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幼女のオットマンは幸福か 1

 カミュがわがままを言って泣きわめいている。

 そう聞いた僕は怒鳴って立ち上がった。


「何で叶えてやらないんだ!」


 カミュがやりたいって言ったら何でもやらせてあげたい。カミュが欲しいって言ったら何でも手に入れてあげたい。カミュが僕と結婚したいって言ったら法を敵に回しても結婚してあげたい。僕はそれくらいの覚悟でカミュと接している。


 お前ら、覚悟が足りないんじゃないか? いくら幼女でも容赦しないぞ?


「黙れロリコン」


 テーブルの上に立ち上がったセルシスが僕の顔面に幼い足の裏を叩きつけた。もちろん靴は脱いでいる。本当はすごく良い子なんだけどね、素直じゃないね。というか、何で毎回僕の頭踏みに来るの? そういう性癖なの? 一日一回は踏まないと死んじゃうの?


 まあ、もう慣れたからいいけどさ。……いいのかな。


 むしろ、昨日の今日でいつも通りであることを喜ぶべきだろう。この調子なら鬼になることはないはずだ。


 相変わらずいい香りがするのでペロリと舐めてやろうと舌を出す。その刹那、彼女はさっと足を引いた。勝ち誇ったように口角を吊り上げるセルシス。


「今日のパンツも白か」

「死ねええええええええ」


 僕の顔面に跳び蹴りが炸裂する。玄関の扉を木っ端微塵に吹き飛ばし、数十メートル先の樹木をへし折ったところでようやく止まった。


 やれやれ、僕じゃなきゃ死んでたぜ。


 全然効いてない風に立ち上がろうとしたのだけれど、身体がまったく動かない。それどころか、感覚がない。勝手に咳が出て口から血を噴いた。


「アハハ、首が変な方に曲がってるぞ! 変なのー!」

「まあ、大変! 首の骨が折れてます!」


 めっちゃくちゃ効いてた。あいつ本当に殺す気で蹴りやがった。昨日はいいムードだったのに!

 さすがにまずいと思ったのか、セルシスは慌てた様子で駆けてくる。けれど謝るどころか腕を組んで僕を嘲り笑う始末。


「ふ、ふんっ……鍛え方が足りないからこうなるのよ」


 マリアさんに段階的な治療をして貰い、何とか首が戻った。その頃にはリノが飽きてどこかへ行ってしまった。カミュは家の中で泣いている。


 意外にもセルシスは治療が終わるまで残っていた。自分が悪いと分かっていても素直に謝ることができず、けれど心配だから黙って側にいるという不器用さ。かわいいかよ。


「な、なによ。別に私は――」

「『し、心配してたわけじゃないんだからね!』」

「っ――ふんっ!」

「ばか! 次こそ死ぬわ!」


 蹴りをすんでのところで避け、何とか命を繋ぎ止めた。我ながら素晴らしいなりきりだと思ったのに。


「落ち着いて、セルシーちゃん。そんなことより今はカミュちゃんのことを」

「そうね。こんなのに構ってる暇はないわ」


 いつもなら心の中でボロクソ反論してやるのだけれど、確かにカミュのことが優先されるべきだ。家の中に戻るとリノがカミュをあやしていた。僕らを振り返ったリノが真顔で言う。


「遊んでる場合じゃないんだぞ。真面目に考えろ」


 おいおい、まじかよ。なんでこういうときだけちゃんとやるのこの子。飽きて森の探検にでも行ってたんじゃないのかよ。正論過ぎて何も言い返せないのが凄く悔しい。リノのくせに!


「リノに言われるとくるものがあるわね……」

「いつもこうだと助かるんですけどね……」

「わたしはいつでも大真面目だぞ」

「「「うん……」」」


 本気のトーンでそう言われてしまうと頷くしかなかった。馬鹿と天才は紙一重というけれど、その典型のようなやつだ。


「それで、何で泣いてるんだ?」

「それは分からん!」


 マリアさんから事情を聞いて、僕は唸りながらボロい天井を見上げた。


「ホームシックねえ……」


 どうやらセルシスの両親がやってきたことが引き金となり、最近は収まっていたホームシックが再熱してしまったらしい。あの事件を見たら両親になんて怖くて会いたくなくなると思うのだけれど、五歳児の考えることは分からない。


 勇者協会の施設にいた頃は毎晩のように泣いていて、いつもマリアさんが宥めていたようだ。さすがママ。いつもならママに抱っこして貰えば泣き止むということだけれど、その気配はない。そのため、爆睡していた僕を叩き起こして緊急会議が始まったというわけだ。昨日は色々と疲れたからもう少し寝たかったけれど、カミュのことであれば仕方がない。


 とりあえずリノには壊れてしまった扉を直すために、僕の身体が伐採した木を加工するように言い渡す。事実上の戦力外通告だ。難色を示していたけれど、お前にしかできないと言うと嬉々として飛び出していった。チョロリ。


「会いに行ったところで、だよな……」

「ええ、歓迎されるはずないわね」


 それどころかセルシスの両親のときのような修羅場になりかねない。いくらカミュでもこればっかりは叶えてやれない。無力な自分を今日ほど呪った日はない。


「セルシスとママはホームシックになったことないの?」

「「ママ?」」

「おっと間違えた、セルシスとマリアさんは」


 危ない危ない。ナチュラルに言い間違えてしまった。いや、僕としては間違えていないんだけれど、人として間違えている。ま、鬼だからセーフだね。


「……気持ち悪い」


 首を傾げるマリアさんとは相反して、セルシスは汚物を見るような目で僕を見下す。お前、分かっちゃったのかよ……。


「ゴホンッ……それで?」


 何事もなかったかのように僕は回答を促す。


「私のお父さんとママは昨日見た通りだから、ホームシックになったことは一度もないわ。それくらい察しなさいよ」


 ママを強調するな、ママを。というか普通にお母さんって呼べよ。嫌がらせやめてよ。


「ごめん……。じゃあ、マ、……リアさんは?」

「マリアは家族の生活のために自分から家を出たのよね」

「そうです。けれど、私もありません。家族に迷惑かけたくありませんから」


 何て良い子なんだろう。絶対に幸せにしてあげたい。

 僕が目を拭っていると、僕だけに聞こえるようにセルシスが言う。澄ました顔に浮かぶ加虐的な笑みが、僕の心臓を縮こまらせる。


「ママもないそうよ」


 ……死にたい。完全に弱みを握られてしまった。もうセルシスに逆らえない。詰んだ。


「足が疲れたわ。足置きないかしら?」


 僕は無言で立ち上がり、セルシスの前に跪く。四つん這いになっただけでは足りないと、彼女は僕の頭を踏みつけた。


「高い」

「……すみません」


 土下座の形となり、足組みするセルシスの片足が僕の頭に乗る。

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