第9回 変な気持ち
立花悠の彼女の存在は、すぐに2年生の間で広がることになる。
一部の女子は彼女を1度見たいと希望し、わざわざ見に行く人まで現れた。
正直、ハルカはそこまでユウが人気だとは知らなかったので、今回の騒ぎには驚かされた。
「いいの?ハルカは」
突然の声に驚くと、ちょうど昼ごはんを食べているときだった。どうやら衣里と焼そばを食べている途中らしかった。
「いいって・・・何が?」
なんとなく話の内容には気づいたが、ハルカはわざととぼけてみせる。
気にならないって言ったら嘘になる。
あいつは今まで彼女がいたことなんて一言も言っていなかったのに。っていうか、別に言う必要ないか・・・
ただ、ちょっとだけショックを受けている自分がいた。
そこまで考えて、慌ててハルカは自分の考えを押しやった。
「でも、立花は彼女と自然消滅したと思ってるんだって。なんかわけありみたい」
「ふーん・・・・」
気のないふりをするだけで精一杯だった。
◇
その頃、ユウは高校1年生のときにつきあっていた彼女、谷口小春と一緒に文化祭を見て回っていた。
「なんか食べる?大阪のたこ焼きもうまかったけど、ここのも絶品やで」
「ほんま?じゃぁ食べよっかな」
小春はたこ焼きを購入し、その1つを口に入れてすごくおいしそうな表情をした。
それを見て、ユウは昔よく一緒に遊びに行ったことを思い出し、言わなければならないことを改めて痛感した。
「――小春」
ようやく2人きりになれた5組の教室。ユウは決心した。
「なーに?」
「あのときのことなんやけど・・・」
小春は何も答えなかった。正確には、何かを言われる前にユウがまた喋りだしたことが原因しているのだが。
「行かへんかったことは謝る・・・・せやけど、俺怖かったんや。小春にふられんのわかってたから・・・ほんまにごめん」
小春はしばらく何も言わなかった。やがて口を開いたかと思うと、ユウにとって意外なことを話し出した。
「あのとき、来てってお願いしたんは・・・ユウ君をふるためじゃない」
「・・・・・・え?」
「あの日が何の日やったんか、ほんまに覚えてないん?」
小春の言葉に、最初に思ったのは誕生日だったが、それは違う。3月・・・?何かあったっけか?
「やっぱ忘れてる・・・・つきあってちょうど1年たったこと」
「あ・・・・・」
「ふられたと思ったんは私のほうなん」
小春が微かに笑ったのを見て、ユウは何も言えなくなってしまった。
「もう1度やり直せんかな・・・私たち」
それが小春の精一杯の告白だと知った。
頭の中でいろいろなことを考えた。でも、何も考えていないような気もする。
ユウは返事をしようとした・・・・・そのときだった。
「あのー・・・・・」
どこからか声が聞こえてきて、2人は心臓が飛び出すほど驚いた。
よく見ると、教室の隅のほうになぜかハルカがいるのだ。
「立花・・・!?なんでここにおるんや!?」
「人聞きが悪いなぁ。さっきからずっといたよ。あんたが後から入ってきて勝手に喋りだしただけだよ」
ハルカは心底迷惑そうに言い放った。
◇
最悪。なんでこんな場面に出くわすんだろう。
課題を終わらせるために、誰もいない教室を使ってやろうと思っていたのに、急にユウたちが入ってきて、しかもこっちの存在に気がつかないで深刻な話をし出してしまった。
さすがにあれ以上は聞いちゃいけないと思い、こうして声をかけてみた。
「なにしとんねん・・・・・」
「課題だよ。でも、もう終わるから私文化祭回ってくるね。続きはごゆっくり〜」
とにかくダッシュでこの場から逃げ出したかった。
顔も見れなかった。
自分が邪魔者だということだけはわかった。
◇
なんだかおかしい。自分が自分じゃないみたい。
「ハルカちゃん!」
行く当てもなく走っていると、菅原と一緒にいる亜美に会った。なんとなくほっとしてハルカは笑顔で近づく。
「2人とも今からどこ行くの?」
ハルカとしては何気ない質問のつもりだったが、亜美は急にしゅんと暗くなってしまった。
「ど、どうしたの?」
「立花さん」
答えたのは菅原だった。あまり喋ったことがないので、菅原からさん付けで呼ばれるのは新鮮だとそのときはのんきなことしか思えなかった。
「俺、今日で転校することになったんだ」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
しかし、亜美の顔色を見る限り、冗談で言っているわけではなさそうだった。
「な・・・なんで?そんなの聞いてない・・・」
「ごめん。ゴリオには誰にも言うなって頼んだから・・・・これから空港に行く」
ようやくわかった。ここ最近亜美の元気がなかった原因が。
――菅原が遠くに行く。