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幼女の魅力が世界を変える 2

 椅子に腰かけ、エマさんがカミュの髪をとかしてあげていた。


「カミュちゃん、ちょっと髪伸びてきたね。今度切ってあげるね」

「ん……」


 エマさんでも駄目か。するとエマさんはポケットから飴玉を出してカミュの目の前に差し出した。


「アメちゃんだよー」

「あめちゃん!」


 両手を目一杯に伸ばして飴玉を取るカミュ。口の中に入れると、片方のほっぺだけ大きく膨らんだ。かわいい。


「どっちに入ってるのかなー?」

「こっち、こっち、だぉ」

「んー? 本当かなー?」

「ほんとだぉ」

「よし、こっちだ!」

「きゃはっ、はずぇ!」


 カミュに笑顔が戻った。僕らは唖然としてエマさんを見つめる。まるで本当のお母さんみたいだ。見てれば分かる。子どもが大好きなんだろうな。


「まるで僕とエマさんが夫婦で、カミュたちが僕たちの子どもみたいですね」

「あはは、私まだ一九だよー」


 渾身のアプローチが華麗にスルーされただとっ!


「なあなあ、父ちゃん!」

「何だい、リノ」


 お前本当に良いやつだな。ノッてくれるのお前だけだよ。


「セルシー遅くないか?」

「んー、あいつも色々あるんだろ」

「色々ってなんだ?」

「分からん」

「バカなのか?」


 おっと危ない危ない。またこのパターンか。しかし僕はもう学習したので腕すら振り上げない。それが不満だったのか、リノの蹴りが僕の股間目掛けて放たれる。


「ふっ、甘い!」


 想定内だ。僕は一歩後ろに下がって避けようとする。


「きゃっ」

「あ、ごめっ――」


 ちょうど後ろにいたマリアさんにぶつかってしまい、振り返りながら謝ろうとしたところへ痛恨の一撃が炸裂した。声にならない呻き声を漏らし、僕は床をのたうち回る。


「アハハ、よけると思ったから本気でけっちった。ごめんな」


 謝る気ゼロだろ。しかもエマさんがクスクス笑ってる。死にたい。


「酷いですよ!」

「ごめんごめん。だって、シャルくんたち楽しそうだから」


 目尻の涙を拭いながら、エマさんは微笑む。


「よかったね、幸せが手に入って」


 そう言う彼女は、どこか悲しげに見えた。


「どうしたんですか?」

「ううん。何でもない。そろそろ行こうかな」


 カミュにもう一つ飴玉をあげて、エマさんは立ち上がる。


「セルシスが来るまでいてあげてくださいよ。あいつ、エマさんには懐いてますから」

「うーん、ちょっと無理かな……」

「……そうですよね。エマさんには店番がありますもんね」


 人気カリスマ店員ことエマさんは玄関の戸を開けようとして、立ち止まる。


「シャルくんはさ、どうしてこの子たちといるの?」


 その理由を話すには、まずは僕が鬼王の息子だというところから説明しないといけない。なので、ぼかして言った。


「セルシスたちに助けられたから、ですかね」


 間違ってはいない。けれどエマさんの問いに対する答えとしては不十分に思えた。だから、最近見つけた理由を付け足す。


「今はこいつらを幸せにしてやりたいと思ってます。人並みの、当たり前の幸せを。それがたぶん、僕が生き残った理由だと思うから」


 こんなこと照れくさくてセルシスの前じゃ言えない。

 エマさんはしばらく自分の中で僕の言葉を転がしてから、「そっか」と呟いた。


「頑張れ、お父さん!」


 激励を受けながら僕も飴玉を貰った。扉を閉めるエマさんを見送り、それを口の中に放り入れる。歯が溶けてしまいそうなほど甘くて、胸焼けしそうになった。


 シングルファザーか。悪くないと思う。何だかんだ言っても幼女との生活は楽しい。彼女すら作ったことがないのに子どもが四人というのはぞっとしないけれど。


 最初に異変に気づいたのはカミュだった。


「けほっ、けほっ」

「カミュちゃん、風邪ですか?」

「ううん、くしゃいの」


 マリアさんはクンクンと嗅いでみるけれど、匂いはしなかったようだ。


「どんな匂いですか?」

「んとね――」

「しゃる、なんか、へんだぞ」


 苦しそうに胸を押さえながら、リノがテーブルに突っ伏した。


「どうした?」

「からだが、うまく、うごかないぞ」


 リノだけではなかった。マリアさんとカミュも辛そうにしている。


「みんなどうしたんだよ!」


 僕だけが平気だ。見回しても変わった気配はない。


「このかんじ、しってるぞ」


 リノが無理矢理立ち上がろうとして、椅子から崩れ落ちる。身体を抱き起こすと彼女は震える手で僕の胸元を掴んだ。


「にげろ、しゃる……」


 命を絞り出すように、彼女は苦悶の表情を浮かべながら口を開く。


「わたし、たちを、つかえなくする、くすり――」


 大きな音を立てて作ったばかりの扉が吹き飛んだ。雪崩れ込むように入ってきたのは迷彩色の軍服を着た一〇人程度の集団。その手にはサブマシンガンがあり、銃口がリノたちに向けられる。


「対象の無力化を確認。民間人が一名」

「構わん、皆殺しにしろ」


 全員が一斉にトリガーに指をかけた。


 この数を相手に三人を助けることはできない。――普通にやれば。

 僕の心が力を使えと言う。けれど、できなかった。制御に失敗すればリノたちまで殺してしまう。


 せめてリノだけでも守ろうと小さな身体に覆い被さった。

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