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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第5章 銀糸の支配者
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088:八咫烏からの連絡












 先日の久我山との話の後、特に進展はないまま週末を迎えていた。

 果たして、久我山は今どのような選択を取ろうとしているのか。

 いまだに図書館に通いつめている辺り、まだ調べものは終わっていない様子であったが、どのような選択肢を取るのかは不明だ。

 まあ、諦めていない彼の姿勢には好感が持てる。どのような結論を出すにせよ、頑張って貰いたいものだ。


 さて、この日であるが、今日は初音と共に外出をする約束をしていた。

 いつ仕事が入るか分からないため、約束というのも中々難しいのだが、今日は今のところその連絡もない。

 まあ、そもそもあの一件以来、私には仕事は入ってきたいないのだが。

 後の展開こそ気になるが、こういったタイミングでは仕事は入らないほうが、と――携帯の電子音が鳴ったのは、まさにその瞬間だった。



「……まだこちらのことを監視しているのではないだろうな」

「この建物の監視装置は全て乗っ取ったけど……はい、じん」

「ああ、全く……」



 リリから差し出された仕事用の携帯を受け取り、ロックを外す。

 これは私の魔力情報によってロックされており、私以外には開けないようになっているのだ。

 厳重すぎる仕掛けではあるが、流石に八咫烏の情報を安易に触れられる状況にはしておけない。

 これまでも、そうして情報を護ってきたのだろう。

 ともあれ、今はこの連絡だ。連絡してきた相手は、予想通りというか、あの崎守室長だったようだ。



「……もしもし、こちら灯藤」

『ああ、崎守だ。休日中済まんな』

「いえ……室長、それでご用件は?」



 最初に下手に出られると、こちらとしても素直に従わざるを得ない。

 胸中で軽く嘆息し、初音が出かける準備をしている部屋をちらりと眺めつつ私は問いかけていた。

 初音と出かけたい、とは思っているのだが、流石に八咫烏の仕事を無視するわけにはいかない。

 八咫烏の担当する案件は、国家の存亡に関わるような内容も少なくないのだから。

 そう考えつつ放った私の問いに、しかし室長は苦笑するように声を上げた。



『安心しろ、貴様に緊急の任務が入ったわけではない』

「っと……そうなのですか? 休日の連絡でしたから、てっきり任務かと」

『まあ、そういう覚悟があるのはいいことだ。ともあれ、今回は仕事ではない。単なる連絡事項だ』



 そんな室長の言葉に安堵し、同時に疑問を覚える。

 ただの連絡事項と言う割に、使用されている回線は秘匿回線、しかも室長の声も随分と硬い。

 何かがあった、と考えるほうが無難だろう。



「……あまり、良くないことのようですね」

『ああ。全く……内容は、先日の密輸事件に関することだ』

「密輸事件? あれは国防軍の管轄になったのでは?」



 展開が気になるとは思っていた、例の密輸事件。

 だが、あの事件は国防軍の管轄となり、私たちが今後関わることはないと思っていた。

 別段、国防軍との仲が悪いというわけではないのだが、八咫烏の動きは極力人目に触れないものになりがちだ。

 故に、他の組織が手をつけた仕事に関わることはまず無いだろうと考えていたのだが。

 そんな私の内心を肯定するかのように、室長は嘆息交じりに声を上げていた。



『確かに、事件自体は国防軍の管轄になった。本来であれば、我々が関わることはないのだが……状況が変わった。フットワークの軽い我らの足が必要になった訳だ』

「……ということは、状況が悪化したと見ても?」

『その通りだ。現場に残留していた魔力を解析したのだがな……かなり拙いことになっているぞ』



 あの皮肉気な態度の室長が、苦々しい口調を隠しもしていない。

 これは相当に不味い状況になっていそうだと、私は思わず固唾を呑んで次の言葉を待っていた。



『あの現場――正確には密輸船に残留していた魔力だが、一部異様な魔力があることが確認された』

「異様、とは?」

『現代ではありえぬほどの濃い魔力。それが、年代が異なるものが四つだ。最も新しいものでさえ、千年モノの古い魔力――この意味がわかるな、灯藤』

「……古代、兵装」



 定義としては、現代では製造不可能な術式兵装。

 古き時代に作られたそれらは、いずれも強大極まりない力を有した文字通りの兵器だ。

 あの時、私たちが襲撃した密輸船の乗組員が勘違いしていたものとは違う、本物の古代兵装。

 それが四つも、この国に持ち込まれたというのか。



「持ち込まれた古代兵装の行き先は?」

『現在調査中だ。というより、それが分かっていればこのような悠長な電話はしていない。さっさと貴様を招集している』

「……でしょうね。やはり、あの場にいた密輸犯が持ち去ったわけではないと?」

『輸送用の車両はその場に残っており、他のタイヤ痕は残っていなかった。あの辺りは土の地面だったからな、あればすぐに分かる。つまり、持ち去ったのはあの場で受け取ろうとしていた連中ではない』

「だが、それならば一体誰が……」

『不明としか言いようがない。だが、善意の何者かということは有り得んだろうな』



 そう告げて、室長は嘆息を零す。

 電話越しに嘆息するほど疲れている様子だが、無理もないだろう。

 私とて、毒づきたい気持ちは同じなのだ。



「では、八咫烏の任務は、現状待機ということで?」

『ああ。多くの連中を出撃可能状態で待機させている。事が起こった際には、お前たちは一気に動くことになるだろう。覚悟を決めておけ、灯藤』

「承知しました」



 今は待機するしかない。闇雲に追いかけようとも、手がかり一つない状況では無駄骨になる可能性が高いだろう。

 業腹ではあるが、後手に回らざるを得ない。

 ただ、何かが持ち込まれているという事実を知ることができただけ、まだマシであったと言えるのかもしれない。

 完全に何の準備もないまま事件が起こっていたら、果たしてどれほどの被害が出ていただろうか。

 全く持って、想像もしたくないことだ。



『では、八咫烏は監視体制に移行する。よほど緊急の任務が入らん限り、貴様が動くことはないだろう。貴様はまだ一件しか仕事はしていないが、しばし休暇を楽しむといい。ただし――』

「気を抜くな、でしょう? 分かっていますよ」

『ああ、それでいい。ではな、灯藤』



 それだけ告げて、室長からの電話は途切れていた。

 携帯には再びロックを懸け、私は小さく嘆息する。

 どうやら、想像以上に厄介な状況になってしまっているようだ。

 私はまだ、自らの目で古代兵装というものを見たことはない。精々、先生からその存在について教えられている程度だ。

 それらはいずれも強力極まりない兵器の数々。恐らく、日本も国としていくつかを保有しているのだろうが、簡単に使えるような代物ではなく、あるからといって対抗できるとは限らない。

 そもそも、古代兵装と言ってもピンキリだ。持ち込まれたものがさらに強力な兵器であったならば、国家の存亡にも繋がりかねない。

 室長の苛立ちも、無理からぬものであると言えるだろう。



『何も分かっておらぬ、というのは厄介極まりないものじゃな』

「全くだ……そもそも、持ち去ったのが何者なのかも分からない」



 密輸を行った連中であるのか、或いは受取人なのか――最悪なのは、関係のない第三者という可能性だが。

 受取人側、と言う可能性は少ないだろう。もしもそうであったならば、輸送用の車を使うはずなのだから。

 しかし、受取人側が制圧して奪うつもりであったのならば、密輸犯が生き残るというのも不自然な話だ。

 船で来る連中と違い、受取人側はいくらでも戦力を準備できるのだから。

 もしも古代兵装を使えるならば人数差をひっくり返すこともありえるだろうが、そうなればもっと強い魔力の痕跡が残っているはずだ。

 その魔力痕を追って、犯人の追跡も行えていたはず。



「現状分かることは、あの密輸犯と受取人連中を皆殺しにした存在は、持ち込まれた品を一度も使うことなく制圧し、それら全てを持ち去ったということだけ」

『複数人なのか、或いは個人なのか。それすらも不明と来たか。厄介じゃのぅ』

「何にせよ、現状では動きようがない。後手になるが、対策を固めるしかないだろうな」



 千狐の言葉に嘆息し、私はそう返す。

 いつ何が起こるのかわからない、というのも中々にストレスな状況ではあるが、それでも何もしないよりはマシだ。

 私も、できる限りの準備はしておくべきだろう。



「リリ、負担をかけることになるかもしれないが……」

「ううん。わたしはじんの従僕サーヴァント。いつでも命令して」

「ありがとう、リリ」



 相変わらず私を主として立てようとするリリの言葉に苦笑しつつ、私は頷いていた。

 と――そこでようやく、初音が部屋から姿を現す。

 その気配に視線を向け、私は彼女の姿に思わず目を見開いていた。



「ごめんね、仁。待たせちゃって」

「いや、準備に時間をかけるのは悪いことではない。だが……普段とは装いが違うな、初音」



 部屋から姿を現した初音の服装は、シャツとカーディガンとスカートといった様相だ。

 若者らしくもありながら、少し大人っぽさも見せる、大学生の女性のような印象を受ける服装となっている。

 無理のない範囲で、精一杯背伸びをした服装、と言った所だろうか。

 けれど、初音はそれなりに発育がいい。この服装ならば、普通に大学生ぐらいにも見えるだろう。



「少し大人っぽく見えるな。良く似合っているよ、初音」

「そ、そうかな? ふふ、ありがとう、仁」

「何、事実を言ったまでだ。しかし、私のほうが見劣りしてしまうな、これは」



 成長して見える初音に対し、私は普段と変わりない服装だ。

 隣に並んでいて、初音に恥をかかせてしまわないかと不安になってしまう。

 しかし、そんな言葉に対し、初音はくすくすと笑みを零していた。



「大丈夫だよ。仁は雰囲気が子供っぽくないし、私の方が年下に見えちゃうから……むしろ、そのためにこんな格好してるんだからね?」

「そうか? 私にはあまり自覚はないが……」

「そうなんです。だから、そのままで大丈夫。むしろ、仁が大人っぽい格好したら、私が余計子供っぽく見えちゃうもの」



 どうやら、初音には初音なりの悩みと工夫があるようだ。

 まあ、正直私にはあまり自覚は無いのだが、初音がそう言うのならばそうなのだろう。

 思わず苦笑を零しつつも、私は座っていたソファから立ち上がっていた。



「では、このまま出かけるとしようか。あまり、気の利いたデートは出来ないがな」

「ううん、私は仁と一緒に出かけられるだけでも楽しいから。でも、大丈夫なの?」

「うん? 何がだ?」

「さっき、電話が掛かってきてたみたいだけど……あれ、仕事の電話じゃないの?」



 その言葉に、私は思わず目を見開く。

 どうやら、先ほどの電話の着信は聞こえてしまっていたようだ。

 不安げに私を見つめる初音は、私の仕事の重要性を理解しているのだろう。

 いざとなれば、彼女はきっと私が仕事を優先するのを認めてくれる。

 まあ、いずれはそうせざるを得ない状況もあるかもしれないが――



「大丈夫だよ、今回はただの連絡だけだった。今日は一緒に出かけられるよ、初音」

「……! 良かった、それじゃあ早速出発しよう、仁!」

「ああ、時間は有限だからな。今日は楽しむとしよう」



 表情を輝かせた初音へと手を差し伸べれば、彼女は私の手を取って、自らの腕に絡めていた。

 そんな無邪気な様子には思わず笑みを零しつつ、私は初音と共に、休日の街へと繰り出していったのだった。





















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