第33回 好きだ
ハルカが振り返ると、そこにはユウが立っていた。
「立花・・・」
呟いてからハルカはさっきのことを思い出してずんっと暗くなる。
少し背の高くなったユウを見たら余計に悲しくなってしまった。
「いっぺん話し合わな思てたんや」
ユウの声は静かに響き渡る。
「やだ・・・聞きたくない。聞きたくないよ」
ハルカはぶんぶんと首を振る。辛すぎるだけだ。これ以上ユウの話を聞くのは。
しばらくユウはハルカの腕を掴んだままだったが、やがて静かにその手を離した。
正面から向き合う形になり、久しぶりにハルカはまともにユウの顔を見ることになった。
「好きじゃないのなんて・・・知ってるよ・・・・・」
情けなくも、出た声はすごくガラガラだった。ハルカは両手で涙を拭いながら必死にこれ以上聞きたくないことをアピールする。
「もういいよ。もうわかってるから・・・・お願いだから・・・もう聞きたくないよ」
「――立花っ」
「もういいってば!」
食べかけのチョコバナナを投げつけて、ハルカはダッシュで逃げ出した。
「待てよ!」
後ろでそんな声が聞こえてきたが、もちろん待つ気なんてこれっぽちもなかった・・・が、逃げ出して10秒後、すぐに追いつかれてしまった。
腕を掴まれ、強引にユウのほうに体を向かせられる。
すぐに、投げつけたチョコバナナがユウのTシャツにべっとりとついているのがわかった。
「あ・・ごめ」
「謝るのは俺のほうや。ごめん・・・いろいろ」
ユウは真剣な面持ちでハルカをまっすぐに見てくる。
言いにくいときや、嘘をつくとき、たいてい目をそらすクセがユウにはある。だから、これは本心だろうとハルカは思った。
「さっきもりしーに言うたん・・・半分はほんまや。俺たちはもう終わってるていうこと」
ハルカは俯いて小さく頷く。
「でも、好きじゃないいうんはほんまの話やない。むしろ・・・逆や」
「逆、って・・・」
ハルカが呟くと、ユウは顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
「ちゃんと言ってくんなきゃわかんないよ・・・」
「・・・言うたらあかん」
「なっ・・なんでよ。なんでそういう大事なことなんにも言ってくんないの?このへタレ!」
「ヘタレ・・・なんやねん!その言い方は!?」
いつのまにか重々しい空気から、高校時代のケンカのようになってしまっている。
「ヘタレだからそう言ってんのよ!」
「アホか!俺はそんなんじゃあらへん!」
「じゃぁはっきり言いなさいよ!今まで言わなかったこと全部!」
「――好きだ」
いきなり静かな声でそう言われて、ハルカは上がりつつあったテンションが急に下がるのを感じた。
「勝手なこと言ってるってわかっとる。せやけど、やっぱ俺・・お前のことずっと気になってしょうがないんや・・・・」
「ほんとに勝手だよ・・・・・」
ようやくハルカが言葉を発したが、ユウが次に話した言葉は予想外のものだった。
「俺・・・・小春を傷つけてしもた」
一瞬、ユウが何を言っているのかわからなかった。
◇
それは1年前のこと、2学期の始業式のことだった。
その日、ユウはたまたま両親から早く帰るように言われて車通りの激しい時間帯に、大通りを自転車で走っていた。
と、ちょうどそのとき、横断歩道の向こう側に見知った人間を見つけた。
「・・・小春?」
後で聞いた話によると、小春はライブがあるために愛知に来ていたらしかったが、そのときはユウに会いたくて高校まで行こうとしていたようだった。
とにかく小春の姿に気をとられて、ユウは目の前の車に気がつかなかった。
そして、気づいたときにはユウをかばって倒れている小春の姿があった。
命に別状はなかったが、小春の体にはそのときの傷跡が残ってしまった。
◇
「そんなの・・・立花のせいじゃないじゃん」
その話を聞き終えて、ハルカはそう呟いた。気楽に言ったわけではない。それが精一杯だったのだ。
「責任・・とか考えてるの?」
「・・・・・・・・」
「そんな気持ちで小春さんと一緒にいるなんて・・・小春さんがかわいそうだよ!」
思わず怒鳴ってしまったが、ユウは俯いて頷くだけだった。
「小春さんとつきあってんの?」
ユウは答えない。
「私、そんなに辛抱強くないから・・・・もう無理だからね・・・」
それだけ言って、ハルカはユウの前から去った。