第3回 位置について
体育祭を間近に控え、2年5組は6組と合同で体育の時間にその練習をするようになった。
その中で1人、長い時間準備運動をしている男がいる。
「おーい!まだ走んないのー?」
その声に気づいて、初めて顔を上げたのが立花悠だった。
「・・・・・もりしー・・・100メートル走代わってくれん?」
「もう選手変更はできないから」
にこにこと平和的な笑顔で森下和樹に言い放たれ、ユウはしょんぼりと頭を下げた。
「なんだって急にそんなこと言うんだよ?」
ユウは種目を決めたとき、高橋が去年圧倒的な速さで100メートルを走ったなんてことをまだ知らなかった。100メートルだけ避けられてるなとは思ったが、まさかそんな裏があるとは思わなかった。
「わかんないだろ?もしかしたらいい勝負かもしんないし」
励ましているつもりなのだろうが、勝てると言わないところから相当高橋の足が速いことがわかる。
「別に誰に負けたって気にせんけど、向こうが勝ってあいつが喜ぶ思うと、なんかしゃくじゃー」
くしゃくしゃと頭をかきむしると、あいかわらずにこにこと笑ったもりしーが一言呟いた。
「何言ってるかわかんない。とりあえず1本走ってみようか」
もりしーの手にはいつのまにかストップウォッチが握られていた。
◇
「あ、かたわれが走るみたい」
宮崎衣里の言葉に気づいて、立花悠も運動場の隅を見る。
そこでは、もりしーにタイムをとってもらって走るユウの姿があった。
それは一瞬のようだった。無理のない体勢で自然と体が前に出るような走り方だった。
そして、流れるようにゴールし、どんどん減速していく。
ハルカは一時見惚れてしまった。
「速いね」
衣里の感想に気づいて、ようやく我に返ったハルカは慌てて自分のバトン練習に専念した。
「ハルカは実際にどっち応援するわけ?好きな男か、同じクラスの男か」
1番困る質問をされて、ハルカはうっと言葉に詰まってしまった。正直、考えたくないことだった。
「そりゃぁー・・・自分のクラスを応援するべきなんだろうけど、相手が立花だから、高橋君を応援しちゃうと思う」
素直に答えると、衣里にやれやれとため息をつかれた。
と、そのとき、走り終えたユウと目が合った。
向こうがべーっと舌を出してきたのを見て、ハルカも出し返すと共に、絶対高橋を応援しようと心に決めた。
◇
体育祭当日、絶好の運動日和になった。
「ぜってー優勝するぞ!!オー!!!」
5組は円陣を組んで気合を入れると、そのすぐ後、1組のテントからさらに大きな円陣の声が聞こえてきた。
ハルカはその中に高橋がいるのを見つけた。
1年生のときはいっぱい喋れたけど、今はもう無理だな・・・・
そう思って視線を戻すと、露骨にこっちを見てくる視線に気づいた。
「なにさ。レディーをじろじろ見るなんて失礼だよ」
「うわっ!そういうのはほんまにレディーになれたら言いなされ」
あいかわらずのユウは、その童顔で毒舌を吐く。本当にこれさえなければ応援してやらないでもないのにかわいくない。
「まぁ100メートル走で負けても泣くなよ」
慰めるつもりなどさらさらないが、一応言ってやると、ユウは心底嫌そうな表情になる。
「俺は負けん。そっちかて高橋が負けても泣くなよ」
「高橋君は負けんもん!」
ムキになって言い返したが、つーんと無視されてしまった。
◇
そして、100メートル走の予選が始まり、走るブロックが違ったために高橋とユウの競走は見れなかったが、決勝で同じブロックで走ることが決定した。
予選のタイムはほぼ同じ。コンマ1秒差でユウのほうが速かったらしい。
インターハイレベルの戦いに、この決勝はすごく注目された。
「位置について・・・・・・」
審判の合図で、6人がクラウチングスタートの構えを取る。
「用意―――」
パンッというピストル音と共に、彼らは走り出した。