第11回 サンタがやって来ない
「サンタが街にやってくる」を
思い出しながら読んでくださると嬉しいです。
サンタクロースが街にやってくる。
この歌を聞いて、去年までの自分だったらきっと気分はクリスマスになるだろう。
だけど今年、立花悠のテンションはそんなものではなかった。
「ねぇねぇ、これかわいくない?」
衣里と2人だけで買い物に行っている途中、かわいいマフラーを見て衣里が尋ねてくる。BGMには『サンタが街にやってくる』がかかっている。
「いいと思うよ。白だし、どんな服にでも合うと思う」
「だーよねっ!クリスマスにこれ巻いてこうかなぁ」
クリスマス。その響きにハルカはどきっとした。
「ハルカはどうするの?クリスマス」
「・・・・家で特番見る」
その一言で、一瞬にして自分の周りの空気が5度くらい下がったような気がした。
「待って、ハルカちゃん!世の中もっと楽しいことがあるはずだよ・・」
「だって相手がいないんだもん」
言った後、ハルカはしまったと思った。そして、案の定衣里はこういう話をし出した。
「立花は?そういえば最近あんまり話してないみたいだけど・・・」
そう。文化祭が終わった辺りから、ハルカはユウとちゃんと会話した覚えがない。
もし話したら絶対気になってしまう。彼女とまたつきあっているのかどうかが。
「ちなみに、ハルカが立花に告ってふられたって噂があるんだけど」
「はぁ?そんなわけないじゃん!」
むしろそんなことはありえないとハルカは必死に否定した。
そうすることで、自分の気持ちを押さえ込もうとしていたのかもしれない。
サンタが街にやってくる。ハルカのもとには来ないような気がしてきた。
◇
サンタがやってくる代わりに、ハルカのもとに来たのは、両親からのとっておきのプレゼントだった。
「はぁぁっ!?家庭教師ぃ!?」
「そう。あんたの成績が伸びるように、ちょっと奮発しちゃった」
だったらもっと別のことに奮発してほしかった。
ピンポーン
まるでタイミングを見計らったかのように誰かがやって来た。
「はーい」
母が出て行く。その隙にハルカは自分の部屋に逃げていく。
だけど、家庭教師からは逃げられない。
そのうちに部屋のドアがノックされ、返事するよりも先にドアが開かれた。
「はじめまして。これから家庭教師をさせていただく広瀬です」
予想に反して背の高い、それもかなりイケメンな男だった。
しかし、ハルカがムスッとして答えないので、家庭教師は少しうろたえていた。
「担当は数学だけど、他の教科も一応できるから、なんでも聞いてください」
その日のハルカは後で思っても、とにかく機嫌が悪かった。
1番その被害を受けたのは広瀬かもしれない。本人が言うのもなんだが、かなりハルカはぶっきらぼうに答えてしまい、広瀬がかわいそうだと思った。
それくらいムスッとしていたのだ。
◇
そして、何もイベントのないクリスマスがやって来た。
クリスマスイブは学校が休みだったが、クリスマスは補講があった。だから、衣里や亜美が遊びに行くのはクリスマスイブだろう。
1人身のハルカはイブの日、行くあてもなくショッピングセンターを歩いていた。
午後から家庭教師が来る。それまでに帰らないといけないな・・・と考えているとき、ちょうど本屋で見知った横顔を見つけた。
「広瀬先生・・・?」
その声は小さすぎて聞こえなかったが、間違いようがなかった。
しかし、広瀬がいる場所が気になる。そこには、高校生用のセンター試験の問題集があった。
なんでこんな所にいるんだろ・・・まさか、生徒の勉強のため?
「あっ・・・・・」
目が合ったのは突然だった。広瀬がこっちを見て驚いたような顔をしている。
「ハルカちゃん?えっ・・・なんでここにいるの?」
「先生こそ・・・」
「えっと・・・・・初めての家庭教師だし、とにかく勉強しないとって思って・・・」
しかし、そのとき唐突にハルカは理解した。広瀬がハルカのためにセンター試験の問題集を買おうとしていることに。
それがわかった瞬間、どうしようもない感情を覚えた。
「クリスマスイブに勉強なんて、普通嫌だろうけど・・・」
「ううん」
そのとき、ハルカは久しぶりににっこりと笑った。
もちろん勉強は嫌だったが、こんなにすっきりとした気持ちになったのは久しぶりだった。