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エピローグ1 カオル

 これで何度目の来日になるだろうか。ようやくオフの日ができたので、桜井(かおる)はマネージャーのイ・スオンと一緒に出かけることにした。

「てっきりハルカさんのところへ行くと思ってました」

 スオンが正直に言う。

「それもいいと思ったんだけどね、彼氏がいるのにあんまり困らせるわけにはいかないしね」


 季節は1月。今回来日したことはまだ立花(はるか)には言っていない。

「余計なことかもしれませんが・・・本当にこれでいいんですか?」

「俺は彼女にとって都合のいい男になれればいいと思ってる。それにスオンさんが考えてるようなことじゃないんだ」

「でもっ・・・・・」

 まだしつこく何か言おうとするスオンに対し、カオルは苦笑しながら言い放った。


「俺も余計なこと言うけど、普通さ、見知らぬ日本人の女の子捕まえて『女装したカオルに似てるから間違えた』なんて言う?」

 それは、ハルカたちが修学旅行でたまたま韓国に来ていたときのことだ。

 スオンはそれを思い出したらしくて、しばらく黙り込んでしまった。あるいは別の考えがあったのかもしれない。


 からかって言ったつもりなのだが、今思い返してみると確かに変だとカオルは思った。その真意を確かめようと隣を見たとき、なぜかスオンがいないことに気づいた。

 一緒に歩いているつもりだったが、はぐれてしまったらしい。


            ◇


「カオルさん!?」

 その声に反応して振り返ると、こっちに向かって駆け寄ってくる女の子が見えた。ハルカだ。

「ハルカ?え・・だって今日平日じゃ」

「授業が休講になったんです。だから1人で買い物。カオルさんは?」

「俺も買い物かな」


 こんな所で偶然出会えたことにカオルは感謝した。買い物といっても、カオルはわざわざ東京から名古屋まで来ているが。

「こっちに来るんだったら言ってくださいよ。今日だったら私いろいろ案内することできたのに・・・」

「ごめんごめん。明日にはもう向こうに帰らなくちゃいけないから言わなくてもいいと思ったんだ」


 そのとき、ハルカが辺りを気にしていることがわかった。

「どうしたの?」

 疑問に思ったカオルが訊ねると、ハルカは当然のことを口にする。

「1人で来たんですか?スオンさんは?」

「ああ・・・うん、もうすぐ来ると思うよ。たぶん」

「たぶんって・・・・・カオルさん、あんまりスオンさんに迷惑かけちゃダメですよ。スオンさん結婚されてるんですよね?大事な家族だっているかもしれないのに」


「・・・・・・思い出した」

 ようやくカオルの中で引っかかっていたものが取れたような気がした。

 ハルカが何のことだかわからなくてきょとんとしているのを見て、カオルは苦笑してしまった。

 ――都合のいい男か・・・


「ハルカ、今日はもう帰るよ。スオンさん、捜さなきゃだしね」

「私も手伝います」

「大丈夫だよ。ケータイあるからすぐに見つかる。じゃあね、ハルカ」

 その後、2人は手を振って別れた。


 それはとても短い会話だったが、カオルにとってはいろいろなことに気づけた時間になった。

 ようやくわかった。カオルがハルカに対して抱いていた感情の正体が。


            ◇


 カオルがさっきスオンと会話した場所まで戻ると、その近くのベンチにスオンが所在無げに座り込んでいた。

「スオンさん」

 その名を呼ぶと、ぱっと顔を上げて急いでこっちに駆け寄ってくる。まるで犬のようだ。


「1人にしないでくださいよ・・・韓国じゃないんだから全然方向わかんないんですよ!」

「はは・・ごめんなさい」

 軽い調子で謝って、カオルはさっきまでスオンが座っていたベンチに腰掛けた。

「今さっきハルカに会ったんだ」


 スオンが固まるのがわかった。それをカオルは横目で確認した。

「ごめん・・・もうかなり昔のことだったから忘れてたんだ。スオンさんの娘のこと・・・確かにハルカに似てるかもね」


 過去にスオンは1度日本人の女性と結婚したが離婚し、そのときに娘ともほとんど会えなくなってしまったのだ。

 カオルも以前何度か遊んだことがある。父に会いに来た彼女の話相手になっていたのだが、ずいぶん昔のことだから顔を忘れてしまった。

 とにかく今思い返してみれば、確かに似ているかもしれない。その姿を見て、思わず韓国で話しかけてしまった理由もうなずける。


「・・・娘はもう20歳になります。早いもんですよ。こないだまでこんなにちっちゃかったのに」

 スオンの目はどこか懐かしむようだった。

「ハルカさんを見て、一瞬間違えました。でも、娘は娘。ハルカさんはハルカさんだ」

「・・・・・」

「今度会いに行ってみようと思います」

「それがいいですね。俺も一緒に行ってもいいですか?」


            ◇


『どうしてそんなに優しくするの・・・?私は別に優しくしてもらいたいわけじゃないよ』

『なんていうか・・・俺はお前の都合のいい男になれればいいんだよ』

『私は――お父さんだけに会いに来てるわけじゃない・・・・・』


            ◇


「カオルさんが来てくれればきっとあの子は喜びます」

 スオンがとても嬉しそうに顔をほころばせる。

「そうだといいんですけどねー」

 昔のことを思い出しながらカオルは答える。


 都合のいい男・・・・・・前にハルカに対しても言った言葉だ。もうそろそろ卒業してもいいかもしれない。

 今度は自分自身の幸せのために―――・・・・・

なんとなく消化不良だった人物の1人、カオルについて書くことができました。

次回の更新は年内を予定しています。

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