第2話
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冒険者ギルドの登録は登録料と身分証があればかなりスムーズに終わり、ものの数分でギルドカードが発行された。
「ギルドカードは冒険者の皆様の過酷な環境にも対応できるよう、汚れやキズなどにはかなり耐性があるよう魔法で守られております。
依頼を受ける際は必ずこのカードが必要です。ゴルドウィート国内であれば、どこのギルドでも問題なく使え、国交のある国であれば基本的にはどこの国でも共通してお使い頂けるものなので、大切にしてくださいね!」
ギルド職員のお姉さんに自分の名前の書かれたギルドカードを手渡され。ベゼルは徐々に自分でやってしまったことの実感が湧いて沈みこんでいた。
「確かにあのタイミングで手がかりを失うわけには行かなかったけど、なんかもっと他にやり方があったはずだよなぁ・・・」
うつむくベゼルに向けて、冒険者パーティの一人で、細い目をした大男がこちらを怪訝そうに見ながら問いかける。
「沈んでる・・みたいだが・・・
本気で・・受けんのか?」
独特な間で話す男の会話のテンポが掴めなかったことと、その巨体にやや圧倒されたこともありベゼルが男を見上げたまま押し黙ってしまうと助船を出すように、もう一人の銀髪の男が割り込む。
「一応、俺らは雄鹿級のパーティだから、今回の狐級の依頼なら、一段位階下の君をキャリーすることは出来るんだけど。
君なんというか、失礼だけど・・・
危なっかしいというか、頼り無いと言うか・・・だから、そこのデカイのは心配してるんだよ。気を悪くしないでね。」
「ガーガイム。後進育成って申請すればギルドから補助が出るんだから、
あたしらにとっても良い話だし。狐級のお使いくらいどうってことないでしょ?」
男のパーティメンバーであろう、赤髪の女がガーガイムと呼ばれた大男を諌める。
チームの中では紅一点だが、その眼差しは鋭く、経験の長さを感じさせる。
「そうだね。新人の育成も立派な務めってな。いくら心配性のお前でも、薬草摘んでる間に新人一人守れるか不安ってことは無いだろ?」
依頼書を持っていた男。銀の短髪でおそらくチームのリーダー格であろう男がそう言って高らかに笑う。
「俺は・・・別に・・・・」
「ガーガイムは顔は怖いけど優しいとこあるの、みんな知ってるからね。私はわかってるよ。」
言いながら黒いロープの魔術師風の女が静かに笑っている。
「スイバ!あんたそれフォローになって無いってば」
赤髪の女が笑いながら言うと、全員が笑ったのにつられて、ベゼルも笑ってしまう。
「お、少し緊張もほぐれたかな?
まぁ、そういうわけだから、俺達の方は君の参加は問題ないから、最後は君の意思確認だけ。
ただ、キャリーとはいえ俺らは冒険者だから、何かあった時は自己責任だが」
「もともと俺からお願いした話です。よろしくお願いします!」
「了解!じゃあ、話も纏まったところできちんと自己紹介をしておこうかな。
俺はこのパーティのリーダやってるファルジオ。ポジションは前衛と遊撃。
隣のデカいのが前衛のガーガイム。赤髪が後衛で遊撃のミミナと、黒いフードが後衛回復のスイバ。この4人で”不倒の緑”(ノルヴァエ)ってパーティで旅をしてる。よろしくな。」
初めて間近で対峙した冒険者(戦闘職)は、
強さを半ば諦めかけてきたベゼルとっては眩しすぎるほどの輝きをもち、少しの間言葉を失ってしまう・・・
と、間が空いてしまったことに気が付き、慌てて返事を返す。
「・・・っよろしくお願いします!ベゼル・ギュフーイです!」
「ん!よろしくなベゼル。
テントとか移動手段なんかの基本的な装備は俺たちの自前で用意するからいつでも出発できるけど・・・依頼の期限も迫ってるし、明後日には発てる?」
「わかりました!俺も用意しておきます!」
「よし、それじゃあ明後日の明朝、場所はギルド会館で。」
〜〜王立騎士学校 寮〜〜
走って戻った騎士学校の校門には、怒れるオーガの形相のエイデンが立っていた。
深夜に徘徊する危険性と、冒険者ギルドという場所の危険性を懇々と語るエイデンの姿はどこか故郷の父親を思い出させて、怒られているのにベゼルには温かみを感じさせていた。
「ベゼル君、本当にわかっているのか?
少なくともこれから冒険者ギルドに行く時は、私のような大人を伴っていくように。わかったね?」
そこまでエイデンが話し通しで、ようやくベゼルの説明の機会が回ってきた。
冒険者ギルドに勢いで登録してしまったことなどを伝えれば、エイデンの怒りがさらに増すことは間違いなかったが、今後のことを説明するためにはそこは避けて通れない。
またひとしきりベゼルを怒鳴りつけてから一息置いて、エイデンは喋り出す。
「君の都合もわかった。非常に心配だが、君の抱える難病の解決には必要なことなんだろう。私がその依頼に付いていくことは出来ないが、せめて君が無事に帰ってくる手助けはさせてくれ。」
「すみません。エイデンさん。本当にありがとうございます。」
ベゼルはエイデンから本当の父のような優しさを感じ、有難いような申し訳ないような感情を抱いていた。
「では、今日はもう寝なさい、、、いや、そういえば食事は?腹は減ってないか?」
「そういえば、いろいろあってすっかり忘れてました・・・なんか、そう思ったらすごくお腹減って来ちゃいました」
「そうか。今夜食を持ってくるから、少し待っていてくれ。」
そう言ってエイデンは、食堂から野菜と肉をミルクで煮込んだスープを運んできてくれた。お腹に入ったスープの暖かさと、エイデンの厳しくも優しい叱咤のせいか、ベゼルは知らぬ間に眠りに落ちていた。
〜〜ヴィロードのマーケット〜〜
次の日の朝。
モーリス達との仕事を終え、昼食を取った後、ベゼルは市場へ依頼準備の買出しへと向かった。
不馴れなベゼルを気遣って、モーリス達も同行してくれたので不安は薄れたが、問題は所持金である。
「小銀貨2枚にに銅貨5枚・・・
旅の荷物は王都に来るときに用意したものがあるけど、冒険者として旅に出るなら装備や薬が必要だな・・・」
「うーん。ベルには悪いが俺らも金は無いしなぁ。あ、でも食料なら学校の食堂から余ってるやつを少しもらってけば良いんじゃねぇか?それかセルバスの分を減らしてやる。」
「やめとけよモーリスぅ。また面倒なことになるぞぉ?」
「そうだよ。この前もモーリスが最後に挑発したでしょ。ああいうのが良くないと思うよ。」
モーリス達はあのセルバスとの一件以来、ベゼルをベルと呼ぶようになっていた。略称で呼ぶのは彼らなりの親愛の証らしい。
「お前らどいつもこいつも意気地がねぇな!あんなやつ、今度喧嘩ふっかけて来たらフライパンでぶっ叩いてやる」
モーリスが物騒なことを呟いてるあいだに、市場の中で薬を売っている露店の前に着く。
「通常のポーションは800L マナポーションは1,200L か・・・」
ポーションは主にマナ用と治療用の二種類があり、それぞれ魔素を含んだ植物などを原材料として作成する。
仕組みとては前者のマナポーションはマナに転換しやすいよう加工された高濃度の魔素の液体で、後者のポーションは特殊な植物の中でも自然治癒力を高める効果がある薬草を精製して作成する。製作者により材料や配分が異なるため、同じポーションでも質の良し悪しで大きく価格が変動する。
「ねぇベル。食料のことはさっきのやり方で解決するとして、ポーションってどれくらい要るの?」
「正直想像もつかないな、、あればあるだけ良いだろうけど、量を持っていくとかさばるだろうし・・・他の荷物もあるって考えると3〜4本くらいが限界かな?」
「ほう。そうか。じゃあ、あの露天商から上手いことやってポーション4本売って貰えば良いわけだ。」
「いや、上手いことやるって言ったって、手持ちの金額と全然合わないだろ」
「まぁまぁ、見てろって」
そういうと悠々とモーリスは露天商に近づいていく。
「よう。おっちゃん儲かってるかい?」
「なんだガキ。冷やかしなら間に合ってるぞ。」
「冷やかしなんかじゃないさ、きちんとした客だぜ?実は質のいいポーションを売ってくれる商人を探しててさ。おっちゃんのとこはどうだい?」
「何言ってやがる。俺の店のポーションは天下一品よぉ!そこらの薬屋なんか目じゃねぇくらいの品だぜ。」
「おぉ!ホントか!そりゃ良かった。実は俺達こういうもんでな・・・」
そういうとモーリスは何やら布の切れ端を商人に見せると、商人の表情が明らかに変わる。
「騎士学校は毎年やってる御前試合のために、どうしても大量のポーションが必要になるんだが、実はそれを任せる商人を選ぶために、俺達下っ端が調査をしてるんだ。ただ、渡されてる金も調査用なんでそう多くはないくてな。
俺としては、おっさんが少し融通利かせてくれるようなら、おっさんの店を調達先として推薦するんだが・・・どうだい?」
「確かに、そういうことならスラムのガキにしちゃ小綺麗なお前らの身なりにも納得がいく。それにさっきの紋章は本物のようだ。
俺にとっても悪い話じゃねえ。で、いくらで買うんだ?」
「ポーションの調査には少なくとも4本は欲しいな。600Lでどうだ?」
「見た目通りのガメツいガキだな。しかし、話には乗りたいんだ。2500Lなら良いだろう」
「おいおい、商売のチャンスを棒に振る気か?800L」
「これでも大分譲ってやってるんだがなぁ。2,000L。これ以上はまけられん」
「おいおい頼むぜ。この後おっさんは騎士学校の御用達の商人になるかもしれないんだぜ?1,000L」
「1,500L これ以下ならこの話はもう終わりだ。」
「良いぜ。買った。」
2人は少し目を合わせた後、ニッと笑い合うと、互いの健闘を称えるかのように握手を交わした。
「モーリス凄いよ!いやホントに!」
帰り道では少し興奮気味のベゼルが4本のポーションが入った布袋を大事そうに抱えている。
「すまん。もうちょい行けるかと思ったんだが、あれ以上やるとこっちの話の真偽が疑われかねないと思ってな。」
「でもさぁ、なんか悪いよなぁ。騎士学校の買い出しなんて嘘ついてさぁー」
「ま、買い出しは嘘だが、大会も、大量のポーションが必要なことも嘘じゃねぇ。
後は、ベルが使った感想をエイデンさんにでも口添えてくれれば大丈夫さ。
あの人も御前試合には参加するだろうしな」
モーリスは悪びれる素ぶりもなく、笑いながら続ける。
「ただ、薬は良いが武器はどうする・・・?とてもじゃないけど買えねぇよな?」
武器、例えば剣などは質にもよるが、最低でも10,000リトス程度から、高いものでは数10万を超える。
仮に剣があったとしても、ベゼルの練度で魔物相手に勝負になりそうもないが、それでも丸腰との戦力は大きな差だろう。
「そこは・・・ エイデンさんに頼るしかないよね。情けないけど、王都ではエイデンさんしか頼れる人がいないのも事実だし・・・なんとかお願いしてみるよ。」
〜〜王立騎士学校 食堂〜〜
騎士学校に戻ると夕方近い時間になっており、エイデンさんが来ているようで、食堂に来るように門の兵士から伝えられた。
合流したエイデンさんと食事をとりつつ、武器の話を打ち明けると、実はすでにエイデンさんが冒険者の用意の一式を揃えてくれていたのだった。
「まさか自分達でポーションを買っているとはな。いやいや、こちらから言っておくべきだった。
剣もこちらで用意させてもらった。学校の訓練用の予備だが、造りはしっかりしているし、扱いやすいだろう。」
「ありがとうございます・・・!!」
確かに目立った特徴はない無骨な剣だが、
それが自分に与えられたものだということがたまらなく嬉しくて、ベゼルはしばらく剣を眺めていた。