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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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009:初音と火之崎












 初音と友人関係を結び、一週間ほどの時間が経った。

 どうやら、入院生活で退屈していたのは私だけではないらしく、初音は頻繁に私を訪ねてくるようになっていた。

 実質、寝る時以外はほぼ一緒に行動しているといっても過言ではない。

 国営の施設でもあるこの病院には、子供の入院患者など殆どいない。

 娯楽も少なく、同年代の友人もいないこの病院では、暇を持て余してしまうのも仕方ないだろう。

 五歳ほどの幼い子供にとっては、それも尚更だ。



「仁、仁! わたしね、ぐるぐる魔力をまわせるようになったよ!」

「ほう、初音は上達が早いな。感心だ、偉いぞ」

「えへへへへへ」



 初音は、まるで子犬のように私に懐いている。

 随分と距離が近いが、まあこれは子供特有の距離感なのだろう。

 私の胸に額をぐりぐりと擦り付けてくるのは、撫でてくれという合図だ。

 そんな彼女の仕草に思わず苦笑しながら、私はその要求に応えていた。

 この警戒心の無さはそれほど褒められたものではないが、今はいいだろう。

 しっかりと練習をし、成果を出したのだ。

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 褒めてやらねば、人は動かじ……ただ指示をするだけでは人は成長しない、というのが私の持論である。



「では初音、そろそろ次の段階に移ろうか。これが上手くいくようになれば、魔法を暴発させることはなくなるだろう」

「ほんと!?」

「ああ。だが、魔法を発動させてはいけないよ。そんなことをしたら、私はこれ以上教えてあげられなくなってしまう」

「うん、やくそくするよ。わたし、仁といっしょがいいもん!」

「……ふむ」



 懐いてくれているのは、嬉しいことである。

 だが、それにしても少々過剰すぎはしないだろうか。

 私と初音は、まだ顔を合わせて一週間だ。警戒心の薄い子供とは言え、流石に無防備に過ぎる。

 それが四大の一族ともなれば尚更だ。敵の多い我々は、常に周囲への警戒を怠るわけにはいかないのだから。



「ところで初音。始める前に質問したいのだが、お前は入院するまでどのように暮らしていたんだ?」

「ん? ここに来るまで? おうちにいたよ?」

「……それは、ずっと水城の家で暮らしていたということか?」

「うん!」



 元気よく頷く初音であるが、私は思わず眉根を寄せていた。

 随分と、箱入り娘として育てられていたようだ。

 私は水城どころか火之崎の内部のことも分からないため、その家の中でどのような暮らしをしていたのかは想像できないが――



「同年代の子供はいたのか?」

「……ううん、わたしは、まだ。お兄さまとお姉さまにくっついてる子ばっかりだったよ」

「兄弟に? ふむ……早い内から子供に従者教育をするということか?」

「よく、わかんないけど……わたしには、わたしより小さい子が付くんだって」



 それが水城の伝統なのだろうか。

 正直、制度を理解していない初音の言葉では、深いところまで理解が及ばないが――とりあえず、初音に付いている年の近い子供はまだいなかったということなのだろう。

 何にせよ、初音は友達付き合いというものに飢えているようにも感じられる。

 従者に囲まれて過ごすとなれば、対等な立場での付き合いなど殆どないだろう。

 友人となったことも、それほど悪い選択ではなかったということか。

 まあ、今の立場を対等と言っていいのかどうかは微妙なところであったが。



「ふむ……まあ、今は私がついているさ。それでは続きだが、イメージはしっかりと構築できているな?」

「うん。水がぐるぐる回ってるよ」

「では、イメージしやすいように手から行くとしよう。お前のイメージの中で循環している魔力……手の位置では、確か海になっていたな? そこから、少しだけ水を取り出すんだ」

「ん……やってみる」



 頷いた初音に首肯を返し、私は彼女の手を軽く握る。

 いくら魔力の扱いに慣れてきたといっても、まだまだ昨日の今日といった程度の経験だ。

 あれほど制御の甘かった初音の魔力が、そう簡単に操れるようになっているとは思えない。

 故に、私は《掌握ヴァルテン》を準備しながら初音の魔力の放出を待ち構えていた。



「……いくよっ!」



 気合いと共に呟き、初音が魔力を放出する。

 その量は――



『……確かに、減っておるの。減らした量的に見ればかなりのものじゃ』

『三分の二程度にはなっているな……元の量が多いせいでどちらにしろかなり多いが』



 初音の発した魔力は、当初に比べれば三分の二程度まで減少していた。

 元が私の限界近い魔力放出であったため、それだけ減らしても未だかなりの量を誇っていたが、それでも減らしたことに変わりはない。

 あの時から考えれば、十分すぎる進歩であると言えるだろう。

 しっかりと結果を出したのだ、褒めてやらねばなるまい。



「うむ、いいぞ初音、確かに魔力量は減っている。それに、ただ減らしただけではないようだな」

「ん、んん……んむ?」

「放出した分は、きちんと制御できている。まだ完全とは言えんが、それでも魔力が拡散する様子はないな」



 今回の初音は、魔力の放出量を減らすだけでなく、減らした魔力をきちんと制御下に置いていた。

 以前のように魔力が拡散することは殆どなく、私が《掌握ヴァルテン》を使わずとも問題ない程度まで抑えられている。

 無論、放出した魔力は散らさねばならないため、結局は拡散させる必要があるのだが。



「上達が早い。よく頑張ったな、初音」

「あ……う、うん! ありがとう、仁!」



 私の賞賛に、初音は満面の笑みで頷く。

 その際に魔力の制御が甘くなり、若干魔力が拡散していたが、そこは私が《掌握ヴァルテン》で支配して霧散させておいた。

 ともあれ、初音はしっかりとした成長を見せた。私の教育方針も、それほど間違っていたわけでは無さそうだ。



「これが出来るようになったのならば、後は少しずつ放出量を減らしていけばいい。現状、お前が放出している魔力はまだまだ多いが……少しずつ削るなら、やれるだろう?」

「ん……うん、やれる。やってみる!」

「その意気だ。反復練習すれば、少しずつでも上達するだろう。ここは、根気よく行くことだな」



 何事も、根気よく練習を繰り返すことが大切だ。

 自分自身で感覚を掴むことが出来れば、出来ることも少しずつ少しずつ増えていく。

 実を結ばない努力に意味はなくとも、努力しなければ結ぶ実も生まれない。

 言い訳などせず、ただひたすら繰り返せば、大なり小なり結果は出るものなのだ。

 とにかく、練習を続けること――それを指示しようとした所で、ふと千狐から声が掛かった。



『あるじよ、人が近づいてくるぞ。どうやら、お主に用があるようじゃな』

「ん……? 看護師か、何かあったのか?」

「仁? どうしたの?」



 唐突に横合いへと視線を向けた私に、初音は首を傾げながら私の視線を追う。

 その先からは、既に顔見知りとなっている看護師がこちらに接近してきていた。

 真っ直ぐと私のことを見ている様子からも、私に対して何かしらの用事があることが伺える。

 今日は特に予定はなかったはずなのだが、一体何があったのだろうか。

 私が気づいたことに向こうも気がついたのか、彼女は手を振りながら接近し、私に対して声をかけてきた。



「いたいた仁君。面会の人が来てるよ」

「面会? 母上ですか?」

「そう、朱莉さん。それに、お姉さん達も一緒だよ」

「成程、もうそんな日でしたか……」

「うふふ、初音ちゃんと仲良くなって、時間が経つのを忘れちゃったかな?」



 まだ若い看護師である彼女は、私のような妙に大人びた子供を相手にしても、きちんと笑顔で接してくれている。

 魔力の異常も含め、私に対しては不気味そうな視線を送ってくる者もいないとは言えないが、彼女はそういった者たちとは正反対だ。

 そんな彼女のからかうような言葉に、私は思わず苦笑を浮かべる。

 間違ってはいないだろう。ここしばらくの日々は、私にとっても充実した日々であると言える。



「ええ、初音といるのは楽しいですよ。それで、病室に戻ったほうがいいですか?」

「ううん、こっちに来るから大丈夫よ。朱莉さんも、外で遊んでる仁君を見たいらしいから」

「外で遊んでいる……まあ、外に出てはいますが」



 初音と共に行っているのは魔法の練習ばかりで、子供らしい遊びなど一切やったことはない。

 果たして、母上の想像しているような光景となっているのかどうか……まあ、今更言っても仕方ないことだが。

 もう少し子供らしくしたほうがいいか、とも考えてはいるのだが、今更と言えば今更である。

 そういった振りをするにも抵抗感が強いし、母上相手にそういった欺き方が通用するとも思えない。

 既に何かしら掴んでいる様子でもあるし……まあ、言い訳は考えておくとしよう。

 そんな母上の姿は、既に看護師の肩越しに見え始めているところだった。

 私の姿を見つけて顔を綻ばせた母上たちは、手を振りながらゆっくりと私たちのほうへと歩み寄る。



「こんにちは、仁ちゃん。元気だった?」

「はい、母上。元気に過ごせていますよ」

「そう、良かったわ。それに、お友達もできたみたいだし」



 母上と、姉上達の視線が初音へと向けられる。

 若干人見知りの気がある初音は、そんな母上たちの視線から逃れるように私の背に隠れてしまったが。

 そんな彼女の姿に苦笑し、私は初音を前に押し出すようにしながら声を上げた。



「初音、この人は私の母親で、朱莉という。隣にいるのは私の姉達で、大きい方が朱音、小さい方が凛だ。私の大切な家族だよ」

「ん……えっと、その……は、はじめまして、みずきはつね、です」

「ふふ、丁寧にありがとう。初音ちゃん、仁ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね」



 初音の自己紹介に、母上は嬉しそうに顔を綻ばせながらそう返す。

 その表情の中からは、水城に対する隔意のようなものは一切感じられなかった。

 巧妙に隠しているのか、或いは本当に何とも思っていないのか――どちらにせよ、母上は初音を受け入れてくれるようだ。

 隣にいる姉上も、よろしくねーと笑顔で手を振りながら挨拶をしている。こちらも、特に問題は無さそうだ。

 しかし――



「…………」

「あ、あの……」



 初音のことをじっと睨みつけている凛だけは、どうやら違う感想の様子であった。

 無言で初音のことを凝視していた凛は、やがて不愉快そうな様子を隠すこともなく視線を逸らし、そのまま無言で踵を返してしまった。



「こら、凛ちゃん!」

「あたし、むこうであそんでくる!」



 母上の注意も聞かず、走り去ってしまう我が双子の姉。

 母上ならば追いかければ簡単に捕まえられるのだろうが、無理やり連れ戻したところで仲良くしてくれるとは思えない。

 しかし、初対面でこれとは……先が思いやられるな。

 小さく嘆息した母上は、僅かに柳眉を下げながら初音に対して声をかけていた。



「ごめんなさい、初音ちゃん。あの子、仁ちゃんのことが大好きで、仁ちゃんのお世話をするのは自分だって思ってるのよ。素直じゃないけど、優しい子だから……ちゃんと謝ったら、許してあげてね」

「は、はい……」



 ……これは、表面上は笑顔だが、内心少し怒っているな。

 凛には後で説教の時間が与えられることになりそうだ。

 少し離れた場所でぶちぶちと草を毟りながら、時折こちらの様子を観察している凛の姿に、私は思わず嘆息を零していた。





















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