第31回 もう限界
しばらく時が止まった。ハルカはユウを見たまま動けなくなってしまった。
ユウもしばらく驚いたような表情でハルカを見ていたが、やがてふいっと目をそらした。
「ユウ!やっほー」
真由美が気楽に声をかける。ハルカを少し気にしながら挨拶しているのがわかった。
「よー・・・今日授業サボりかよ」
「まぁそやなー。ばーちゃんの様子を見に来たついでっちゅうん?ハルカちゃんにもつきおうてもろてん」
「へーそうなんや」
そう言いながら、ユウはハルカを見ることはなかった。
そのとき、ユウの隣にいた帽子をかぶった男が興味津々にハルカを見てくるのがわかった。
「立花の友達さんですか?」
「ウチはいとこやねん」
ハルカが答える前に真由美が答える。
「ええな〜立花。モテモテやないかー」
「おうよ。下駄箱開けたらいつもラブレターぎょーさん落ちてきたで」
ユウは財布を出しながら言う。そのときバッグに1つのキーホルダーがついているのが見えた。それは、ハルカが以前あげたものだった。
ハルカの視線に気づいたのか、ユウが急いでそれを隠すのがわかった。
なんで・・・?
もうずいぶん前に別れたんだから、そんなものはもうないと思っていた。ハルカの大好きな『31』のキーホルダーなんて。
真意を図りかねたままだったが、ハルカは真由美の腕を掴んだ。
「まゆちゃん、そろそろ行こっか」
「そやね」
改めてお騒がせしましたと謝ろうと思ったとき、ハルカはある人と目が合った。小春、ユウの元カノだ。
その不安そうな顔を見て、ハルカはここへ来るべきではなかったと悟った。
もう忘れよう。新しい恋をしよう。
ハルカはそう決心して歩き出した。後ろを振り返ることはなかった。
◇
「送ってかなくてもええの?」
小春の一声で、ユウははっとして我に返る。無意識にずっとハルカと真由美の背中をずっと見ていたらしかった。
「ええって。たぶん車で来たと思うし」
「・・・・・・せっかくここまで顔見に来てくれたんやから、せめて大学出るまで見送ったらええと思うよ?」
その言葉で、一瞬だけユウは心が揺れた。
だけど、やっぱり追いかけようとは思わなかった。
もし追いかけたら、きっと後には戻れなくなる。それだけは絶対だめだ・・・・・
◇
「今日はありがとう。おかげですっきりしたよ」
車の中でハルカは真由美にお礼を言った。運転席の真由美は一瞬だけこっちを見て、申し訳なさそうにする。
「ごめん・・・ハルカちゃんの気持ち全然考えとらんかった。そら気まずいよね・・・」
「ううん。私が望んでここに来たから」
ここから先は、真由美に対する言葉というよりかは自分自身に向けたものだった。
「もうきっぱりあきらめる。それで、また恋をする!」
「うん・・・せやな!それがええと思う!」
「でしょ?よっしゃー・・・・・」
いつまでもうじうじしているのは性に合わない。
ハルカはばしんっと両頬を叩いて、自分に気合を入れた。きっぱりあきらめるために。
◇
だけど、いざ家に帰ってくると、1人自分の部屋にこもると急に寂しさが湧き上がってきた。
さっきあきらめようと決めたばかりなのに。
なんなんだろう・・・この寂しさは。
本当はわかっていた。もうユウにはユウの生活があって自分が立ち入ることができないということを。
それを否定したいがために、大阪の大学まで行ったということを。
実際に行ってみてそれがよくわかった。
もう・・・限界。
ハルカはずっと我慢していたもの――涙が頬を伝うのがわかった。
せめて理由を言ってほしかった。つきあってすぐ、あんな言葉でふられるなんて思ってもみなかった。
ハルカの時間はあそこで止まってしまった。
だから、あきらめないとだめだ。
無理にでもそうしないと、ハルカはきっとあの時間から動き出せないでいる。
・・・・・・新しい恋をしよう。