗っている間しばらくは魔獣車の窓から吐瀉物を撒き散らすこととなった。


胃の中身もすっかり吐き出したころ、ベゼルがようやく魔獣車の揺れにも慣れるとファルジオが心配そうに声をかける。


「大丈夫か?・・・・・ベル坊。

っくっ、あっはっはっはっ それいいあだ名だなスイバ!」


どうやら笑いを堪えられなかったようで、不倒の緑の面々が一斉に吹き出す。

どうやらベルというのがあだ名で決定してまったらしい。

そう呼ばれること自体は全く嫌では無いのだが、不倒の緑たちがひどく笑われたことでベゼルは吐き気と相まってムカムカと気が立ってきてしまい、返事もせずにそっぽを向く。


「いやー、悪い悪い。本当は乗り物酔いなんかに耐性が付く魔法なんかかけてやれればいいんだが、当の魔術師があれだからな」


そう言って、ファルジオは未だにハイテンションで大陸蜥蜴を駆る小柄な魔術師を顎で指す。


「それにしてもベル、アンタよくそんなザマで冒険者なんて登録したわね。ーーー本当にそんな調子でこれからも冒険者やるつもりなら、覚悟だけは早めに決めておいた方が良いわよ。」


ミミナの言葉尻は切り捨てるような言い方だが、その目は真剣にベゼルの今後を案じていることが伝わってくる。


「何か・・・事情・・あるんだろ・・・」


先ほどの笑い声とは対照に、一瞬しんとした空気が流れる。


このメンバーで数年旅を続けている彼らにとっては、やはり急に狐級クエストに飛び入りしてきた新参冒険者ベゼルの事情は多少気になっていたようで、少しだけ大陸蜥蜴の走りを緩めて聞き耳を立てているスイバも含め、全員がベゼルから発せられる言葉を待っていた。


その圧力に耐えきれず、ベゼルは冒険者ギルド、ひいては王都に来た理由となった女の子の話や、その行方について。そして、自分の体の事情についても話し始めるーー


魔獣車の速度でもティアフォール山までは話し終えるまでに十分過ぎる時間があり、話し終わった頃には彼らがベゼルを見る瞳は、最初の時の少しばかりの警戒も混じった好奇の目から、親が子を見つめるような柔らかさをもったものに変わっていた。


最初に口を開いたのは魔獣車の先頭から大陸蜥蜴を駆るスイバ


「話はわかったっ!弱ぇくせに勢いだけはあるじゃねぇかベル坊っ!!山頂まで必ず連れてってやるから安心しとけっ!!!


それを皮切りに他の面々も口を開き始める。


「マナ障害か・・・ティアフォール山には大した魔物も居ないし、俺達にとっては楽なお使いみたいなもんで、この薬草を何に使うのかなんてほとんど考えてなかったな・・・

よし。多めに採っておいて余った分はベルの治療に回して貰うとするか。」


「わからないことは・・・俺が・・教えてやる」


「ユリィって子がそんなに強いなら、アンタは死ぬ気で訓練しないとね。その気があるなら多少は見てやってもいいわよ。」


話の中で、なぜこの依頼に飛び入りしたのかという説明の中で自身のマナ障害について触れないワケにはいかず、いくら駆け出しの冒険者とはいえ、そのことを話すと自らに見切りをつけられてしまうのでは無いかと内心恐れていたベゼルは彼らの言葉に心からの安堵の溜息が溢れる。


「ーーー本当にありがとうございます。最初のクエストを皆さんと受けられて、本当に良かった・・・」


「じゃ、そうと決まれば基礎からビシバシいくか!戦闘訓練は無理だろうけど、冒険者には入れておかなきゃいけない知識も沢山あるからな!!」


「はい!宜しくお願いします!!」


そうして、魔獣車の旅の間、不倒の緑によるベゼルへの冒険者講義が開始されるのであった。




〜〜〜ティアフォール山 中腹〜〜〜


魔獣車の旅はベゼルの講義のために、スイバが少し速度を緩めてくれたことで、2日ほどで目的のティアフォール山まで到着する。


その間彼らがベゼルに話したのは、冒険者にとって基礎も基礎の、冒険者ギルドの仕組みと、情報収集についてだった。


冒険者は間違いなく命がけの職業であるが、その成果または命を左右しているのは、必ずしもその冒険者の強さでは無い。その結果を得るための情報を持っているかにも大きく依存してしまう。


そのため、冒険者はそれぞれ魔物や危険な場所について独自の情報網を持ち、また、優秀な武器職人や薬屋の情報も非常に重宝される。そのような状況から、駆け出しの冒険者の1番最初のクエストは自分に合った良い武器屋を見つけることと言われることもある。


残念ながら不倒の緑は冒険者としての旅を続けている途中のため、彼らの馴染みの店などは王都には無いが、その店の選び方などはベゼルには全くない知識だった。


そして山のより高い場所に進んでいくにつれ、このような高地や特殊な地域に赴くことを生業とする冒険者とは切っても切れない、魔素についての情報へと話は移っていく。


登山では空気の薄さや気温などによって行動は制限されるが、ある程度は魔法でカバーできるため、問題になるのは魔素の濃さである。魔素はこの世界の空気だけでなく、生物の体など様々なものを経由しつつ循環するが、魔素そのものには空気より軽く自然と上昇していく性質があるため、高度が上がればそれだけその場所の魔素も濃くなっていく。

人間や魔物も含め、生物には適正な魔素の濃度が存在し、薄過ぎても濃過ぎても目眩や嘔吐など、深刻な場合は幻覚や錯乱状態になるなどの不調が出てくる。



「例えて言えば、俺たちにとっての食事みたいなものかな?」


雄鹿級の冒険者にふさわしく、険しい山道を息一つ乱さず登りながらファルシオがベゼルに話しかける。


「大量に魔素を摂ったとして、すぐに自分のマナになるわけじゃない。余った分はそのまま体の外に出てしまうし、摂りすぎると気分が悪くなる。

逆に、全く摂らなくてもすぐに何か起こる事はないが、それが続くと栄養失調になる。

ただ、どちらの場合も時間をかけて身体を慣らしてやれば、それが普通の状態になって活動できる。」


「魔素の吸収量は訓練すればある程度コントロール出来るから、私達も駆け出しの頃は高い山を上ったり降りたりして訓練したよ」


懐かしそうな目で遠くを眺めながらそう話すスイバも後衛ではあるが、この程度の山道で疲れを見せるようなことは無い。


「はぁ、はぁ・・そう・・っなんですねっ・・・ふぅっ」

しかしそれでも残念ながらベゼルには着いていくのがやっとの速度である。

村にいた頃から体力には自信があったが、やはり雄鹿級の冒険者たちとは比ぶべくもない。


その実、ベゼルが4日と見積もっていた(一般的にはその程度が妥当)山頂までの道のりは、魔素への慣らしが要らない不倒の緑の面々にしてみれば、2日ほどあれば難なく踏破出来てしまう距離だという事実を、汗だくで意識が朦朧としながら聞かされたベゼルの絶望は想像に難くない。


だが、ベゼルがこの道のりをそれだけの時間がかかると予想したのは、魔素の濃さだけが理由ではない。


魔素が濃くなれば、当然その地域に住む生物の体内の魔素も多くなる。つまり、高い場所では平地よりも更に、魔物と遭遇する危険性を考える必要がある。


一般的に体内により大量の魔素を蓄えている魔物の方が、少ないものより戦闘力が高く、危険なことが多いため、このティアフォール山のような高所は警戒されることが多い。

しかし、魔素の濃い場所が全て危険地域かと言われると、必ずしもそうでは無い。


その理由の一つは、ある程度以上の力をつけた魔物はそれに比例して高い知能を有するものもおり、こちらから害を加えない限りは積極的に攻撃を加えるものは少なく、むしろ、人間を避け、遭遇すること自体が困難なケースも多い。(もちろん例外も存在するが)


また、もう一つの側面としてマナが濃い地域の方が、平均的に魔物が温厚な場合が多い。

魔素の濃い地域の魔物は、生命維持に必要な魔素をその場所から得られるので、積極的に他の生物を襲ってエネルギーを得る必要性が下がる。

それ故、むしろ地上や地下の魔素の薄い地域に住む魔物の方が、高所に住む同種の魔物に比べて攻撃性が高いことも知られている。

そのため高所でマナの濃い場所といえど、そこに攻撃的な魔物が生息しているという条件を兼ね備え無い限りは、それほど危険な場所とはなりづらい。



それがティアフォール山の山頂までの依頼が狐級である理由であり、ほぼ戦闘能力のないベゼルを連れていても不倒の緑の冒険者達が余裕を持って旅路を歩める理由でもあった。


とはいえ、旅の道のりで魔物が全く危害を加えてこないと言うことはなく、道すがら遭遇する低位の魔物 緑小鬼(グリーンゴブリン)青小狼ブルーコボルトを不倒の緑は熟練の冒険者らしい連携で危なげなく対処していく。ベゼルも何度か遠目で彼らの戦闘を見るうちに、少しづつメンバーそれぞれの役割が理解出来てくる。


「少しは・・慣れたか・・・?」


戦闘を終えたガーガイムが相変わらずの威圧感をまといつつ、離れていたベゼルに近寄ってきたので、ベゼルは出来るだけ怖がっていることを悟られないように装うが、成果は芳しくない。


「え、えぇ・・・何となくは皆さんの役割がわかってきたのかなと・・・」


少し落ち込んでいるようにも見えるガーガイムを尻目にミミナが続ける。


「不倒の緑の(あたしら)の戦型は、遊撃2人の物理寄りのバランス型って言われるタイプだ

ただ、強力な物理耐性のある敵に対しては、スイバが攻撃に回る必要があるから、回復補助はアタシが担当する。正直回復は専門外なんだけど、男共が役立たずだから仕方ないわね」


苦笑いしつつファルジオが続ける。


「ははは・・・面目無い。

基本的にはガーガイムが前で盾役として敵を引きつけて、それをスイバが回復。

俺とミミナで敵の特性を把握しつつ殲滅ってのが俺らの基本的な形だ。わかったかな?」


「わかりました。それじゃあ危なくなったら・・・スイバさんの近くに居るのが正解ですよね?」


「そう!回復役が倒れればパーティは崩壊してしまう。

俺たちは必死でスイバに敵の意識が向かないようにするから、その近くにいれば安全だ。パーティでの役割は大枠掴めたみたいだね。」


「はい! 一人で魔物と遭遇する前に、皆さんの連携を見られて良かったです」


「それは良かった、この山ではそんなに警戒の必要な魔物も生息してないし、ペースも問題無いようであればこのまま進もう」


5人はベゼルの魔素慣れに会わせつつ、順調に山を登っていく。ベゼルも山道が3日目ほどになると環境にかなり慣れ、当初のベゼルを配慮した登山スピード程度であれば楽について行けるようになっていた。


ーーーそして4日目の明け方、山頂にたどり着く。


これまで村を出たことのないベゼルにとって、この依頼で経験する全ての事が初めてだったが、このティアフォール山頂の絶景は彼の初体験のなかでも格別のものとなった。


「凄い・・・俺、こんな所まで来れたんだ・・・」


切り立った山々の尾根が遥か彼方まで途切れることなく続き、命を感じさせない雪の白が朝焼けに染まる。

白みつつある空の青と対になって、山の向こうに燃え盛る炎があるような錯覚を覚えてしまう。


そんな景色を眺めつつ、不安とも興奮とも言える感情を抱き抱えるベゼルに、ファルジオは大きく山頂の空気を吸い込んでから声をかけた。


「ティアフォール山は秘境ってほどじゃないが頂までくるのは冒険者でも相当珍しいんじゃないかな。

普通に生きてるだけじゃ絶対に見られない景色を見る。これも冒険者の特権だな。」


そして、静かに右手を差し出す。


「ベゼルーーーーようこそ、冒険者の世界へ。」


差し出された右手を強く握り返したベゼルの横顔を、影を上り山頂を越えた朝日が強く照らしていた。

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