組長、土下座する
「で、カッちゃん。保育園児にサブマシンガンを持たせていいのかな?」
「駄目だと思います、申し訳ございませんでした」
ここは河崎組の事務所。
今日は土建屋さんのカワサキ組事務所ではなく、サブマシンガンの出処である、俗にいう組事務所にいる。
そこの応接間のソファーに腰掛けて、若い衆が淹れてくれたお茶を飲みながら、足元で土下座する組長に現在説教中。
「そろそろ組長を許していただけませんかね〜」
若い衆が揉み手をしながら、私の顔色を伺いに来た。組長が土下座をしているという、組として恥ずかしい絵面は、若い衆達も慣れっこになっている。
この何も考えずに行動するのが、武闘派として恐れられている所以なのだが、娘の話になると常識というブレーキが光の速さでどこかへ飛んでいき、こうして土下座させられる事になってしまう。
他人の娘でこうなのだから、自分の娘ならどうなるのか。息子以外は要らないと言い切った、河崎組の姐さん(カッちゃん嫁)の判断は正しいと思う。
「誰も止めなかったの?」
「無茶言わないで下さい!まだ死にたくないです!」
鼻と額に包帯を巻いた若い衆が、真っ青な顔をして叫んだ。
あ、一応止めてくれたのね。
見たところ鼻骨骨折、額の口の裂傷で、全治1ヶ月ってところ。なんかゴメン。
罪滅ぼしにならないかも知れないが、ちょっとだけお役立ち情報をお伝えしましょう。
「いつもの医者行って手術した方が早く治るよ。いくら仕事中でも今回労災は申請できないけど、神農堂の紹介といえば費用は心配しなくていいから」
「何?医者に行ってない?おい、ここはいいから早く医者行け!」
組長の声に、気を付けの姿勢から90度に頭を下げる包帯君。
さすがカッちゃん、自分の所為だとわかってるから優しい。
そして、組長の怒りと費用を心配して若い衆達で包帯巻いたんだ。体育系の部活のような絵面を想像して、ちょっと微笑ましくなる。
「ちょっと待って。はい、紹介状」
紹介状と言っても、いつも持ち歩いている本業のチラシの端に用件を走り書きしたもので、連絡入れたその日しか使えないので、悪用出来るような代物でもない。
「カッちゃん、もういいから座って」
包帯君が部屋を出た後、組長の前にしゃがんで声を掛けた。
「わかってると思うけど、包帯君の医者代、カッちゃん持ちね」
「そりゃ、そうだ。言い出しにくかったんでマジ助かったわ」
ノンブレーキモードでなけりゃ、身内に篤いヤツなんだけどね。
「一応、うちの娘はまだ4歳なんだわ。あの子の我儘は大人が抑えなきゃいけないのよね。で、娘が何て言ったから、スコーピオン用意したの?」
ついでに言うと、しょうちゃんの家は酒屋なので、敵に回すと大変不便だと伝えておいた。最近電話一本ですぐ配達してくれる酒屋さん、少ないじゃない。
「みーちゃんが虐められてると聞いて『大丈夫、組のみんなで助けてあげる』といったら、『おじちゃまたちに、めいわくかけちゃいけないから、いつもほいくえんにもっていけて、みーちゃんでもカンタンにあつかえるぶきないかなぁ』と言われた。女の子って優しいよね」
娘の判断を褒めたい。
それは優しさでなくて、本能が危険信号を感じたのだと思う。
そして保育園児が使う組の意味と違うのに、きちんと本来の意味を読みとった事に拍手を送りたい。
「『しょうちゃん、キライ。おにさんのぼうでいっぱいたたいて、ゴミ箱にポイして、ゴミのくるまにもっていってもらうの』と言われたからお手伝いしようと思ったんだけどなぁ」
娘の台詞にいくつ犯罪が隠れているか考えて、激しい頭痛に襲われた。