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幼女の魅力が世界を変える 7

「おまえ! 邪魔だぞ!」


 飛び出したのはリノだ。小剣を片手に合成鬼獣へ突っ込む。


 示音を唱え、小剣に風を纏わせた。あれを相手に躊躇う理由は微塵もない。リノの機動力を持ってすれば、あの巨躯を相手に余裕で立ち回れる。


 しかし、その考えは甘すぎた。


 風を薙ぎ払うような拳をリノは難なく避ける。それを数度繰り返しながら、彼女は確実に相手へ傷を刻む。まだ様子見の段階だからか傷は浅い。リノが深く踏み込もうとした瞬間、彼女の動きよりも速く拳が振るわれた。すぐに反応した彼女は身体を捻って避ける。けれど、わずかに肩を掠めた。たったそれだけでリノの身体は吹き飛ばされ、僕らを通り越して遙か後方の地面に落ちる。彼女の身体はびくともせず、立ち上がる気配はなかった。


「嘘だろ……」


 隣のセルシスも息を呑んだ。マリアさんが牽制するけれど、銃弾は表皮に弾かれる。リノのつけた傷は跡形もなく消え去っていた。


 巨躯の背負う景色には軍がいた。遠くからこちらの様子を窺っているようだ。そのどこかからか、あの合成鬼獣に命令が送られているはずだ。内容は考えずとも分かる。セルシスたちの抹殺だ。

 マリアさんがこちらへ駆け寄る。その表情に余裕はない。


「マリアさん、リノを」

「っ――分かりました!」


 僕の傷を見て暗い顔をした彼女だけれど、すぐにリノのところへ向かってくれた。彼女も自分の力の限界を弁えているのだろう。

 合成鬼獣へ足を踏み出そうとするセルシスの腕を掴み、首を横に振る。


「けど、私がやらないと……」

「そんなことしたら、本当に戻れなくなる」


 セルシスとこうやって喋れていることが奇跡なのだ。アルカゼノムを使えば完全に鬼に飲まれる。


「セルシス、よく聞いてくれ」

「いやよ! 絶対にいや!」


 まだ何も言っていないのに彼女は辛そうに眉を寄せ、目に涙をためる。


「大丈夫だから。僕があれを倒す。巻き込みたくないからエマさんとカミュを連れてマリアさんに合流して。その後はできるだけ遠くに逃げて」

「わたし、わかってるんだから。そうやって死ぬつもりなんでしょ」

「死なないよ」

「うそ! だったらなんで、どうして……そんな穏やかな顔してるの」


 それはお前たちを守れるからだよ。ようやく僕の力が役に立つときが来たからだよ。

 どうせ死ぬのだから、誰かを救うためにこの命を使いたい。だったら、その相手はセルシスたちがいい。


「約束するから」

「どうせ破る! …………一緒に逃げよう? 少しでも長く、一緒にいよう?」


 僕が静かに首を振ると彼女は怒りに顔を染めて、けれど言葉を飲み込んで俯いた。彼女のわがままを聞いてやれない代わりに、その額に口づけをした。


「っ――そこじゃ、ないわよ……」

「戻ったら、続きをしよう」


 きっと守られない約束。セルシスは涙で顔をぐちゃぐちゃにして小さく頷いた。


「ぜったい、だから」

「ああ、絶対だ」


 最後にぎゅっと抱き締めてから、僕は名残惜しむ彼女に背を向ける。


「エマさん、罪滅ぼしをしてください。彼女たちを命がけで守ってください」

「シャルくんはそんなボロボロの身体で戦うの? 絶対に死んじゃうよ?」


 すっかりいつものエマさんに戻っていて、僕は安心する。


 彼女がアルカゼノマーを憎む気持ちは本当だろう。最初は復讐のために近づいたのだろう。けれど、セルシスたちと決して短くない時間を過ごして生まれた関係性もまた本物なのだ。きっと、迷って迷って迷って、それでも復讐を選んだ。だから最後の最後で彼女は失敗してしまったのだ。


 甘いよ、エマさん。少しでも好意を持ってしまったら、嫌えるわけないじゃないか。


 僕はできる限り笑って、おどけるように言った。


「大丈夫です。僕、鬼王の息子ですから」


 ぽかんと口を開ける彼女に、髪に埋まった小さな角を見せてやる。


「ちっさ……」


 決めた。生きて返って、そのわがままボディを揉みしだいてやる!


「じゃあ、また」


 僕は再会の言葉を口にし、振り返らず進む。


 不思議だった。立っているだけでもやっとだったのに、今は全身に力が漲る。一時的なものだろうけれど、それが分かっていても少しだけ希望を抱いてしまう。


 これくらい、いいよね。少しくらい夢を見てもいいよね。


 敵は強大だ。けれど、僕には力がある。あれを倒すための力が――


「えっ――」


 正面から風が吹き荒れた。眼前に迫った拳に為す術なく、強烈な衝撃が身体を突き抜けた。全身がバラバラになったような痛みが走り、気づけば地面に這いつくばっていた。遠くに合成鬼獣の姿が見える。息苦しくなって、喉をせり上がるものを吐き出した。地面に赤い染みが広がる。


 あれだけの啖呵を切っておいてこの様か。いかなる力も発動しなければ意味がない。あいつは本能的にそれを察知したのかもしれない。


 惨めだった。今すぐ消えてなくなりたい。


 セルシスの声が聞こえた気がした。リノやマリアさん、カミュの声も。


 もうすぐ死ぬんだと思い知らされる。


 僕のいない未来。世界は何一つ変わらずに回る。


 彼女たちの未来もきっと同じだ。少しくらいは僕の死で影響が出るかもしれない。まったくないと悲しいから出て欲しい。でも、きっとその穴はすぐに埋まる。セルシスは僕のことを好きだと言ってくれた――彼女にとっての大嫌いは大好きということだと僕は信じて疑わない――けれど、僕より素敵な人なんていくらでもいるから大丈夫だ。どうか、他の誰かと幸せになって欲しい。


「最期にもう一回くらい、踏まれたかったな……」


 可愛らしい幼女の足。何でセルシスの足は甘かったんだろう。キスもしたかったな。生涯ロリコンと言われ続けるんだろうけれど、むしろ名誉なことだと思う。


 死ぬときは走馬灯ってものを見るらしい。けれど、僕が思い出すのは幼女と暮らした日々。とりわけセルシスとの思い出が鮮明に映し出される。


 もっと一緒にいたかった。もっと一緒に笑いたかった。悲しいときも、苦しいときも、嬉しいときも、全部分け合って、幸せな未来を歩んでいきたかった。


 ああ、もうきれい事なんてやめよう。


 他の誰かなんて嫌だ。そこには僕がいたい。僕じゃなきゃ――嫌だ。


 何度もくじけそうになりながら立ち上がる。痛いとかそういうレベルじゃない。動かす度に身体が千切れそうな感覚がして、恐怖が這い寄る。


 馬鹿みたいだけれど、笑みが漏れた。こんなときに何やってんだ。


「幼女を守って死ねるなら、最高の人生だったよな」


 鬼だけどな。エマさんもいるけどな。どうでもいいよね、この際。


 死にかけてるのに、生きてるって感じがした。今までになく思考がクリアになっていく。剣は遠くの方に転がっていた。あそこまで取りに行く時間も体力もない。依り代があった方が制御し易いのだけれど、ないものはない。それに、今ならできるような気がした。


「――主よ」


 三年ぶりの示音。何度も唱えて染みついた音は、走り出せば勝手に口をついて出てきた。


「――何故、私たちをお見捨てになったのか」


 僕たち鬼の祖先は遙か昔に人類を滅ぼすべきだと進言した。神様はそれを退け、彼らは反旗を翻した。そして彼らは地に堕とされた。気の遠くなるような年月が経ち、神様は人類を滅ぼす決定をした。その役目を彼らが負った。成し遂げれば再び天の座に昇ることができるという言葉を信じて。


「――私は願わない」


 お前はかつて自身が否定したことを肯定している。つまり、間違えたのだ。選択を誤ったのだ。なら、僕たちにはもうお前は必要ない。その座はお前に相応しくない。


「――其は反逆の導」


 だから僕は再びお前に挑もう。


「――明を統べ、宵を統べ」


 この息苦しいクソったれな世界を、真っ向から全否定しよう。


「――天上に輝ける星の担い手、シャレルの名において」


 僕はもう逃げない。

 この輝きがお前のところまで届きますように。


「――今ここに新世の旗を掲げる」


 身体から光が溢れだした。温かな熱が全身を抜け、周囲に解き放たれる。それは太陽が地上に落ちたかのように空の光を塗り潰し、世界を白に染める。


 これこそは王の血統が継ぎし反逆の力。


 偉大なる神の(デウィスマグナ)ではなく、異端なる神への切り(アルカゼノム)と呼ぶに相応しい力。


 僕のアルカゼノムは――光。


 まずは天の座を返して貰う。

 光の角が額から伸びるのを感じる。背中から翼のようなものが生える。

 右手に力を集中させる。光が瞬き、棒状に形を変えていく。

 しかし突如形状が揺らぎ、力が暴走を始める。


「っ――どうして!」


 内側から熱が膨れ上がる。押し止めるのに精一杯で、手に集めた光は弾けた。自らの光が身体を灼き始め、意識が掻き消されそうになる。焦りばかりが募り、制御が拙くなっていく。漏れ出る光が地面を穿ち、周囲のすべてを破壊していく。


 ああ、僕はまた、あのときのように――


「しっかりしなさい!」


 すぐ横で声が聞こえた。左手に光とは違う種類の温もりがある。小さな手。柔らかさの中に硬さがある戦士の手。心に荒れ狂っていた波が穏やかにならされていく。


「わたしたちがついてるぞ!」


 そうだ。


「サポートします!」


 僕はもう、独りじゃない。


「しゃぅ! がんばっ!」


 信じてくれる仲間がいる。


「諦めるなんて、私が許さないわ」


 心の底から温かい気持ちが湧いてくる。


 これを希望と呼ぶのなら。


 きっと、これこそが僕のアルカゼノム。


 右手に生み出した光は剣となる。

 光の剣。僕らの道を切り開く大いなる希望。


 救われない僕たちは、誰かに求めるのではなく、自らの手でそれを掴み取る。


 頭上に掲げた一条の光は空を貫き、天上へと至る。


 心地の良い温もりの中で、場違いにも幸せだと思った。


 振り下ろした光の束は合成鬼獣の身体を飲み込み、浄化するように溶かしていく。


 それを見届けてから、僕は重い瞼を閉じた。

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