(6)
***
ユミのサンダルが届いたと連絡があったのは、四日後のことだ。
彼女の遺品として残してあったらしく、ベラからの要請はすぐに応じられた。
ユミは、幼馴染の男の子にサンダルを片方隠され、探している最中に川に落ちたそうだ。幼馴染の男の子……成長した彼は当時のことを後悔しており、その戒めとしてユミの遺品を大切に持っていたのだ。
――ユミに、伝えてくれませんか。
彼は震える声で言って、遺品を管理局に預けた。
特急便で届いたのは、古いが大切に取っておいたことが分かるサンダルだった。『ゆみ』と油性ペンで書かれた小さなサンダルを手に、私達は桜の木の下へ向かう。
黄昏時に姿を見せる少女のゴーストは、こちらを見て笑顔を見せた。
『サキちゃん、ジャックさん!』
ユミは大きく手を振ってくる。あれから二度、私とジャックはアーティを連れてここを訪れていた。
『おいで、アーティ!』
ユミの声に、私の足元にいたアーティは心得たように彼女に向かって走る。
ユミははしゃいで、アーティに抱き着いた。といっても、ゴーストだから触れることはできない。しかし、それでもユミは嬉しそうにアーティを撫でる。
落ち着いたところを見計らい、私はベラから預かったサンダルを取り出した。
「ユミちゃん。サンダル見つかったよ」
『あ!』
サンダルを見たユミが、ぱっと顔を輝かせる。
「あのね、あなたの幼馴染のタカト君がこれを持っていたんだ。お気に入りのサンダルを隠して、意地悪をして、ごめんなさい、って」
彼の言葉を伝えると、ユミはしばらくサンダルを見つめ、どこか寂しそうに微笑んだ。
『……やっぱり、タカ君だったんだね。もう、いっつも意地悪するんだから。あたし、タカ君のこと嫌い! まだ許してないから、しばらくはこっちに来ないでって、タカ君に言っておいてね!』
ぷんぷんと腰に手を当てて怒ったように言うが、それが彼女の強がりだということは分かった。同時に、ユミは己がゴーストであることを……すでに死んでいることをちゃんと分かっているのだと気づいた。
ほんの少しの間、ユミは震える唇を引き結んで、俯いていた。
やがて頰を擦って、地面に置かれたサンダルに裸足の方の足を入れる。両方のサンダルが揃い、ユミは小さくはにかむ。
『……ありがとう。これでおうちに帰れるよ』
「うん……」
サンダルを見つけたのは私ではない。お礼を言われることを申し訳なく思っていると、ユミが言う。
『一緒に遊んでくれて、会いに来てくれて、ありがとう。――じゃあね、サキちゃん』
「あ……」
私がぱっと顔を上げると、ユミは笑顔で『バイバイ』と手を振る。手を振り返すと、ユミはサンダルを履いた足で軽やかに身を翻し――。
薄闇に溶け込むようにユミの姿が消える。桜の下に残されたサンダルが、ころりと地面に転がった。
***
「聞き分けのいいゴーストでよかったわね」
フットパスを引き返し、ジャックが車を取りに行っている間、ベラが話しかけてきた。
ベラの手の中には、ユミのサンダルがある。これは日本に送り返して、再度供養をしてもらうそうだ。
ユミはすでに日本で供養されており、あの場にいたのは桜の木に残った残留思念のようなものだという。よほどサンダルのこと……いや、幼馴染のことが気に掛かっていたのかもしれない。この地で精霊や妖精の気を浴びた桜が力を持ったことで、ユミの残留思念がゴーストの形をとったのではないか、とのことだ。
「ゴーストには危険な奴も、厄介で面倒な奴も多いから、次はこんなにうまくいくとは限らないけれど」
「はい。……あの、ありがとうございます。ベラさん」
礼を言うと、ベラがきょとんとする。不思議そうな顔をするベラに、私は狼狽えながら答える。
「え、ええと、私の研修のため……だったんですよね? その、ユミちゃんのことも調べたうえで、私が対応できるように、と……」
「……」
ベラはぱちぱちとアンバーの目を瞬かせた後、はああ、と大きく息を吐いて、後ろの柵に寄り掛かった。
「なぁんだ……普通にいい子じゃないの」
「え?」
「ふふ、ごめんなさい。実はね、私、あなたの事を少し警戒していたのよ」
あっけらかんとベラは言う。
「だって、貴重な『薔薇の血』の持ち主なんだもの。しかも第三の目まで持っているし。どうしてわざわざ保護官になったのかって、不思議に思っていたわ。サキ、あなた、『執行部』から散々スカウトが来ていたんじゃないの?」
「……」
ベラに言われて、私は身を強張らせた。執行部――その単語に私が目を伏せると、察しのよいベラは問うのを止める。
「……自分が何者になるかは、個人の才能、向き不向きもあるけれど、そこに本人の意思がないと意味が無いものね。あなたが保護官になりたいのなら、それが一番よ。自分がなりたくないものには、ならなくていいんだから」
ベラが手を伸ばして、隣にいる私の頭を撫でる。その手は意外にも優しくて、姉や義父の手を思い起こさせた。
「ま、何か困ったことがあったらいつでも相談しに来なさいな。ジャックよりも優秀な大先輩の魔女が、ここにいるんですからね」
「……はい。ありがとうございます」
彼女の気遣いに、胸の奥が温かくなる。はにかみながら礼を言うと、ベラは「あら」と目を瞠った。
「ちょっとちょっとぉ、笑ったら可愛いじゃないの!」
がばっとベラが私に抱き着いてくる。
リブ編みのセーターの下の、柔らかく大きな胸に顔がうずまり、若干、いや、かなり恥ずかしい。ベラを警戒して離れた場所にいたアーティが、私を心配してか、わんわんと吠えたてた。
「べ、ベラさん、離して下さ――」
「やだもう、懐かない猫が懐いたって感じ! ねえ、やっぱりうちで研修しましょうよ。私も生活に潤いが欲しいわ。うふふ、若い子はやっぱりいいわねぇ」
ベラは私の顎を持ち上げて顔を覗き込み、艶然と微笑む。妖艶な魔女の誘いに私は目を白黒させながら、顔を真っ赤にするばかりだ。
「何をしているんですか、ベラ‼」
近くに停めた車から急いで降りてきたジャックが止めるまで、ベラの抱擁は続いたのだった。
これにて第一話終了です。
第二話は「エッグハントの再会」(予定)。
イースターのエッグハントの最中に、あの人が再登場。




