第5回 夏休み
「いいか。もっぺん言うぞ。あれほど忘れるなと言ったはずだ」
「・・・ハイ」
「お前らのために5回は言ったはずだ」
「・・・ハイ」
「まぁ期待はしてなかったけどな」
「なんでですか!もーちょっと期待しててもええやんけ!」
「っていうか先生!こんなのと一緒にしないでください!私はちゃんとやりました!机の上に忘れてきただけです!」
今日提出しなければならない宿題を忘れた生徒2人組を叱る中尾先生、通称ゴリオ。
そして、忘れてきた生徒、立花悠と、立花悠。2人そろって立花1号2号だ。
この光景は今ではすっかりおなじみになってきている。
「ぶっぶー。やったって忘れたモンは忘れたモンや」
「あら〜?1ページもやってない人に言われたくないわー」
2人の言い争いが始まりそうな雰囲気を察し、慣れたゴリオはすぐさま一言呟いた。
「明日提出・・・・・しなかったら、お前らの通知表覚悟しとけよ」
それは立花コンビの急所に当たった。
◇
教室に帰ってそのことを宮崎衣里と小山亜美に話すと、案の定衣里には笑われて、亜美にはとても心配された。
「とうとうハルカの通知表にも1がつく日が来たかもねー!」
「そっそんな・・・大丈夫だよ!中尾先生優しいから、そんなこと絶対しないよ」
対照的な2人の言葉を聞き、ハルカはげっそりとため息をついた。
「っていうかさ。ごめん、話変わるけど、2人とも夏休みどっか遊びに行かない?」
そう。通知表が配られるということは、夏休みが近づいているということだ。
衣里の言葉で、途端にハルカのテンションが上がった。
「行く行く!亜美ちゃんも行こうよ!」
「うん!遊びに行きたい!どこ行こっか?」
亜美がそう言うと、衣里は待ってましたと言わんばかりに1冊の雑誌を取り出した。
それは真ん中辺りのページでドッグイヤーがされてあり、そこには、
「『夏はやっぱり!遊園地だ!』遊園地かー・・・いいじゃーん」
「でしょでしょ?ハゲシマのチケット安く譲ってもらえたんだ。みんなで行こうよ」
地元で1番大きな遊園地、それがハゲシマだった。
「うん!行きたい!っていうか、行こう!」
こうして通知表のことも忘れて、気分はすでに夏休みだった。
◇
8月3日、その日は高校の補習もなく、しかも晴天で絶好の遊園地日和だった。
待ち合わせ場所の駅から電車で10分。バスに乗って20分くらいの所にハゲシマは位置している。
「よっしゃー!入ろっかー!」
1人テンションの高いハルカだったが、衣里がやたらと腕時計を気にしていることに気づいた。
「衣里?なんか用事でもあんの?」
「うっううん。なんでもないない」
引きつった笑顔を浮かべて、衣里は1人さっさと入場ゲートに向かっていく。
ハルカと亜美はただ首を傾げるだけだった。
しかし、その違和感に気づいたのはそれからすぐのことだった。
「もりしー!」
いきなり衣里の口からここにいるはずのない彼氏の名前が出た。はじめは何を言っているのかわからなかったが、ようやくゲートの傍に3人組の少年がいることに気づいた。
「はぁぁぁぁぁ!?」
「なんでー!!」
「あれっ?偶然じゃーん。もりしーたちもここに来てたんだー」
「そうそう。もしかして衣里ちゃんたちも?」
「そうなんだ。そうだ!これから一緒に遊ばない?大勢のほうが楽しいし」
「もちろんオッケーだよな?」
森下和樹が振り返ると、一緒に来ていた立花悠と、2年5組の不良、菅原翔太が不機嫌な表情でもりしーを見る。
2人はもりしーと衣里が図っていることに気づいたのだ。
「・・・・おかしいと思ったんだ。いきなり遊園地に行こうなんて言い出すから」
「はははー・・・なんのことかわかんないなー」
「ほな、なんでこんなまわりくどいことしたんや?素直に言うたらいいんに」
ユウの言葉に、にっこりと笑ってもりしーは答えた。
「だって言ったら、立花来てくれないかもしんないから」
ちらりとハルカを見ながら言うと、ユウは心底長いため息をついた。
「いいじゃーん!トリプルデートみたいで楽しいよー!」
うきうき気分のもりしーと衣里。何を考えているのかわからない菅原。おろおろしている亜美。そして、話せば口ゲンカになることがわかっているため、お互いに何も喋ろうとしない立花1号2号。
6人のデートが始まった。