(4)
「あっ、ケイ!」
ニコロがぱっと身体を動かし振り向いたことで、その背後にいた青年が私にも見える。
青年は、ニコロと同じ黒い詰襟の服を纏っていた。黒髪に象牙色の肌。鋭い双眸の色もまた、闇に溶け込むような黒色をしている。アジア人……『ケイ』という響きからすると、日本人だろうか。
私より少し年上くらいの青年だった。猫のような大きな目、小造りの鼻と口が、卵型の顔に納まっている。
彼の顔を見て、どきりとした。ニコロの『似ている』という言葉が、妙に腑に落ちる。
そう、とても似ていたのだ。――私と、彼は。
顔の造りもさながら、全体的な雰囲気が似通っている。まるで血が繋がった兄弟のように。
その青年……ケイもまた、こちらに気づいたのだろう。黒い目をはっと見開いた。
「お前……」
小さく呟いた後、ケイの目が険しくなった。ニコロは気づいていないらしく、不思議そうに二人を交互に見やる。
「あれ、ケイの知り合いだったの? もしかして親戚?」
朗らかなニコロの問いに、ケイは乾く冷たい声を出した。
「こんな奴、我らの一族なものか」
「ケイ? どうしたんだよ」
戸惑うニコロに構わず、ケイはこちらを睨む。
「貴様、なぜここにいる? 一族の血を引いていながら、役目を放棄して……茨目の恥さらしが」
「……」
こちらの素性を知られている。当然だ。自分に関する情報は、管理局にすべて把握されている。そして、おそらく彼は――。
固まる私の横で、ニコロが目を丸くする。
「『イバラメ』って……え? じゃあ、サキは『薔薇の血』を持ってるの⁉」
興奮気味にニコロが振り向いて、私の手を握った。
「わあ、俺、ケイ以外のイバラメの人に会ったの初めてだよ! ねえ、執行官にはならないの? もしかして今年から執行部に入る? 嬉しいなあ、大歓迎だよ!」
ニコロの問いに悪意はない。だが、私は追い詰められたような心持ちになった。
執行部。
それは、異人管理局の中でも特別の部署である。
異人に関する事件を解決するために造られた部署で、所属する執行官は、特別な権限も与えられた。カトリックの司教のような黒い詰襟の制服を纏い、それぞれに適応した特殊な武器を持つ。
執行官は、管理局の人間の中では花形とされつつも、異人からは敬遠されていた。
なぜならば、執行官は異人を『殺す』能力を有し、『異人殺し』を許可された者達だからだ。人間よりもはるかに強い力のある異人に対し、執行官は特別な武器だけでなく、大半が特殊な能力を有する。
能力……というより、彼らが持つ『血』が特殊であった。
その血は、大きく二つに分けられる。一つは『銀の血』と呼ばれ、不老不死の異人さえも殺す劇毒となる。触れれば皮膚が爛れ、体内に入れば猛毒となって死をもたらす。
そしてもう一つ。『薔薇の血』と呼ばれるものがある。
『銀』が毒であれば、『薔薇』は薬。もっとも、異人にとっては毒と同じことだ。
薔薇の血は、異人の力を消す力がある。狼男の尋常離れした運動能力も、不可思議を実現する魔女の魔力も、薔薇の血を摂取すれば無効化され、異人としての力を失う。
力を失うことは、彼らにとって死と同じだ。精霊や妖精は即座に消滅し、エルフや吸血鬼、魔女などの長命の者は、骨も残らずに灰となる。
そんな特殊な血を有する人間は少ない。現在、異人管理局に所属する執行官は、全部で三十名にも満たなかった。そして大半は『銀の血』の者だ。『薔薇の血』はさらに希少で、数人しかいないと聞く。
その『薔薇の血』を輩出するのは、現状では英国の歴史ある古い一族と、日本の『茨目』一族だけだった。ケイの口振りからして、彼が茨目一族の出なのは間違いない。
そして私もまた、彼と同じ血を持っていた。
私の表情が強張っていることに気づいたニコロは、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「サキ? どうしたの?」
「……」
答えられないでいると、ケイがふんと鼻を鳴らした。
「行くぞ、ニコロ」
「ケイ、でも……」
「そいつは執行部に入らない。保護官になるんだとさ。異人と仲良しこよししたい奴が、執行官になれるわけがない。……情けない」
吐き捨てるように言って、ケイは身を翻す。ニコロは戸惑ったように遠ざかるケイを見送った後、俯いたままの私に謝ってくる。
「……ごめんね、サキ。ケイがひどいことを言って。きっと何か事情があるんだよね。俺も、勝手なこと言ってごめんね」
私の頭を慰めるようにくしゃりと撫でた彼は、ぱっと身を起こす。
「あっ、でも、一緒に働けたらいいなって、そう思ったのはホントだよ! 執行官でも保護官でも、同じ管理局の一員なんだし。これからよろしくね、サキ!」
「……」
優しいニコロに私は何の言葉も返せないまま、立ち去る彼を見送ることしかできなかった。




