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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第一章 春には早い、三月
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(2)


 異人――それは、『人間とは異なるもの』『異能を持つもの』の総称だ。


 吸血鬼、エルフ、魔女、人狼、屍食鬼、妖精、精霊、幽霊……といった人間以外の血族を示す。

 異人の存在が公に認められたのは、今から二百年以上前。一八世紀後半のグレートブリテン王国、現在のイギリス(正確にはグレードブリテン及び北アイルランド連合王国)が最初と言われている。吸血鬼の最高位、真祖一族の一人であるアンセルム・ブラッドフィールドが、当時の国王・ジョージ三世から公爵の位を与えられたのが始まりだ。

 その後、イギリスは一九世紀後半から二〇世紀前半に絶頂期を迎え、史上最大の帝国となり世界の陸地の四分の一を網羅した。その際、イギリス帝国の影響を受け、世界の多くの国に異人の文化や法制度が広まった。異人達が暮らしやすいよう、彼らが定住できる特別地区、通称『異人街』も各国に設けられた。


 こうして異人の認識も広がり、それまで伝説や虚構でしかなかった彼らの存在を公式に認める法令が、全世界で出された……と、現在では学校の授業で誰もが習う史実だ。

 二百年前は珍しかった異人だが、現代ではさほど珍しくはない。

 異人の数は人間に比べればはるかに少ないとは言え、行政や経済、芸能等の様々な方面で活躍していた。

 ハリウッド映画常連の超絶美形のハーフエルフや、耽美なゴシックホラー小説を書いて大ヒットさせた吸血鬼や、本物の幽霊屋敷を売りにする強者な幽霊もいる。

 ジャックもまた、そんな異人の一人だ。四百歳を優に超える吸血鬼だと聞いている。

そして、『異人管理局』に所属し、ブライアーヒルを含むこの辺り一帯の町や村を担当する『保護官』でもあった。

 異人管理局は、異人と人間との間に起こる問題や事件を扱う組織だ。異人が公的に認められるようになってから設立された国際機関である。

 管理局の業務を取りまとめる『総務課』、行政問題を主に調査する『調査課』、犯罪事実の捜査から犯人の逮捕を行う『捜査課』など、多くの課から成る。

 ちなみに保護官は、異人の調査と保護、そして異人街以外の、異人と人間が住む土地における治安維持を行う『保護課』に属する。

 世界各国に異人管理局の支部が置かれ、私が住んでいた日本の横浜にも支部があった。私が異人管理局に入ることを決めたのは、義父が勤めていたからだ。

 保護官を目指し、これから一年間、イギリスで実地の研修を行う。

 イギリスは異人管理局の発祥の地であり、他の国に比べ異人が多い土地でもある。古くから異人と人間の共存関係が築かれて、治安も比較的良い。勉強する環境としては一番良いと、知人の吸血鬼公爵の薦めもあり、高校卒業と同時にこの地に来たのだ。




***




「身体が冷えたでしょう、どうぞ中に」


 ジャックはもう片方の手袋を外しながら、玄関扉を開いた。私を先に入れた後、玄関先のマットの上で長靴の泥を落とし、エプロンを外しながら言う。


「先月に比べれば、ずいぶんと暖かくなったんですよ。凍っていた土も柔らかくなって。晴れ間を見ては土の手入れをしているんです。今のうちに土を耕して肥料をやって、夏の花の種を蒔いておかないと。……ですが、夢中になって約束の時間を忘れていました。申し訳ありません」


 私が早く着いただけなのに、ジャックは申し訳なさそうに謝った。エプロンと手袋を畳んだ彼は、玄関脇の左の部屋を示す。


「こちらで待っていて下さい。コートはそこのコート掛けに。お茶の用意をしてきますね」

「いえ、その、お構いなく」


 そう返したが、ジャックは笑顔のまま向かいの部屋へ姿を消してしまった。

 残された私は、とりあえずコートを脱いでコート掛けに掛ける。ついでにマフラーと帽子も掛けてから、バッグパックを手に部屋に入った。

 広々としたこの部屋はリビングだろう。大きな暖炉と小さなテレビがあり、中央のローテーブルを囲んで、大きなL字型のソファと布張りのスツールが配置されている。暖炉の火はついていないが、部屋の中は暖かかった。セントラルヒーティングというやつだ。

 冷えた指先を手持ち無沙汰に擦り合わせて、ソファの隅に腰を下ろした時、視線を感じた。

 戸口の方を見ると、低い位置にある水色の目と視線が合う。

 犬だ。毛は長く、目の周りや耳は青みがかった暗い灰色をして、額から鼻先にかけて線を引いたように白い。賢そうな顔つきをした犬は、たぶんボーダーコリーだろう。

 犬は壁に隠れて顔だけ出し、私の方をじっと警戒するように見ていた。

 どちらかと言えば犬が苦手な私は、親しげに近づくことはできない。水色の目を無言で見つめ返すだけだ。犬は半垂れの耳先をピクリと動かし、そわそわと目を泳がせた後、顔を引っ込めていなくなってしまった。

 追い掛けることもできず、私は犬が消えた方をぼうっと眺める。すると、大きなお盆を手にしたジャックが姿を現した。


「どうかしましたか?」

「あ……その、犬が」

「ああ、アーティですね。アーティ、こちらに来なさい」


 ジャックの呼びかけに、再びあの犬が姿を現す。しかし、ジャックの周りをくるくると回った後、彼の長い脚を盾にして隠れてしまう。水色の目が、上目遣いに私を見た。


「こら、アーティ。ちゃんと挨拶を……。すみません、彼は人見知りで」

「いいえ、気になさらずに」


 ジャックの後ろに隠れたまま出てこようとしないアーティは、やがてふさふさのしっぽを翻して逃げてしまった。

 ジャックは再度「すみません」と謝り、お盆をテーブルに置く。お盆には、大きな陶器のポットとカップ、ミルクジャーと砂糖壺、さらにビスケットの皿が乗っていた。


「ミルクは入れますか?」

「はい」


 ――ミルクが先か紅茶が先か、そんなのミルクに決まっているよ!


 知人の言葉を思い出しながら、私はカップにミルクを注いだ。その上から、ジャックが濃い色の紅茶を注いでくれる。

 砂糖を入れてかき混ぜ、一口飲んで驚いた。紅茶の香りも味もはっきりとして、それでいて渋みは少なく、とてもおいしい。さすが紅茶の国だと頭の片隅で思う。

 甘い紅茶の温かさに、少し緊張が解けた。胃の中も温かくなったおかげか、空腹を思い出す。ヒースロー空港の売店でサンドイッチを買って食べた後、何も飲み食いしていなかった。

 手を伸ばし、鮮やかな赤色のジャムが挟まった丸いビスケットを一つ食べる。バターたっぷりの生地は香ばしく、甘酸っぱいラズベリーのジャムと相まっておいしかった。

 もう一つ食べていいだろうかと思った矢先、ジャックが皿を私の方へと押した。


「どうぞ。たくさん食べてもらった方が私も嬉しいです」


 彼の言葉に甘えて、私はさらに二枚ビスケットを食べた。


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