表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱーふぇくと・かばー  作者: 小出毬子
5/9

パパとおでかけ

今日はお父さんが仕事します。

 瑞穂さんへ


 ちょっとだけ、みーちゃんと出かけて来ます。

 ご飯は食べてくるので、夕飯はいりません。

 お土産持って帰るので許してね(はぁと)


 ユースケより


「店長〜、ご主人からまた手紙預かってます」

「またかい!ごめんね、市川さん」


 商店街の会合から帰ってくると、アルバイトの女の子から奴からの手紙を渡された。

 メールじゃなく手紙にするのは、スマホが使えない訳でなく、届いてすぐに、私の怒りの電話が入るからだ。

 手紙の内容はいつもほぼ同じ。

 最後のはぁと部分に顔文字が入るか、つまらないギャグが入るかの違いくらいで見るまでもない。

 バイトの子に伝言頼む方が、ずっと手間かからない筈だから、何にせよ自分で書いていくのはせめてもの奴の誠意と思ってる。


「今日はどこ行ってるんでしょうね〜」

「昨日A国の事務次官が来日したっていってたから、多分お付きの事務官と会ってるんじゃない?」


 店長甘いですよ〜、なんてったって瑞希ちゃんと裕介さんですよ~、そんな常識的な考え方じゃ大変です〜、と語尾を伸ばしたほわほわした話し方をする彼女だが、物凄くカンがいい。

 頭の回転もいいので話してて楽しいのだが、医学部の学生さんなので、忙しくてほとんどバイトに入れないのが残念だ。


 結論を言えば、今日も彼女のカンは当たってしまった。


 ◇◇◇


「パパ、すごいね。みーちゃんたちだけのひこうきだよ」

「そうだね、パパ達とおじさん達しかいない飛行機だよ」

『ハハハ、ユースケ、おじさんはないだろう』

『失礼、大統領補佐官。お忙しい所ありがとうございます』


 神農裕介です。フリージャーナリストです。

 仕事に娘を連れて来たら、ゲストに接待されてます。

 相手は公式には入国していないことになっている、A国の大統領補佐官です。なぜか先方からのご指名です。

 どうやら私の子連れ狼の二つ名のお陰のようです。

 点検中を装った飛行機の中での会談です。頂けた時間は食事含めても2時間もありません。


 食事は、ひつまぶしの大きいおひつが真ん中に置かれています。瑞穂さんへのお土産予定だった物です。

 …なぜか店の店主も一緒です。


『失礼します』


 一瞬ぎろりと睨まれたが、その後は何事もなかったかのように、店主は黙々と仕事を始めました。


『すまないね、時間がなくて』と大統領補佐官。

『いえ、こちらも仕事として受けた以上、精一杯努めさせていただきます』


 このあたりが、流石プロフェッショナルだと思います。

 お口に合えばいいのですがと、食前酒の梅酒の水割りと前菜の盛り合わせが出てきました。

 大統領補佐官も気に入って頂けたようです。


『しかし、よかったのですか?あなたとの会食というにはかなりお手頃価格ですが』

『構わないよ。何と言っても天使のおすすめだしね』


 今日のみーちゃんは白のレースのワンピースに同じようなカチューシャをつけてます。

 あなたにとって、みーちゃんは天使ですか。娘はとても可愛らしいですから当然の発言ですね。瑞穂さんなら「ぺ天使の間違いじゃない」といいそうですが(笑)


 みーちゃんのおすすめの理由ですか?

「ひとつぶでさんどおいしいうなぎごはん」という娘作成コピーにくらっときたそうです。

 過剰な期待をしていなければいいのですが。


 暇そうにしてたみーちゃんも、自分でも分かるangelの単語を聞いて喜んでいます。

 言い忘れてましたが、会話はほぼ全て英語です。

 うなぎ屋の店主も、日常会話程度は話せる方なので、たまに通訳さんが意味を確認する位で済んでます。


 まず、ただのうなぎごはんです。

 みーちゃんと補佐官は、茶碗蒸し用を少し大きくした木の匙で食べてます。

『みーちゃんと、おなじね』の言葉に、苦笑いしながら『オナジ、オナジ』と話しかけて下さってます。

 次は薬味をのせて食べ、最後に肝吸いのダシをかけて、三つ葉や海苔も足してうなぎ茶漬けのように食べます。一品で三度美味しいと訂正すると、みーちゃんのコピーセンスを笑いながら褒めてくださいました。


 一応仕事もしています。今回のテーマは関税の品目と税率について、A国側はどのようなスタンスでいるのか聞き出すことです。大統領が強固に折衷案を拒否されるので、少しでも協力して貰えれば儲けものです。


『失礼ですが、補佐官…』

『ヒースで結構ですよ。ユースケ。ところであなたの天使はどう呼べば?』

『ミズキ…いやミッキーで結構です』


 もともと、本人が自分のことを「ミッキーちゃん」と言っていたので問題はないでしょう。単に小さい時に難しかった「ず」の発音を促音で誤魔化してただけなのですが。


 しまった、また話の腰を折られた。


 かなり子供好きらしく、すぐにみーちゃんの相手をして下さり、お返しにヒースなのお子様の話題を振った挙句、みーちゃんをヒースの末っ子の許婚にしようなんていう話になった。

 えぇ全力で断りましたよ。私が死ぬまで手放す気はありません。親として当然でしょう。


 くそっ、今回は失敗かと思ったら、通訳の方から「焦っちゃダメですよ。ここに呼ばれることで、かなり気に入られてるんだから、チャンスは生かさないと」と囁かれた。ありがとうございます、確かにそうですね。

 交渉しに来たんじゃないんだけどと思いつつも、雑談の合間に入る巧妙な嫁取り交渉は断固拒否してきました。


『さて、時間だ。ミッキー、ユースケ。ヒツマブシはとても気に入ったよ』

 今度また一緒に食べたいね。と好意的な挨拶に握手を交わそうとすると、手の中に紙片を押し込められました。

 彼にウインクされて肩を叩かれた後、すぐにポケットにしまいこんで、何事もなかったように飛行機のタラップを降りました。

 みーちゃんは『ヒース、バイバーイ』と大きく手を振っています。いつの間にもらったのかぬいぐるみまで抱えています。


  紙片の中にはメールアドレス。今日のお礼を早速送ったら、ヒースと末っ子が一緒に写った写真を添付してました。あと末っ子単独の写真も。どうもプライベートアドレスだったようです。

 結びの言葉は『未来の息子の義父へ』…諦めの悪い男です。


 ◇◇◇


 …という顛末を知り合いの政権党所属の国会議員に相談したら、とんでもないことになりました。


「はぁ?あのアイスヒースが幼児と会食?」


 金髪碧眼の涼しげな容貌といわゆる塩対応で、彼にアイスヒースの二つ名があるのを知ったのは、今日この瞬間でした。


「しかも私用のメールアドレス教えてもらったって⁈」


 ヒースが大統領の影のブレーンと言われ、政敵につけ込む隙を与えないため、個人情報をあまり出さず、インタビューもほぼ受けないと言われてる方だと知ったのも、恥ずかしながら今です。

 単にシャイな学者タイプの方だと思ってました。


「ちょっと待て、この写真。後ろに写ってるのはあの業界のトップじやないか!」


「確かにテープ起こしの内容だけでは、雑談にしか見えないが、神農君のメールと一緒に読み解くと、『私のバックの業界をなんとかしてくれないか? 貴国と今よりも親密な関係になれるよう努力したい』とも読めるよ、お手柄だよ!これで関税問題に光が見えてきたぞ」

 よくわからないけど、情報としてはいいものを持ってこれたようです。


 家に帰ったらみーちゃんがヒースから貰ったぬいぐるみで遊んでいました。相変わらず可愛いです。


「パパ、おかえりー、アリスちゃんとおままごとしてました♪」

「ただいま、ずいぶん気に入ってるんだね」

「うん、アリスちゃんすごいんだよ!なかにすこーぴおんがはいるの!」


 …頭痛がします。流石と言うべきか、どうしてそうなった…


「…裕介さん、薬なら売るほどあるわよ。お金は払ってね」


 呆れたような瑞穂さんの声を聞きながら、頭を抱えました。

主な登場人物

神農裕介=ジャーナリスト

神農瑞希=保育園児

ヒース=A国の大統領補佐官


うなぎ屋店主(ビブグルマン掲載店)

通訳

政権党議員

アリスちゃん=ぬいぐるみ

瑞穂さん=みーちゃんママで薬屋店主

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ