パパとおでかけ
今日はお父さんが仕事します。
瑞穂さんへ
ちょっとだけ、みーちゃんと出かけて来ます。
ご飯は食べてくるので、夕飯はいりません。
お土産持って帰るので許してね(はぁと)
ユースケより
「店長〜、ご主人からまた手紙預かってます」
「またかい!ごめんね、市川さん」
商店街の会合から帰ってくると、アルバイトの女の子から奴からの手紙を渡された。
メールじゃなく手紙にするのは、スマホが使えない訳でなく、届いてすぐに、私の怒りの電話が入るからだ。
手紙の内容はいつもほぼ同じ。
最後のはぁと部分に顔文字が入るか、つまらないギャグが入るかの違いくらいで見るまでもない。
バイトの子に伝言頼む方が、ずっと手間かからない筈だから、何にせよ自分で書いていくのはせめてもの奴の誠意と思ってる。
「今日はどこ行ってるんでしょうね〜」
「昨日A国の事務次官が来日したっていってたから、多分お付きの事務官と会ってるんじゃない?」
店長甘いですよ〜、なんてったって瑞希ちゃんと裕介さんですよ~、そんな常識的な考え方じゃ大変です〜、と語尾を伸ばしたほわほわした話し方をする彼女だが、物凄くカンがいい。
頭の回転もいいので話してて楽しいのだが、医学部の学生さんなので、忙しくてほとんどバイトに入れないのが残念だ。
結論を言えば、今日も彼女のカンは当たってしまった。
◇◇◇
「パパ、すごいね。みーちゃんたちだけのひこうきだよ」
「そうだね、パパ達とおじさん達しかいない飛行機だよ」
『ハハハ、ユースケ、おじさんはないだろう』
『失礼、大統領補佐官。お忙しい所ありがとうございます』
神農裕介です。フリージャーナリストです。
仕事に娘を連れて来たら、ゲストに接待されてます。
相手は公式には入国していないことになっている、A国の大統領補佐官です。なぜか先方からのご指名です。
どうやら私の子連れ狼の二つ名のお陰のようです。
点検中を装った飛行機の中での会談です。頂けた時間は食事含めても2時間もありません。
食事は、ひつまぶしの大きいおひつが真ん中に置かれています。瑞穂さんへのお土産予定だった物です。
…なぜか店の店主も一緒です。
『失礼します』
一瞬ぎろりと睨まれたが、その後は何事もなかったかのように、店主は黙々と仕事を始めました。
『すまないね、時間がなくて』と大統領補佐官。
『いえ、こちらも仕事として受けた以上、精一杯努めさせていただきます』
このあたりが、流石プロフェッショナルだと思います。
お口に合えばいいのですがと、食前酒の梅酒の水割りと前菜の盛り合わせが出てきました。
大統領補佐官も気に入って頂けたようです。
『しかし、よかったのですか?あなたとの会食というにはかなりお手頃価格ですが』
『構わないよ。何と言っても天使のおすすめだしね』
今日のみーちゃんは白のレースのワンピースに同じようなカチューシャをつけてます。
あなたにとって、みーちゃんは天使ですか。娘はとても可愛らしいですから当然の発言ですね。瑞穂さんなら「ぺ天使の間違いじゃない」といいそうですが(笑)
みーちゃんのおすすめの理由ですか?
「ひとつぶでさんどおいしいうなぎごはん」という娘作成コピーにくらっときたそうです。
過剰な期待をしていなければいいのですが。
暇そうにしてたみーちゃんも、自分でも分かるangelの単語を聞いて喜んでいます。
言い忘れてましたが、会話はほぼ全て英語です。
うなぎ屋の店主も、日常会話程度は話せる方なので、たまに通訳さんが意味を確認する位で済んでます。
まず、ただのうなぎごはんです。
みーちゃんと補佐官は、茶碗蒸し用を少し大きくした木の匙で食べてます。
『みーちゃんと、おなじね』の言葉に、苦笑いしながら『オナジ、オナジ』と話しかけて下さってます。
次は薬味をのせて食べ、最後に肝吸いのダシをかけて、三つ葉や海苔も足してうなぎ茶漬けのように食べます。一品で三度美味しいと訂正すると、みーちゃんのコピーセンスを笑いながら褒めてくださいました。
一応仕事もしています。今回のテーマは関税の品目と税率について、A国側はどのようなスタンスでいるのか聞き出すことです。大統領が強固に折衷案を拒否されるので、少しでも協力して貰えれば儲けものです。
『失礼ですが、補佐官…』
『ヒースで結構ですよ。ユースケ。ところであなたの天使はどう呼べば?』
『ミズキ…いやミッキーで結構です』
もともと、本人が自分のことを「ミッキーちゃん」と言っていたので問題はないでしょう。単に小さい時に難しかった「ず」の発音を促音で誤魔化してただけなのですが。
しまった、また話の腰を折られた。
かなり子供好きらしく、すぐにみーちゃんの相手をして下さり、お返しにヒースなのお子様の話題を振った挙句、みーちゃんをヒースの末っ子の許婚にしようなんていう話になった。
えぇ全力で断りましたよ。私が死ぬまで手放す気はありません。親として当然でしょう。
くそっ、今回は失敗かと思ったら、通訳の方から「焦っちゃダメですよ。ここに呼ばれることで、かなり気に入られてるんだから、チャンスは生かさないと」と囁かれた。ありがとうございます、確かにそうですね。
交渉しに来たんじゃないんだけどと思いつつも、雑談の合間に入る巧妙な嫁取り交渉は断固拒否してきました。
『さて、時間だ。ミッキー、ユースケ。ヒツマブシはとても気に入ったよ』
今度また一緒に食べたいね。と好意的な挨拶に握手を交わそうとすると、手の中に紙片を押し込められました。
彼にウインクされて肩を叩かれた後、すぐにポケットにしまいこんで、何事もなかったように飛行機のタラップを降りました。
みーちゃんは『ヒース、バイバーイ』と大きく手を振っています。いつの間にもらったのかぬいぐるみまで抱えています。
紙片の中にはメールアドレス。今日のお礼を早速送ったら、ヒースと末っ子が一緒に写った写真を添付してました。あと末っ子単独の写真も。どうもプライベートアドレスだったようです。
結びの言葉は『未来の息子の義父へ』…諦めの悪い男です。
◇◇◇
…という顛末を知り合いの政権党所属の国会議員に相談したら、とんでもないことになりました。
「はぁ?あのアイスヒースが幼児と会食?」
金髪碧眼の涼しげな容貌といわゆる塩対応で、彼にアイスヒースの二つ名があるのを知ったのは、今日この瞬間でした。
「しかも私用のメールアドレス教えてもらったって⁈」
ヒースが大統領の影のブレーンと言われ、政敵につけ込む隙を与えないため、個人情報をあまり出さず、インタビューもほぼ受けないと言われてる方だと知ったのも、恥ずかしながら今です。
単にシャイな学者タイプの方だと思ってました。
「ちょっと待て、この写真。後ろに写ってるのはあの業界のトップじやないか!」
「確かにテープ起こしの内容だけでは、雑談にしか見えないが、神農君のメールと一緒に読み解くと、『私のバックの業界をなんとかしてくれないか? 貴国と今よりも親密な関係になれるよう努力したい』とも読めるよ、お手柄だよ!これで関税問題に光が見えてきたぞ」
よくわからないけど、情報としてはいいものを持ってこれたようです。
家に帰ったらみーちゃんがヒースから貰ったぬいぐるみで遊んでいました。相変わらず可愛いです。
「パパ、おかえりー、アリスちゃんとおままごとしてました♪」
「ただいま、ずいぶん気に入ってるんだね」
「うん、アリスちゃんすごいんだよ!なかにすこーぴおんがはいるの!」
…頭痛がします。流石と言うべきか、どうしてそうなった…
「…裕介さん、薬なら売るほどあるわよ。お金は払ってね」
呆れたような瑞穂さんの声を聞きながら、頭を抱えました。
主な登場人物
神農裕介=ジャーナリスト
神農瑞希=保育園児
ヒース=A国の大統領補佐官
うなぎ屋店主(ビブグルマン掲載店)
通訳
政権党議員
アリスちゃん=ぬいぐるみ
瑞穂さん=みーちゃんママで薬屋店主