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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第5章 銀糸の支配者
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091:小さな疑惑












 詩織たちとは別れ、初音とのデートを再開する。

 少々妙な事態にはなってしまったが、あの程度ならば大きな騒ぎというほどのものでもない。

 日常の範疇というつもりはないが、あの程度の些事はすぐに忘れ、私たちは駅近くの店を冷やかして回っていた。

 まあ、たい焼きは食べたため、これ以上間食をするつもりはないが。現在私と初音は、近くにあった雑貨屋に足を踏み入れていた。



「わぁ……これ、可愛いね」

「ふむ、そういうものなのか……確かにな」



 正直なところ、女の子が言うところの『可愛い』という感性については良く分からない。

 特に変わったデザインでもないペアのマグカップの、どの辺りを見て可愛いと言っているのだろうか。

 まあ、上機嫌な様子の初音に茶々を入れることでもないため、とりあえず頷いておくが。

 私の曖昧な態度はあまり気にした様子ではない初音は、そのまま上機嫌に他の商品を見て回っている。

 その様子を微笑ましく眺め――その時、私の脳裏にリリからの念話が届いていた。



ご主人様マスター……さっきの騒動の時、《掌握ヴァルテン》は使ってた?』

『うん? いや、あの時は咄嗟だったからな。使っていなかったが』

『……そう』



 私の返答に対し、リリは小さくそう呟く。

 どうやら、何か気にしていることがあるようだ。

 初音の注意は小物のほうに向いている。今ならば、多少話をしていても問題はないだろう。



『何か気になることがあるのか、リリ』

『……あの数術機カリキュレータの術式崩壊現象について』

『確かに妙な現象ではあったが、お前が気にするほどのことだったか?』

『わたしの見た限り、術式は正常に構築されていた……そして、あの人間から、術式を崩壊させるほどの魔力を感じ取ることは出来なかった』



 その言葉に、私は視線を細める。

 あの男の魔力量については、確かにその通りだろう。

 数術機カリキュレータの術式は繊細であるとは言え、三級程度の魔力量の魔力放出には十分耐えられる。

 そして、三級程度の魔力があるのならば、基本的には旧式魔法エルダースペルを使った方が手っ取り早い。

 つまるところ、あの男には、数術機カリキュレータの術式を崩壊させることは困難であると予測できるのだ。

 そうであるがために、私は術式崩壊の原因を数術機カリキュレータの故障と考えていたのだが――



『あの数術機カリキュレータは故障していなかったと?』

『機械からは余剰魔力の放出や負荷現象を確認できなかった。故障の可能性は低い』

『しかし、それでは術式崩壊の説明が付かない。一体、何が原因であの術式は失敗したんだ』

『……何者かが、強制的に術式を失敗させた』

『外的要因……お前はそう考えるのか、リリ』



 術式が外的要因によって崩壊する――それは、非常に珍しい例ながらも、決して無いというわけではない。

 例えば、他者の魔力によって支配された領域での術式構築。

 父上や母上の使う《纏魔》の領域内では、他者は術式を構築することは不可能だ。

 そこまで極端な例でなくとも、例えば《放身》を使っている凛の近くなどでも曖昧な術式は即座に崩壊現象を起こしてしまうだろう。

 だが、あの場ではそのような強大かつ高密度な魔力が発生していた事実はない。

 もっと他の外的要因、即ち――



『……あれは、魔法消去マジックキャンセルによるものだと?』

『……私は、そう判断する』



 魔法を破壊する魔法、それが魔法消去マジックキャンセルだ。

 存在自体が極めて珍しく、使い手も少ない。先生の夢の中ですら、その使い手は一人か二人程度しか存在しなかった。

 かなり希少な魔法であるため、その存在に思い当たらなかったのだが……リリは、それによるものだと判断した。

 確かに、それならば辻褄は合うだろう。魔法消去マジックキャンセルによる外部干渉であれば、数術機カリキュレータの術式とて崩壊する可能性は十分にある。



『だが、あの場で他に魔法が使われた気配はなかったが……』

魔法消去マジックキャンセルはそれそのものがかなり特殊な術。そもそも、決まった形があるわけじゃない』

『隠密性の高い魔法消去マジックキャンセルが存在する可能性もある、と』



 そう呟いて、私は肩を竦める。

 そもそも魔法消去マジックキャンセルとは、魔法を破壊する魔法の総称だ。

 その手順や方法についてはいくつかの種類があり、必ず『こうしなければならない』という手順は存在しないのだ。

 一つ言える確かなことは、魔法消去マジックキャンセルには特殊な魔力特性が必要になるということである。

 種類は一定ではないが、どれも希少な魔力特性であり、それ故に魔法消去マジックキャンセルの使い手はごく少ない。



『しかし、あのタイミングで魔法消去マジックキャンセルが行われたのだとすれば……久我山か、詩織。二人の内のどちらかがその使い手であると考えられるな』

『他に近くにいた人間は居なかった。その可能性は非常に高い』



 そう考えた場合、可能性が高いのは久我山の方だろう。

 何しろ、魔法を向けられていたにもかかわらず、あの余裕綽々とした態度だ。

 一般販売の数術機カリキュレータは出力が絞られているとは言え、人間を傷つけるには十分な威力を発揮する。

 ましてや、久我山は養成学校の生徒。その仲でも知識方面についてはかなり優秀な学生だ。

 魔法というものの恐ろしさを、その力を十分に理解しているはずの人間である。

 しかしながら同時に魔法戦闘の素人である彼が、魔法を向けられてああも緊張せずにいられる理由が分からなかったのだ。



『もしも久我山が魔法消去マジックキャンセルを使えるのであれば……手を貸す理由には十分だな』



 周囲を納得させる手段がなかったわけではないが、やはり灯藤家に迎え入れる人員としては、久我山に若干の不足があったことは否めない。

 だが、希少技能たる魔法消去マジックキャンセルがあるのならば話は別だ。

 魔法に対するカウンター、例え制限がある力だったとしても、その有利性は絶大だ。

 それが事実であるというのなら、久我山は私のほうから請うてでも迎え入れたい人員であるといえるだろう。



『向こうが私に助けを求めるかどうかという所だったが……事実ならば、是非とも手に入れたい人員だ』

『本人の強さは兎も角、魔法消去マジックキャンセルはあらゆる場面で利用できる切り札になり得る。ご主人様マスター、私はまず、あの少年について調査したい』

『ふむ、久我山が魔法消去マジックキャンセルを使えるかどうかについて、か?』

『それと、彼の周辺の事情について。事情さえ分かれば、こちらも準備が早い』

『確かに、それはそうだが……』



 だが、それは久我山の私生活を暴くことに他ならない。

 あまり、そういった踏み込んだ行為までは行うつもりはなかったのだが――分家当主としては、強硬手段も考えねばならない。

 久我山がただの学生であったならば、そこまではしなかっただろう。

 だが、魔法消去マジックキャンセルの持ち主であったとしたら、それは他の勢力に奪われてはならない人員であると言える。

 後の心象を考えると無茶なことは出来ないが、それでも多少踏み込まなければならないか。



『……分かった。だが、必要なのは久我山の魔力およびその資質、そして現在の久我山が抱えていると思われる事情までだ。私はそれ以上知るつもりはない・・・・・・・・

『ん、分かった。それでは、調べてくる』



 ――調べてもいいが、私が知る必要はない。

 余計なことを知っていた場合、今後の行動に対して妙な影響が出てしまう可能性もあるのだから。

 だから、リリには私に伝える情報を絞ってもらう。

 そうすることによって、私は必要な情報のみを手にし、それを元に今後の行動を決めることが出来るのだ。

 まあ、今はまだ疑惑の段階。確実なことは何もないのだから、ある程度の状況が分かればそれでいい。

 しかし、もしも久我山が私たちの睨んだとおりの人物であるならば――



『……やれやれ。中々荷が重いことだ』

ご主人様マスター、無理はしてない?』

『いや、大したことはない。薄汚れた手段をとることも、今更と言えば今更だからな』



 そもそも、前世の頃から汚い手段に手を染めてきていたのだ。

 今更手が汚れている云々を気にすることもないだろう。

 だがまぁ、これほど責任がある立場というものも初めてだ。

 生まれ変わったといっても、初めて経験することにはそれなりの苦労があるということだろう。



『……さて、それではリリ、調査を頼む。といっても、使うのは分体だろうがな』

『ん……それじゃあ、行ってくる』

『頼んだぞ』



 私の言葉に従い、リリは己の一部を切り離して移動させる。

 そのまま人目のつかないところまでいき、そこで分体を作り上げるのだろう。

 形状の変化は自由自在。相変わらず、大層自由性に富んだ能力だ。

 後は放っておけば、リリは確実に情報を集めてくれることだろう。

 分裂したリリが姿を消したことを確認し――ちょうどその時、小物を物色していた初音が戻ってきていた。



「仁、こんなのがあったんだけど……あれ、どうかしたの?」

「うん? いや、特に何もないが」

「そう? まあいいけど……」



 相変わらず、私のことについては妙に勘のいい少女である。

 私は思わず苦笑を零しつつも、軽く肩を竦めながら声を上げていた。



「いや、単に先ほどのことを思い出していただけだ」

「さっきの……詩織さんたちのことを?」

「ああ。久我山の奴は、あんな状況だったにもかかわらず、随分と落ち着いていたなと思ってな。詩織は少し怯えていただろう?」

「ああ、久我山君……彼は確かに、少し不思議な人だね。私たちのように戦闘慣れしている訳ではないけど、妙に度胸があるというか。時々人を小馬鹿にしたような態度も取っていたし」



 どうやら、あの煽りについても以前からのものだったらしい。

 しかし、ああも殺気立っている相手に対してあそこまで口が回るというのも中々の才能だ。

 例え慣れていたとしても、あそこまですらすらと言葉が出てくるものではないのだが。



「悪い人ではないと思うよ。詩織さんがああやって仲良く接しているし」

「詩織は誰とでも仲良くなるタイプだとおもうのだが……」

「ある程度まではね。でも、ある一定以上になると、少し距離を置くのが詩織さんのスタンスだから……それ以上に仲良くなっているって言うことは、詩織さんが警戒しなくても大丈夫だと判断したということ」

「ふむ……詩織の人間観察は確かなものがあるからな」



 確かに、あの観察眼がありながら、誰とでも仲良くするということはないだろう。

 少なくとも、悪意ある人間とは距離を置いているはずだ。

 そして、その中で久我山は数少ない『親しい友人』として判断されている。

 だからこそ、初音たちも久我山のことを認めているのだろう。



「……だが、あいつの真意については誰も知らんのだな」

「それはね……確かに何かしら目的があって私たちに近づいてきたみたいなんだけど、その割には積極的に接触してこないし、詩織さんが仲良くしていたから、私も凛さんもしばらく様子見ということで放置していたんだけど……」

「結局そのまま、何だかんだと友人関係が続いているわけか」



 わざとだとしたら中々の策略家である。

 しかし、その割には私から接触してもあの反応だったわけだが……末席の分家では力不足と思われているのか?

 まあ、少なくとも悪意がないことは確かだろう。

 とりあえずは事情を調べ、そして資質を調べ――そして、眼鏡に適ったならば灯藤家に引き入れる。

 どうなるかは、リリの調査次第だろう。店の外を走り抜けていく黒い少女の姿を横目に見ながら、私は小さく笑みを浮かべていた。





















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