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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第三章 薔薇が綻ぶ、五月
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(7)


 淡々と起伏の無い声を紡ぐ女王の、青い目が揺らぐ。人形のようだと思っていたそれに、感情が宿ったように見えた。

 ジャックの目に似ていると、思った。


「だからお前は、ここにいなさい」

「……」


 女王の宣告に、私は否と答えることができなかった。足元を覆うブルーベルの茎も、物騒な檻と武器を持って近づく妖精達のことも、今は視界に入らなかった。

 頭の隅で散らばっていたピースが並び替えられ、カチリと当てはまった。


『ジャックは薔薇を愛するんだ。まるで、破滅を望んでいるかのように』

『私、あなたの事を少し警戒していたのよ』

『ジャックは死にたがりだから』


 私を警戒し、ジャックを心配していたルカやベラ。

 彼らは最初から知っていたのだ。――ジャックの、望みを。


『Blue rose』。


 初めて会った時、ジャックは私を見てそう言った。

 青い薔薇。その花言葉は『不可能』だけではない。かつて存在しないと言われていた青い薔薇は、バイオテクノロジーによって誕生した。

 それ以降、付け加えられた花言葉が『不可能なことを成し遂げる』『夢かなう』……そして、『神の祝福』。

 あの時のジャックの目。青い色を揺らがせながら、私を見つめていた。

 そこにあったのは、待ち望んでいたもの、渇望してやまなかったものが目の前に現れたことを感謝する感情だったのだと、今、分かった。

 だったら。私は、最初から――。

 力の抜けた腕から、ぽたりと血が落ちる。

 ブルーベルの花々の間に隠れていた小さな妖精が興味深そうに触れて、ぺろりと舐めた。その妖精は「きゃっ」と小さな声を上げ、光を放って消滅した。

 周りにいた妖精達が、歌うように囁き合う。


「薔薇の血」

「薔薇の血」

「飲んだら消える」

「消えたらどうなる」

「何も無くなるわ」

「いいや、彼の国に行くのさ」

「人と同じよ、彼の国へ舟を漕ぐの」

「魂があってもなくても、旅立つの」

「不死の吸血鬼も」

「エルフも」

「魔女も」

「みぃんな同じ、力を失うのさ」

「いやだ、人間と同じになるなんて」

「そうね、怖いね」


 顔を寄せ合い、私の血の周りを囲んで笑い合う。その間にも、茎は膝辺りまで伸びていた。同時に強烈な眠気が襲ってくる。

 気付けば、木の上にいた妖精が歌っている。足元の囁き声に混じって、枝に座った妖精の歌声が眠りを誘っていた。

 膝からくずおれて座り込んだ私の身体を、ブルーベルが覆っていく。さわさわと揺れる音と、視界を埋め尽くす青。

 動けない私に近づいた妖精達が、檻で包み込もうとした時だった。


「――はい、そこまで」


 目の前に、ぱっと茶色と白色の棒が現れる。

 眠気で霞む目を凝らして見ると、それは人の脚だった。正確には、白いズボンと茶色の皮のブーツを纏った長い脚だ。

 脚の上には胴体があり、肩があり、その肩で長い金髪がきらきらと輝く。編み込んだ金髪の間から見えるのは、尖った耳。

 ……ルカだ。

 白いズボンに白いチュニック、皮製の胸当てや肘当てを身に付け、背には弓と矢筒を背負っている。ファンタジー映画にそのまま出ていてもおかしくない格好だ。

 いつどうやって現れたかは、言うまでもない。彼は人間界と異界を分ける扉の番人であり、時空を操るのに長けているのだから。

 緑色の目が、ちらりとこちらを見下ろしてくる。


「やあ、サキ。元気かい?」



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