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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第二章 めぐり出会う、四月
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2.イースターエッグハント(1)


 イースター。


 日本語で復活祭と呼ぶそれは、キリスト教で最も重要なお祭りだ。イエス・キリストが死から甦ったことを祝う行事である。


 イエスが十二使徒と共に最後の夕食を食べた聖木曜日。

 イエスが十字架に掛けられて亡くなった聖金曜日(この日は受難日や苦難日とも呼ばれる)。

 そして、復活した日曜日がイースター・サンデー。復活祭である。


 復活祭は移動祝祭日であり、年によって日が異なる。イースター・サンデーが、『春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日』となっているためだ。三月二十二日から四月二十五日の間の日曜日に行われる。たいていは四月の初旬か中旬になるそうで、今年は遅めの中旬となった。

 桜の白い清らかな花が咲き誇る中、ブライアーヒルの教会には、朝から町の人が集まっていた。

 復活祭の日は皆、朝からミサに参加する。その際に、女性達はこの日のために用意したドレスや帽子で身を飾る。子供達も一番上等な洋服を着て、男性達もジャケットを着て教会に集う。

 私もまた、日本から持ってきた紺色のワンピースを着て、ミサに参加していた。

 日本生まれ日本育ちの私は、キリスト教徒ではない。しかし、村長から誘われ、ジャックにもぜひと勧められていた。

 白い服を着た司祭――イースター・シーズン中は、教会の典礼色が白色らしい――の福音書の朗読、子供達が歌う賛美歌を聞き、ミサを終えた私は教会を出る。帰りしな、入口に『He is not here. He arises.』と書かれた紙が目に入った。


 ――主はここにおられない。主はよみがえられた。


 ルカ福音書の一節だ。

 イエスが亡くなって三日目の朝、女弟子達が最後の奉仕をするために墓に向かったが、イエスの身体が見つからない。途方に暮れる彼女らに、現れた御使いが件の言葉を告げた。イエスの復活を示す言葉だ。

 キリスト教徒でない私は、イエスがよみがえるという意味がよく分からない。

 死者が息を吹き返したわけではなく、イエスは完全に死んだ後でよみがえり、永遠に生き続ける神となった。

 それは、よみがえったと言えるのだろうか。よみがえった彼は、本当にイエス本人なのだろうか。

 イエスを知る者達は、彼をイエスとして受け入れられるのか――。

 疑問は湧くが、復活祭にそんなことを考えるのも野暮……というか不躾のようで、頭を振って考えを飛ばした。

 教会の外に出ると、色とりどりの花が咲き乱れる庭の向こうで待つ老紳士とボーダーコリー、ジャックとアーティの姿が見える。

 小走りで彼らの元へ駆け寄ると、ジャックが軽く手を上げた。

 教会の敷地を囲む柵に軽く寄り掛かったジャックもまた、いつもと違いお洒落な格好をしている。

 皺のないシャツに折り目のきっちり付いたズボン、共布のベストとジャケットを着て、綺麗にネクタイも締めていた。中折れ帽の下の髪も後ろに撫でつけて、まさに老紳士といった体で、それがとても似合っている。

 ミサを終えて教会から出てくる女性達が、ジャックにちらちらと視線をやるのもよく分かる。

 無言でジャックを見ていると、首を傾げられた。


「どうかしましたか、サキ」

「あ、その……」


 誤魔化す言葉が出てこずに、サキは素直に「今日の恰好、素敵ですね」と答える。ジャックは青い目を瞬かせた後、ふっと笑んだ。


「ありがとうございます。あなたも素敵ですよ」


 そうさらりと返してくるものだから、頬がじわじわと熱くなる。

 私が着ているワンピースは、唯一のよそ行きの服である。クラシカルで上品な意匠で、光沢を抑えた滑らかな生地は着心地が良い。日本で公爵が買ってくれたものだ。服に無頓着な私に「フォーマルな服は最低一枚持っておきなさい」と、ほぼ強制的に着せ替えし、公爵と義父と姉が顔を突き合わせて選んでいた。

 その時は面倒だと思っていたが、実際に使う機会が幾度かあれば便利だと気づく。何を着ようかと迷わなくていいし、人前に出ても恥ずかしくない。

 だが、しかし――。


「普段の装いも可愛いですが、女性らしい装いも良く似合いますね。今度の定期市、衣料品も多く出ますから一緒に見て回りましょう。アクセサリーもいいですね。そのワンピースだと、パールが似合うでしょうか。そうだ、ミサで被る白いレースのベールも買いましょう。その黒髪によく映えますよ」


 ジャックに屈託なく褒められるのは少し恥ずかしい。


「あ……ありがとう、ございます」


 しどろもどろに礼を言う私の足元に、アーティが近寄ってくる。どうしたの、と円らな目で見上げてくる彼の頭を、私は誤魔化すように撫でた。


「……そういえば、ジャックはどうしてミサに参加しないんですか?」


 アーティの頭と顎をわしゃわしゃと撫でながら尋ねた。

 町のほとんどの人が参加する中、ジャックはアーティと共に外で待っていた。

 私の問いに、ジャックは苦笑を見せる。


「一応、私は『吸血鬼』ですからね。教会は聖なる領域……いわば結界です。入ってはいけません」

「……入ると、何かあるんですか?」

「いいえ。十字架も聖水も、特に効果はありませんね」


 きっぱりとジャックは言う。

 たしかに、吸血鬼でありながら、ジャックは昼間でも普通に出歩くし、作る料理にはガーリックが入っているし、庭では薔薇も育てている。吸血鬼の弱点と一般的に伝えられているそれらは、ジャックに害を及ぼしたことは無い。まあ、実際に日光もニンニクも吸血鬼に効果は無いと、異人管理局で証明されているが。


「ですが、それと『信仰』は違います。吸血鬼である私が入ることで、信仰が崩れてはならない。よく思わない者も少なからずいるでしょう」


 そう言うが、街の皆はジャックを慕っている。教会に入っても、誰も文句は言わなさそうだ。首を傾げる私に、ジャックは静かに微笑んだ。


「サキ。良き隣人でいるためには、垣根を越えてはいけません」

「……」


 達観した彼の言葉は、なぜか私の心に小さく引っかかった。




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