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今日のブライアーヒルの広場は、一段とにぎやかだった。
月に二度ある定期市よりも人出が多いのは、今日がメイ・フェアだからだろう。
広場に隣接する開けた野原には、白いサンザシの花とリボンで飾り付けられた高さ五メートルほどの棒が立っていた。これがメイ・ポールだ。花の冠を被った女の子達がリボンを手にして、くるくるとメイ・ポールに巻き付ける。その周りでは若い男女が楽しそうに踊っていた。
煉瓦で舗装された広場にはいつもよりも多く出店が並び、食料品や衣料品が売られている。出店では一般のお店で買うよりも安く買えるため、地元客だけでなく、近隣の村の者や観光客も押しかけていた。
私の肩に乗っていたヴァンは人の多さに驚いたらしい。パーカーのポケットの中へと潜り込んだ後、小さな前足でポケットの縁を掴みながら、警戒してきょろきょろと辺りを見回している。
足元のアーティは、出店から漂ってくる匂いにふんふんと鼻を動かす。いい匂いがする方にアーティが行きたいと足を向けると、傍らのジャックが止めた。今日のジャックは薄手のトレンチコートを羽織っており、洒落た紳士然としている。
「さっき朝ご飯を食べたばかりだよ、アーティ。……わかった、もう少し見て回ったら寄ろうか」
アーティのおねだりの目に負けたらしく、ジャックが苦笑を浮かべる。その表情はいつも通りで、私は内心でほっとした。
――早朝の件の後、怪我の手当てをしてくれたジャックの態度は少しだけぎこちなかった。普段通りにしている様子はあったが、目の奥に申し訳なさそうな色があって、なんというか、気持ちが沈んでいるようにも見えた。
長年ジャックに連れ添っているアーティも、彼の様子に気づいたようだ。朝食を平らげた後、ジャックの足元に心配そうにくっついていたものだ。
メイ・フェアのにぎやかな雰囲気で、少しは気分が晴れたのならいいのだが。
私は横目でそっと様子を見ながら思った。
ジャックのことは気になるが、ここで突き詰めて話すことではない。せっかくの祭りなのだから、今は楽しもう。そう思い直して、出店をのぞく。
朝食やお茶の時間に使う手作りジャムやレモンカード、近くの村で有名な蜂蜜、オーガニックの茶葉……。普段スーパーマーケットで買わないような、ちょっとだけ特別なものを購入する。
食料品をあらかた見て回ると、ジャックが出店の一つを指さした。
「サキ、レインコートですよ」
衣料品を売っている出店の一角には、たしかに色とりどりのコートが下がっている。
今までは毎日の散歩の際、日本から持ってきた撥水性のあるウインドブレーカーでにわか雨を凌いでいたが、本降りの時はさすがに防げない。ジャックの物は大きすぎるし、今後のことも考えて、レインコートを買っておこうという話になっていたのだ。
ジャックはバーバリーやアクアスキュータムなどの高級ブランドのレインコートを注文しようとしたが、その値段の高さに青ざめ私はストップをかけたものだ。自分の身の丈に合わない。
代わりに定期市で防水性のコートを買うとジャックに言った手前、やっぱりいいと断るにもいかない。
「サキ、こちらはどうですか? 普段着るのにもいいですし、あなたに似合いそうだ」
出店に並ぶコートを見ていると、ジャックが明るい色のものを進めてきた。
柔らかな菜の花色のそれは、見た目はレインコートというよりも普通のフード付きのコートで、たしかに普段から着られそうなものだった。
しっかりとした防水生地が使われたブランドものであったが、カジュアルで比較的安い。シンプルなデザインで普段使いができ、裏地がチェック柄なのも可愛い。古着で定価よりも下がっているから、手持ちの金額でぎりぎり買えそうだ。
そう算段するくらい、私は明るい色のコートに珍しく惹かれていた。服には無頓着なのに、可愛いデザインの物はできるだけ身に付けないようにしていたのに。
――服に無頓着になっていたのは、成長の止まった姉の前で、自分だけが成長してお洒落することに気が引けていたからだ。
もっとも、姉自身は気にしていなかっただろう。よそ行き用のワンピースを選ぶ際、公爵と一緒になって張り切っていたのは彼女だ。
自分が勝手に負い目を抱き、勝手に制限していただけなのだと今なら分かる。
先日、ジャックに姉のことを話したことで、自分が抱える問題に少しだけでも向き合うことができたおかげだろうか。自分の心境の変化に戸惑っている間に、ジャックは店主に交渉してさらに値引きしていた。
「よければ私が」
しかも財布を出そうとするジャックを制し、私は急いで支払った。買ったばかりのコートを手に店を出ると、ジャックが眉尻を下げる。
「無理やり買わせたようで、すみません」
謝るジャックに、私は急いで首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。私も可愛いなと思ったので、その……買ってよかったです、たくさん着ます」
そう言うと、ジャックは目元をほっとしたように綻ばせた。




