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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第三章 薔薇が綻ぶ、五月
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(5)


 いったいどれだけの数の妖精がいるのだろう。

 妖精と一言でいうものの、彼らには様々な種類がいる。普通の人が想像するアニメ映画に出てくるような、羽が付いた可愛らしい小人姿のものは、ほんの一部にしか過ぎない。

 ブルーベルの花の間に身を隠すのは小人サイズのもの。木々の枝の上には猫ほどの大きさのものが座って、じっとこちらを見下ろしている。さらに、花々の間に立っているのは人間の子供くらいの背丈のものだ。

 距離はあるものの、皆、私の周囲をぐるりと取り囲んでいる。

 見た目も様々なら、その性質も様々。可愛い生物のように考えていると、ひどい目に遭うものだ。向けられる視線に混じるのは、好奇だけでない。あからさまな敵意もある。

 それは、私が『妖精の輪』、すなわち彼らの領域に踏み込んだからだ。

 もっとも、故意に踏み込んだわけではない。レイラに肩を押され、バランスを崩したせいで偶然入っただけだ。


 ……いや、偶然ではないのかもしれない。


 意識を失う寸前に見た、レイラの表情。

 電話の時から少し様子のおかしかった彼女は、もしかしたら、あえて私を呼び寄せたのだろうか。そして、妖精の輪に私が入るように仕組んだのだろうか。でも、なぜ――。

 考え込みそうになったが、葉擦れの音に我に返る。今は考えている暇は無い。まずはこの場をどうにかしなければ。

 できるだけ彼らを刺激しないよう、ゆっくりと立ち上がった。私の挙動に向けられる四方八方からの視線に、冷や汗が背中を伝う。

 ここは妖精の世界。下手に会話をすることはできない。彼らに自分のことを知られてはいけない。

管理局で教わったように、まずは儀礼の挨拶、そして領域に入ったことへの謝罪、それから管理局の一員であることを示し……。

 口を開きかけた時、取り囲む妖精達がざわめいた。波が割れるように動いた彼らの後ろから、一人の青い妖精が現れる。

 とても美しい妖精だった。

 透けるような白い肌に、波打つ青みがかった銀色の髪。複雑に編み込んで背中に下ろされた髪は、地面に付くほど長い。身に纏うのは深い青紫色のドレスで、頭にはブルーベルの花冠をしている。背中には、青白く透ける翅が生えていた。

 背丈は子供くらいであどけなさを残す顔立ちだが、表情は大人びて神秘的であり、そのちぐはぐな印象が余計に彼女を美しく見せた。

 周囲にいた妖精達が青い妖精に向かって傅く様子に、彼女がこの森の長、女王のようなものであると分かった。いわばボスの登場に緊張が高まる。

 表情を変えず、手足を少しも動かさずに、彼女は私の前に立った。

 そして、ゆっくりと目線だけを上げる。

深く暗い海、あるいは日が落ちた後の天空を思わせるような青い目だった。人形のガラスの瞳のように感情の無い目が、私を捉える。


「――討伐者」


 それが私を示す言葉だと、数秒遅れて気づいたのは、彼女がこう言ったからだ。


「忌まわしき薔薇の討伐者」


 薔薇は、『薔薇の血』を示す言葉。

 青い妖精……ブルーベルの女王は小さく首を傾げて、表情を動かさずに私を見つめていた。


「不死の者にさえ、死をもたらす。命の無い者にさえ、終わりをもたらす。お前は不吉。お前はわざわい


 抑揚のない声が歌うように響く。


「お前は危険。ここにいてほしくないけど、外に出してもいけない。だってお前は、ジャックに死をもたらしに来たのだから。だから――」


 ブルーベルの女王が、首を逆側に傾けて、片手をすいと上げる。

 私の足元のブルーベルが、ざあっと揺れた。いや、茎や葉が急激に伸びているのだ。それらは私の足へと絡みついてくる。引きはがそうとしたが、伸びた茎は蔓のようにしなって、足首からふくらはぎへと強く巻き付いてきた。


「お前はここにいなさい。お前の命が尽きるまで」


 女王の宣告と共に、周囲にいた妖精達が蔓と枝でできた檻のようなものを持って近づいてくる。

 さすがにこのまま無抵抗でいるわけにはいかない。妖精との間にできるだけ諍いを起こさないようにすることが基本だが、身を守るためにはやむを得ない。

 分かってはいるが、女王の言葉が頭の中を巡り動揺する。

 ジャックに死をもたらす。……私が。

 困惑する私の近くまで、妖精達が近づいた時だった。

 腰の横、ちょうどコートのポケットの所が熱を帯びる。


「ぎゅうっ!」


 鳴き声と共に巻きあがった大きな炎が、私を取り囲んだ。それは私を傷付けることなく、足元の草を焼き、そして妖精達を牽制する。


「なっ……」


 驚いて下を見ると、ポケットから顔を出したヴァンがふんっと鼻から煙を出す。生まれて間もない幼子であるとはいえ、ヴァンは火の精霊の力を存分に妖精達へ見せつけ、周りを睨みつけていた。



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