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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第三章 薔薇が綻ぶ、五月
34/47

(3)


 一通り衣料品の出店を見て回った後は、アーティお待ちかねのブランチタイムだ。

 屋台でひときわ目立っていた、小さな黒い機関車のような薪ストーブで焼かれたベイクドポテトを買った。広場に点在するベンチの一つに腰かけて、熱々のそれを食べる。

 拳二つ分はありそうな大きいジャガイモを皮ごと焼いたものを二つに割り、たっぷりのバターと塩コショウ、サワークリームにカリカリのベーコンをのせたシンプルなベイクドポテトは、外で食べるせいもあってか、とてもおいしかった。

 ほくほくとしたジャガイモの部分を崩し、少し冷ましてから手にのせてアーティに差し出せば、ぱくりと食べて目を輝かせる。

 もっと、と前足を私の膝に置いて催促するアーティに、ジャックが「もう一つ買ってきた方がよさそうですね」と立ち上がった。


「ここでアーティと待っていて下さい。ついでに飲み物も買ってきます。何がいいですか?」

「あ、じゃあ……ミルクティーを」

「分かりました」


 出店の方に向かうジャックを見送り、私は自分の口とアーティの口に交互にポテトを運ぶ。すると、ヴァンがポケットから出てきて興味深そうにベイクドポテトのサワークリームを見て、ぺろりと舌を伸ばした。

 途端、ぴゃっと羽を震わせて、ぷるぷると首を振る。サワークリームの味に驚いたようだ。基本的にサラマンダー……精霊は物を食べない。時折、暖炉の火をぺろりと舐めるか、あるいは火の中に潜り込んで休めば、彼らは存在を維持することができる。

 物を食べても食べなくてもいいが、ヴァンはたまにこうして、私が食べている物に興味を持ち、少しだけ食べるようになった。


「ヴァン、大丈夫?」

「きゅぅぅ……」


 サワークリームの味はお気に召さなかったようで、ヴァンはしきりに顔の部分を前足で擦る。きょふっ、と口から吐き出した炎は少し燻っていた。

 特に苦しそうではないから、食べ物が身体に合わなかったわけではないとは思うが、ジャックが戻ってきたら確認しよう。

 顔を上げてジャックを探すと、出店の前で数人と話している姿が見えた。

 皆、見覚えがある。パブの店主と、常連客の人達だ。彼らが離れたかと思ったら、今度は別の婦人達がジャックを囲む。

 皆親しげにジャックに話しかけ、ジャックもにこやかに応対していた。


「……」


 見慣れているはずの光景は、フィルターを掛けたように遠くに感じた。

 改めて、ジャックがこの村で必要とされる保護官であることを実感する。いや、それ以上に、村の皆からジャックは慕われている。

 これがいつもの光景。自分がここに来る前から繰り広げられている日常なのだ。

 ぼんやりとその姿を眺めていると、視界に影が差した。


「こんにちは、お嬢さん」


 声の方に視線を向けると、一人の老婦人が立っている。見覚えがあった。バンクス氏のコンサバトリーのお茶会で会った人だと思い出す。

 そう、たしか――


『ねえジャック、あなたまさか、保護官を引退するの? 彼女に引き継ぐわけ?』


 ジャックにそう尋ねていた婦人だ。あの時、私に向けられた視線は冷たいものだったから、余計に記憶に残っていた。

 あれから何度か、買い物中や散策中に顔を合わせたことはあったが、話すことはほとんどなかった。彼女は基本的にジャックにしか話しかけず、私一人の時は軽く挨拶を返してくるだけだったからだ。

 彼女にあまり好かれていないことには気づいていた。保護官見習いとして研修にやってきた私がジャックを追い出すのではと、心配をしていたくらいだ。誤解であることはジャック自身が告げたが、それでも、私の存在は彼女にとって面白くないものなのだろう。

 だから、話しかけられて少し緊張してしまう。


「こんにちは、ミズ……」


 そういえば彼女の名前を知らないと焦る私に、老婦人は「カーソンよ。レイラ・カーソン」と言う。


「カーソンさん。私はサキです。サキ・シキシマ……」

「知っているわ」


 素っ気なく返してきたレイラは、「隣よろしいかしら」とベンチの空いたスペースを示してきた。

 ジャックの分のベイクドポテトを自分の方へと引き寄せ「どうぞ」と促すと、レイラは隣に腰を下ろした。

 レイラはほっそりとした体躯で、ハイネックのシンプルなセーターに豊かな銀髪と大ぶりの青いイヤリングがよく映える。大きな花柄のスカートはお洒落でよく似合っていた。

 綺麗な人だと思っていると、彼女は赤く塗られた唇を開く。


「……ねえ、あなたはどうして、ここに来たの?」



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