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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第5章 銀糸の支配者
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096:先生との接触












 その日の学校も終わり、私は早速、久我山を自宅へと招いていた。

 情報通であるところの久我山は、私と初音が一緒に暮らしていること、それがタワーマンションであることまでは知っていたが、流石に最上階であることまでは知らなかったようだ。

 まあ、これを知られていたら、それはそれで驚きであるのだが。

 情報の規制がかけられている訳ではないのだが、私と初音という、共に四大の宗家に連なる人間が住まう場所だ。

 探りまわろうとする者がいれば、火之崎家と水城家によって叩き出されることになるだろう。



「いやぁ、何て言うか……凄い家だね、これ」

「私も、初めて見たときは目を疑ったからな。未だに使っていない部屋も大量にあるし」

「結構な数の使用人を一緒に住まわせることが前提だったんじゃないの、これ」



 私と初音が暮らす部屋、と言うか階層の様子をぐるりと眺め、久我山はそう呟く。

 まあ、確かにその辺りは、従者と共に寝食を共にする水城の一族らしい発想といえるだろう。

 生憎と、私は火之崎であり、初音については自分一人で戦う方法を確立しているため、あまり意味はないのだが。



「まあ、今後誰かが増える可能性もあるしな……元々、私と初音の二人きりというわけでもないし」

「薫さんもいるしね」

「ごく普通に使用人がいる辺り、上流階級だなぁって感じだけど」



 肩を竦める久我山の言葉に苦笑しつつ、私は初音と共に久我山をリビングまで招き入れていた。

 これが実家だったら大層面倒な手続きを踏む必要があっただろうが、ここではそんな処理も必要ない。

 まあ実のところ、これで実家よりも大層厳しいセキュリティが敷かれていたりするのだが、私が招き入れる以上は問題も無い筈だ。

 私は初音と並ぶようにテーブルに着き、向かいの席を久我山に勧める。

 キッチンでお茶の準備をしている皆瀬さんの様子を横目に確かめていると、一息吐いた初音が疑問の声を上げていた。



「それで、今日は久我山さんをお招きしたけど……仁、一体どうしたの?」

「ん? 灯藤君、水城さんには話してなかったの?」

「まあ、決まったのは今日だったからな。それに、少々面倒なこともあるし」



 何しろ、先生の存在については火之崎の機密事項でもある。

 いずれは話すにしても、未だ所属が水城である初音に、その詳細を話すわけには行かないのだ。

 まあ、文通である程度存在は知っているから、その情報の範囲内であれば話しても問題はないのだが。



「まあ簡単に言うとだ、私は久我山の抱えている問題に対して、解決の協力を申し出た。久我山が灯藤家に所属してくれることを交換条件にな」

「え、久我山さんを? 本当ですか? でも、どうして久我山さんを……」



 まあ、初音からすればその辺は疑問ではあるだろう。

 久我山は、魔法使いとしてはおおよそ一般的なレベルを出ない程度の適正だ。

 特殊な訓練を積まない限り、魔導士としての資格も二級止まりが精々といったところだろう。

 四大の一族に所属するには、確かに力不足であると言える――故にこそ、初音は心配そうに久我山のことを見つめていた。

 しかし、当の久我山は薄く笑い、ヒラヒラと手を振りながら返答する。



「まあ、ちょっと特殊なことができてね。水城さん、水の五級あたりをちょっと浮かべてみてくれないかな?」

「はあ……ええと、【集え】」



 久我山の言葉に疑問符を浮かべつつも、初音はその手の平の上に水の球体を発現させる。

 収束式だけを付与した、圧縮された水の弾丸だ。これだけでは、それほどの威力にはならない代物だが――久我山は、初音の手の上に浮かぶその水の球体へと向けて、己の人差し指を向けていた。

 その瞬間――浮遊していた水が、まるで空気に溶けるかのように消滅する。



「えっ!? こ、これは……!」

「これが僕の能力さ。一度、君たちの前では見せてしまったけど……気づかれないと思ったんだけどなぁ」

魔法消去マジックキャンセル……それも、いつ使ったのかも分からないほど隠密性が高いもの、ですか。驚きました、久我山さん。これは凄い能力ですよ」

「あはは、水城さんに手放しで褒められると照れるなぁ」



 初音の言葉に対して久我山はそう呟きつつ笑みを浮かべるが、あまり普段の表情と変わらないため、どこまで本気なのかは良く分からない。

 しかし、こうして目の前で見ていても、どのタイミングで仕掛けられたのか初音でも気づけなかった。

 今は《掌握ヴァルテン》を使っていたため察知することができたが、本当に隠密性の高い能力だ。

 だが――



「隠密性が高い分、中々扱いが難しそうな能力だな」

「はは、やっぱり灯藤君には気づかれちゃうか。君の言う通り、僕の魔法消去マジックキャンセルには色々と条件がある。それについては――まあ、例の件が成功してからかな」

「お前にとっても飯の種だからな。深くは追求せんさ」



 まだ、成功すると決まったわけではないからな。

 あまり先走りすぎるのも良くないだろう。

 皆瀬さんが出してきたお茶に口をつけ、唇を湿らせてから、私は改めて声を上げた。



「というわけで、初音。事後報告になってしまうが、久我山を引き入れようと思ったのはこれが理由だ。済まんな、勝手に進めてしまって」

「ううん、別に大丈夫だよ。仁って、確定していない話はあんまり話したがらないでしょ?」

「ああ。物証を掴んでから、って考えてるところあるよね、灯藤君」

「む……まあ、癖なのだろうな」



 二人の言葉に、私は肩を竦めてそう返す。

 確かに、刑事時代の癖か、状況証拠だけで判断しないようにする癖はつけていた。

 その頃の癖がまだ残っているということなのだろう。

 あまり拘りすぎて、判断を遅らせないようにしなければならないな。



「まあとにかく、そういうわけで、僕は灯藤君に協力してもらう代わりに、灯藤君の部下になったわけだ」

「部下といっても、別に扱いを変えるつもりはないがな。立場としては確かに上司だが、それ以前にクラスメイトであることに変わりはない」

「僕としても、その方が楽で助かるよ。突然二人に対して敬語で話し始めでもしたら、クラスでも騒がれそうだしね」

「確かに、容易に想像できるな」



 久我山の言葉に、私は思わず苦笑を零す。

 学校内でそのような関係を大々的に宣伝すると、自分もとアピールしてくる人間が次から次へと現れるだろう。

 流石に、そのような手合いを相手し続けるのも面倒だ。

 卒業後はまだしも、今はこれまで通りの関係性を続けていった方がいいだろう。

 そう考える私の横で、初音は静かに頷き、久我山に対して声を上げていた。



「うん、私も賛成します。久我山さんなら、灯藤家の力になってくれるでしょう」

「ありがとう。これからよろしく、奥様……って感じかな?」

「お、奥様……」

「あまりからかわないでやってくれ、久我山。最近、初音も舞い上がり気味でな」

「学校じゃ見られない反応だね。家でちょっと気が緩んでるのかな? ま、時々にするよ」



 両手で頬を抑えて俯く初音の姿に、私と久我山は共に笑みを浮かべる。

 確かに、家と学校では、初音の印象も中々異なるだろう。

 一応、久我山への対応は普段とあまり変わりはなかったのだが、こうしてからかわれると素の部分が出てきてしまうようだ。

 あまり弄り過ぎても可哀想だ、そろそろ話を先に進めるとしよう。



「では、そろそろ久我山への協力の話になるが……初音、ここからは久我山のプライベートな話になる。悪いが――」

「うん、一旦席を外しておくね。久我山さんへの協力、頑張って」

「……ああ、頼んだ」



 私の言葉に、初音は特に気分を害した様子もなく、にこりと笑って席を立つ。

 その背中を見送って、久我山は僅かに驚いた表情を見せた後、にやりと笑って声を上げていた。



「信頼されてるね、旦那さん」

「茶化すな、全く……さて、それでは話に移るとしよう」



 初音は既に自室に戻っている。皆瀬さんも、それに並んで戻ったようだ。

 今、このリビングには私たちしかいない――リリのおかげで、外部への盗聴の心配もない。

 この状態ならば、話も可能だろう。



「私は、この後すぐ、件の人物と接触するつもりだ」

「すぐ? そんなに近くにいるのかい?」

「いや。だが、特殊な移動手段があってな。私と母上だけは、あの人とすぐに接触できる。だが――」

「君と当主夫人だけってことは、僕はそれに付いて行くことは出来ない、と」

「ああ。あの人は、それだけ重要な立ち位置の人物だ。お前を連れて行くと、お前自身にも危険が及ぶ可能性がある」

「それは……まあ、そうだろうね。けど、治療の時には立ち合わせてもらえないかな。お礼も言えないのは辛い」

「ああ、聞いておくよ」



 実際、どのような治療になるのかは分からんのだが。

 まあ、それでも治療を行う以上、先生には一度こちらに来てもらう必要がある。

 一度挨拶を交わすぐらいはできるだろう。



「では、早速向かうつもりだ。一応、偽装のために私の部屋に来てくれるか?」

「ん、分かったけど……君の部屋に移動手段があると?」

「そういうことだ。まあ、私以外には使えんがな」



 正確には、リリも使うことはできるのだが。

 リリは分体を先に向かわせ、向こうの結界に対して偽装工作を行っている。

 私があちらに足を踏み入れても、そして先生があの場所から離れても感知されないようにするための工作だ。

 高度な術式によって組み上げられた機構だが、リリにかかれば騙すことなど造作もない。

 私は久我山を伴って自室へ移動する。そこでは、リリが既に刻印術式の刻まれた絨毯を広げて待機していた。



「えっと……灯藤君、この子は?」

「私の従者のようなものだ。また今度説明する。久我山、お前はここでしばらく待っていてくれ」

「あー、うん。吉報を待ってる。よろしくお願いするよ、灯藤君」

「ああ、任せてくれ」



 久我山の言葉に頷き、私は刻印術式の上に立つ。

 そして、暗号化された術式に対する魔力パターンを形成しながら、その術式を発動させていた。

 瞬間、足元の刻印が光り輝き――私の視界が、一瞬で変化する。

 懐かしき森の匂い、山奥に秘された鎮守の聖域。

 湖畔に立つ屋敷の一室に姿を現した私は、出迎えに表れたリリの分体をねぎらいつつ、周囲の状況を確認していた。



「さて、ここは――」

「仁君の使っていた部屋ですよ」

「っ、先生!」



 声と共に襖が開き、その先から見知った姿が現れる。

 いつも通り、十代半ばの少女しか見えぬその姿――変わらず元気そうなその様子に、私は笑みを浮かべつつ頭を下げていた。



「お久しぶりです、先生。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」

「いいですよ。私も、普通にここにいるだけでは暇ですから。庭弄りぐらいしかやることもありませんしね」



 頭を下げる私をなだめ、先生は苦笑する。

 私が先ほどまで抱いていた緊張も、この声によって解きほぐされていた。

 やはり、この人には敵う気がしない。この思いは、きっと母上も感じていることだろう。



「こちらへどうぞ、と言いたいところだけど……わざわざ偽装をしてまでこちらに来たのだから、何か秘密裏にしたいことがあるのでしょう?」

「お見通しですね……リリが少し説明をしていましたか?」

「いいえ、詳しい話は聞いていませんよ。それで、仁君。貴方は、何のためにここに?」



 じっと、先生の瞳が私を見つめる。

 心の底までを見通すような、黄金に輝くその視線で。

 この人の前で、下手な言い訳など通じるはずもない。故に、私は偽ることなく、己の心の内を吐露していた。



「先生に、治していただきたい患者がいます」

「私は、この場所を離れることはできません。この場の結界は私を護るものであり、私を監視するものでもありますから」

「結界については、リリの偽装でごまかすことができます。移動についても、この刻印を使えば問題はありません」



 方法については既に解決しているのだ。

 問題となるのは、それを先生が受けてくれるかどうかの一点に絞られている。



「それは、私でなければならないような患者なのですか?」

「リリですら、手の出しようがないと判断したような状態です。リリ以上となると、先生以外には思いつきません」

「では……何故仁君は、その患者を治そうとするのですか?」



 咎めるような声音ではなく――ただ淡々と、真意を問うように、先生はそう口にする。

 その言葉に対して、私はただ真っ直ぐに先生の目を見つめて答えていた。



「私の友が、苦しんでいます。その患者を治さねば、彼は……あの若者は、己の全てを犠牲にし続けるでしょう。私には、それを見過ごせない」

「全て、その友のためであると?」

「彼の能力が欲しかった、という理由もあります。灯藤家の当主として、彼の力を欲している。そして友として、彼の境遇を解決したいと願っている。それが、私の考える全てです」

「……成程」



 私の言葉に、先生は頷く。

 私の言葉に、何を感じたのか――果たして、先生の口元に浮かべられていたのは、いつも通りの柔らかい笑みであった。



「当主としての自覚が、少し出てきたようですね、仁君」

「……まだまだ未熟な身、お恥ずかしい限りです」

「仁君。貴方は、親しくなった人間に対して必要以上に入れ込む癖があります。それだけならまだしも、貴方は自分自身を蔑ろにしますからね……もしも、貴方が誰かだけの都合で私の力を頼ろうとしているのであれば、私は断るつもりでした」



 その言葉に、私は思わず息を飲んでいた。

 この状況において、先生が私自身のことを気にしてくるとは、考えていなかったのだ。



「貴方は、当主となるのです。それは即ち、一族全員の命運を背負うということに等しい。貴方が貴方自身を大切にしないということは、即ち一族全員を蔑ろにするということ。それを良く、心に刻んでおきなさい」

「……ご忠告、ありがとうございます、先生」

「ええ、気をつけてくださいね。さて、それでは――患者の話を聞きましょうか」



 話はここまでとばかりに、先生は頷きながら手を差し伸べる。

 反省を心に刻み、視線を伏せる私へ、先生は安心させるかのように微笑みながらそう告げていた。





















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