第16回 修学旅行の始まり
早いもので、もうすぐ3年生になる。
そのことを立花悠が実感したのは、広瀬との勉強の最中だった。
「えっ?第一志望?」
「うん。ハルカちゃんの志望校、そろそろ決まったかなって思って」
思えば広瀬が家庭教師に就き始めて4ヶ月、最初の月に志望校を訊かれたとき以来、一切話していないことに気づいた。
志望校か・・・正直なんにも考えてなかった。
「すぐに決めなくても大丈夫だよ。とりあえず、お母さんからは大学に行きたいって聞いてるけど」
ハルカはこくんと頷いた。両親が共に大学に行けなかったので、せめて自分の子供にだけは行かせたいという思いがあるらしい。
「広瀬先生の大学ってどこなんですか?」
「C大学」
それは県内でもトップクラスに入る大学だった。
志望校。それを決め始めるということは、もう自分が受験生に近づいているということだ。
他の人はどうするんだろうか。
ハルカは無意識に立花悠がどこに行きたいのか考えてしまった。
◇
そして、春休み。この期間にある大きなイベントといったら、修学旅行がある。
行き先はなんと韓国のソウルだ。
飛行機でだいたい2時間半で着くそれは、高校で1番大きなイベントと言えるかもしれない。
海外に行ったことのない人間がソウルの空港に着いてみて最初にハングル文字を見たとき、
「「アンニョンハセヨー!!」」
そのとき、ハルカとユウの声が重なった。
「マネしないでよ!」
「してへんわ!俺は現地の人とコミュニケーションを取ろうとだなぁ・・・」
「はいはーい。2人とも恥ずかしいから早く歩こうねー」
衣里に言われてはっとして黙り込む。
とにかく高校最大のイベント。これは楽しまなきゃ損だ!
「はぁ?告白?」
「そうだよ。6組の太田さんが立花君に告るんだって」
一瞬衣里に告白しろと言われているのかと思ってびっくりしたが、一拍遅れてハルカは話の内容に気づいた。
「ハルカ、いいの?太田さんっていったら、巨乳で有名だよ?」
「巨乳関係ないじゃん。それに・・・・・」
ユウなら巨乳に惹かれないと言おうとしたのだが、そうとも言い切れないことに思い当たった。
「そうじゃなくて・・・ハルカちゃんは嫌じゃないの?」
亜美に言われて、正直に嫌だと思った。
「でもね〜わざわざ韓国で本当に告んの〜?」
「普段と環境が違うからチャンスなんだよ!ハルカもね!」
「は?」
「うまく2人きりになれるようにしてあげるよ!」
別にいいよと言おうとしたところで、ゴリオの集合がかかってしまい、仕方なくこの話は後ですることにした。
◇
修学旅行の1日目は、クラスでの団体行動で世界遺産をバスで巡った。
そして、今日は2日目。明洞で自由行動だった。明洞は若者が多く集まる場所であり、実は日本語も結構通じたりする。
ハルカは衣里、亜美と3人で回り、アパレルショップ、化粧品店、デパートの免税店に入り、そして今は南大門市場を歩いている。
ちなみに、今は南大門は建設中で、その周囲を壁で覆っていた。
「ねぇねぇ!私、ちょっと韓国のり見てってもいい?」
賑やかな通りの中、衣里が小さな店に入っていこうとする。
「私も。頼まれてるんだった」
亜美もそれに続く。ハルカもあとに続こうとしたとき、急に腕をぐいっと掴まれてしまった。
驚いて振り返ると、そこにはたぶん韓国人だと思われる男性が立っていた。
「カオル!―――――――!」
韓国語で何か言っているが、さっぱりわからなかった。
「えっ?えっ?ス、ストップ!ノーノー!アイアムノットカオル!」
「――?あぁぁ・・・これは失礼しました。いえ、カオルはよく女装をしましてね、その格好に似ていたものですから」
と、男性はペラペラな日本語で謝る。話によるとカオルは男らしかったが、女装した姿が似ているというのも微妙な話だ。
「私はイ・スオンといいます。もしこのような男に会ったら、ぜひここへお電話ください」
そう言ってスオンは1枚の名刺と写真を渡してくる。たぶん日本人だろう。とても端正な顔立ちをしている。
「調べればすぐにわかりますが、カオルはこっちでモデルをやってましてね、しかしよくどこかにいなくなってしまうんです。よろしくお願いします」
そこまで言うと、スオンはぺこりと頭を下げて去っていった。
ハルカがカオルと会うのは、それから10分後のことである。