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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第二章 めぐり出会う、四月
18/47

(6)



***



 ユミのサンダルが届いたと連絡があったのは、四日後のことだ。

 彼女の遺品として残してあったらしく、ベラからの要請はすぐに応じられた。

 ユミは、幼馴染の男の子にサンダルを片方隠され、探している最中に川に落ちたそうだ。幼馴染の男の子……成長した彼は当時のことを後悔しており、その戒めとしてユミの遺品を大切に持っていたのだ。


 ――ユミに、伝えてくれませんか。


 彼は震える声で言って、遺品を管理局に預けた。

 特急便で届いたのは、古いが大切に取っておいたことが分かるサンダルだった。『ゆみ』と油性ペンで書かれた小さなサンダルを手に、私達は桜の木の下へ向かう。

 黄昏時に姿を見せる少女のゴーストは、こちらを見て笑顔を見せた。


『サキちゃん、ジャックさん!』


 ユミは大きく手を振ってくる。あれから二度、私とジャックはアーティを連れてここを訪れていた。


『おいで、アーティ!』


 ユミの声に、私の足元にいたアーティは心得たように彼女に向かって走る。

 ユミははしゃいで、アーティに抱き着いた。といっても、ゴーストだから触れることはできない。しかし、それでもユミは嬉しそうにアーティを撫でる。

 落ち着いたところを見計らい、私はベラから預かったサンダルを取り出した。


「ユミちゃん。サンダル見つかったよ」

『あ!』


 サンダルを見たユミが、ぱっと顔を輝かせる。


「あのね、あなたの幼馴染のタカト君がこれを持っていたんだ。お気に入りのサンダルを隠して、意地悪をして、ごめんなさい、って」


 彼の言葉を伝えると、ユミはしばらくサンダルを見つめ、どこか寂しそうに微笑んだ。


『……やっぱり、タカ君だったんだね。もう、いっつも意地悪するんだから。あたし、タカ君のこと嫌い! まだ許してないから、しばらくはこっちに来ないでって、タカ君に言っておいてね!』


 ぷんぷんと腰に手を当てて怒ったように言うが、それが彼女の強がりだということは分かった。同時に、ユミは己がゴーストであることを……すでに死んでいることをちゃんと分かっているのだと気づいた。

 ほんの少しの間、ユミは震える唇を引き結んで、俯いていた。

 やがて頰を擦って、地面に置かれたサンダルに裸足の方の足を入れる。両方のサンダルが揃い、ユミは小さくはにかむ。


『……ありがとう。これでおうちに帰れるよ』

「うん……」


 サンダルを見つけたのは私ではない。お礼を言われることを申し訳なく思っていると、ユミが言う。


『一緒に遊んでくれて、会いに来てくれて、ありがとう。――じゃあね、サキちゃん』

「あ……」


 私がぱっと顔を上げると、ユミは笑顔で『バイバイ』と手を振る。手を振り返すと、ユミはサンダルを履いた足で軽やかに身を翻し――。

 薄闇に溶け込むようにユミの姿が消える。桜の下に残されたサンダルが、ころりと地面に転がった。




***




「聞き分けのいいゴーストでよかったわね」


 フットパスを引き返し、ジャックが車を取りに行っている間、ベラが話しかけてきた。

 ベラの手の中には、ユミのサンダルがある。これは日本に送り返して、再度供養をしてもらうそうだ。

 ユミはすでに日本で供養されており、あの場にいたのは桜の木に残った残留思念のようなものだという。よほどサンダルのこと……いや、幼馴染のことが気に掛かっていたのかもしれない。この地で精霊や妖精の気を浴びた桜が力を持ったことで、ユミの残留思念がゴーストの形をとったのではないか、とのことだ。


「ゴーストには危険な奴も、厄介で面倒な奴も多いから、次はこんなにうまくいくとは限らないけれど」

「はい。……あの、ありがとうございます。ベラさん」


 礼を言うと、ベラがきょとんとする。不思議そうな顔をするベラに、私は狼狽えながら答える。


「え、ええと、私の研修のため……だったんですよね? その、ユミちゃんのことも調べたうえで、私が対応できるように、と……」

「……」


 ベラはぱちぱちとアンバーの目を瞬かせた後、はああ、と大きく息を吐いて、後ろの柵に寄り掛かった。


「なぁんだ……普通にいい子じゃないの」

「え?」

「ふふ、ごめんなさい。実はね、私、あなたの事を少し警戒していたのよ」


 あっけらかんとベラは言う。


「だって、貴重な『薔薇の血』の持ち主なんだもの。しかも第三の目まで持っているし。どうしてわざわざ保護官になったのかって、不思議に思っていたわ。サキ、あなた、『執行部』から散々スカウトが来ていたんじゃないの?」

「……」


 ベラに言われて、私は身を強張らせた。執行部――その単語に私が目を伏せると、察しのよいベラは問うのを止める。


「……自分が何者になるかは、個人の才能、向き不向きもあるけれど、そこに本人の意思がないと意味が無いものね。あなたが保護官になりたいのなら、それが一番よ。自分がなりたくないものには、ならなくていいんだから」


 ベラが手を伸ばして、隣にいる私の頭を撫でる。その手は意外にも優しくて、姉や義父の手を思い起こさせた。


「ま、何か困ったことがあったらいつでも相談しに来なさいな。ジャックよりも優秀な大先輩の魔女が、ここにいるんですからね」

「……はい。ありがとうございます」


 彼女の気遣いに、胸の奥が温かくなる。はにかみながら礼を言うと、ベラは「あら」と目を瞠った。


「ちょっとちょっとぉ、笑ったら可愛いじゃないの!」


 がばっとベラが私に抱き着いてくる。

 リブ編みのセーターの下の、柔らかく大きな胸に顔がうずまり、若干、いや、かなり恥ずかしい。ベラを警戒して離れた場所にいたアーティが、私を心配してか、わんわんと吠えたてた。


「べ、ベラさん、離して下さ――」

「やだもう、懐かない猫が懐いたって感じ! ねえ、やっぱりうちで研修しましょうよ。私も生活に潤いが欲しいわ。うふふ、若い子はやっぱりいいわねぇ」


 ベラは私の顎を持ち上げて顔を覗き込み、艶然と微笑む。妖艶な魔女の誘いに私は目を白黒させながら、顔を真っ赤にするばかりだ。


「何をしているんですか、ベラ‼」


 近くに停めた車から急いで降りてきたジャックが止めるまで、ベラの抱擁は続いたのだった。





これにて第一話終了です。

第二話は「エッグハントの再会」(予定)。

イースターのエッグハントの最中に、あの人が再登場。


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