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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第二章 めぐり出会う、四月
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(6)


 しばらくして出てきたのは、白い皿の上に乗った拳大のスコーンだ。綺麗な狐色に焼けたそれは、オオカミがぱっくりと口を開いたように膨らんでいる。その割れ目に沿って手で二つに割り、たっぷりのクロテッドクリーム、上には赤いベリーのジャムを乗せた。

 クロテッドクリームはイギリスの伝統的な乳製品だ。脂肪分の高い牛乳を煮詰めたものをひと晩置き、表面に固まる脂肪分を集めて作られる。バターより軽く、ホイップクリームよりコクがある。

 もったりして黄色みがかったクリームとスコーンの相性は抜群で、ついつい食が進む。ジャックの家でも週に一度はティータイムにスコーンが出されるが、店で食べるものはまた違った。

 外側はかりっとして、中の生地はふっくらとしている。クリームはより濃厚で、甘酸っぱいジャムがぴったりだ。コクがあり渋みの少ないルフナの紅茶にもよく合った。

 一個食べ終えると、ジャックはサンドイッチやケーキを勧めてくる。どこか嬉しそうなジャックに、私は首を傾げた。


「どうしたんですか?」

「いえ……こちらに来た当初より、サキがよく食べるようになったので」

「う……」


 たしかにジャックの言う通りで、日本にいた時よりもしっかりと食事をとるようになっていた。毎日コッツウォルズの丘を散歩しているおかげで、体重はそんなに増えていないが、持ってきた服が少しきつくなってきたように思える。

 食べる量を減らした方がいいかと思ったが、ジャックは首を横に振る。


「健康で良いことですよ。服は今度の定期市で見て回りましょう。食べることができなくなる方が駄目です」

「……」

「悩んでいても、悲しくても、辛くても、そのうちお腹が空いてくる。その時に食べることができるのは良いことです。おいしいと思えたら、もっと良いことです」


 ジャックは、割ったスコーンにたっぷりとクリームとジャムを乗せて一口齧る。

 頬を綻ばせて食べるジャックの様子に、肩の力がふっと抜けた。もう一個のスコーンを割り、目線を落としながら私は口を開く。


「……さっき、執行部の人に会いました。私は、執行官になった方がいいのでしょうか」


 指先に力が入り、スコーンの欠片が白い皿に散った。ジャックはスコーンを咀嚼し、紅茶を一口飲んでから答える。


「サキ。それを決めるのは私ではありませんよ」

「っ……」


 突き放すような言葉だったが、柔らかな口調で続けられる。


「保護官になるのも、執行官になるのも、あなたが決めることです。……ですが、それよりも大事なのは、どちらになったとしても、あなたが何をしたいかではないでしょうか」


 ジャックはスコーンに、今度はジャムを先に塗って、クリームを乗せた。


「……クロテッドクリームの食べ方は地域によって異なります。デボンでは、クリームの上にジャムをのせる。コーンウォールではジャムを付けてからクリームをのせる」


 ぱくりと食べたジャックは、「どちらで食べてもおいしいので、私はその日の気分によって変えますが」と微笑んだ。


「スコーンの食べ方ひとつにも、選び方がある。食べてしまえば結局一緒だと、人によってはいうことでしょう。ですが、食べ方にこだわる人もいる。こちらの方がおいしいと、正しいのだと主張する者もいる。正しいかどうか迷って、競って、おいしく食べられなくなる方が勿体ないと思いませんか」


 最後の一欠けらを、ジャックは口の中に入れた。


「……あなたが何者になりたいのか、なる前からその道が正しいと決めることは誰にもできません。他人はもちろん、あなた自身ですらも。そもそも、正しい道に進まなければいけないという決まりもないでしょう。あなたの持つ力があれば、保護官にも執行官にもなれる。あなたが決めるのは、その後に何がしたいか……あるいは、何をしたくないのか」


 ジャックは、静かに私を見つめる。

 静寂の湖畔を思わせる瞳に答えがあるわけではない。しかし、全てを見透かしたような彼の瞳を、私もまたじっと見つめ返していた。


「私は……」


 スコーンから離した手を固く握る。


「私は……この血で、誰かを殺したくない」


 今にも消えそうな細い声が、震える唇から零れ出た。


「姉さんを、殺したくないんです……!」


 

   ***



 私が執行官になりたくない一番の理由は、彼らが『異人』を殺す権利を与えられているからだ。

 もしも執行官になれば、私は『異人』を傷つけ、殺すことになるのだろう。その中には、私の姉も含まれる。


 ――十二年前の冬、私が『異人』にしてしまった、最愛の姉も。



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