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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第5章 銀糸の支配者
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087:久我山への誘い












 勉強用のスペースに座る久我山の周囲には、あまり人の姿はない。

 元々、かなり専門的な内容の書籍を扱うエリアだからか、総合的な人の数そのものが少ないというのもある。

 だが、大きな原因は久我山本人の雰囲気だろう。

 鬼気迫っている、というと大袈裟かもしれないが……だが、見ているだけでその真剣さは伝わってくる。

 だからこそ、周囲の人間は邪魔しがたいと思っているのだろう。

 積極的に協力するわけでもないが、邪魔をしようというわけでもない。まあ、ここにいる学生は大抵そうなのかもしれないが――ともあれ、傍に人が少ないというのならば好都合だ。

 正直なところ、あまり周囲に聞かせたい話というわけでもないからな。



『大層な本を読んでおるのぅ、こいつは』

『分かるのか、千狐?』

『大まかなところ程度じゃがな。これは、珍しい症例と、それに対する治療法に関する本じゃよ』



 珍しい症例、か。つまるところ、医術系の基礎を遥かに逸脱した範囲ということだ。

 久我山は既にその領域まで修めているのか、或いはその領域に興味の対象があるのか。

 何にせよ、彼がここのところ思いつめた表情を見せていたのは、この内容に原因があるのかもしれない。

 とりあえず、接触してみるべきか。そう考えて、私は彼の隣に腰を下ろしていた。

 久我山は一瞬訝しげな表情でこちらに視線を向け、その後本へと視線を戻し――驚いた表情で、もう一度こちらを向いていた。

 絵にかいたような反応に苦笑しながら、私は軽く手を上げて挨拶をする。



「やあ、精が出るな」

「灯藤君……君、何でこんな所にいるんだよ?」

「何、ちょっとした調べものだ」

「こんな奥まったところまで?」

「ああ。何しろ、私の調べものの対象はお前だからな」



 私の言葉に、久我山は驚いた表情を浮かべる。

 まあ、無理もないだろう。突然このような場所までやってきて、そんな言葉を伝えたのだから。

 しかし、その言葉に嘘はない。私はあくまでも、久我山と話をするためにここにきたのだから。

 とは言え、話が唐突過ぎたからだろう、久我山の表情は訝しげなものに変わっている。

 いくばく彼の警戒心が含まれた様子に、私は軽く肩を竦めつつ声を上げていた。



「ここのところ、思い悩んでいる様子だったからな。何かあったのかと、様子を探りにきたわけだ」

「わざわざ、四大である君が?」

「ふむ……やはり、お前はその意味を理解しているわけか」

「まあ、そりゃね。一応、四大の一族についてはそこそこ調べているから」



 いくら秘匿されていない事実とは言え、意図的に調べようとしてもそこそこ時間がかかってしまうものなのだが。

 何かしらの事情があって、私たちのことを調べていたというわけか。

 そして、私たちの協力の条件を知っているということは――



「慎重になっているわけか。まあ、無理もないがな」

「理解してくれて助かるよ。流石に、将来を懸けるとなるとね」

「就職先がさっさと決まるようなものだぞ?」

「いやいや、流石にそれは難易度高いってば」



 本へと視線を戻しながら、久我山は苦笑を零す。

 まあ、私もそれは否定しきれるものではなかったが。

 何しろ、久我山の知り合いである私たちは火之崎と水城の一族だ。

 実力主義の極限ともいえる火之崎では、多少優秀とは言え学生レベルの久我山では生きていくことは難しい。

 そして術式の構築に人生を懸けている水城では、特殊な魔法を扱える類の人間でなければやっていけないだろう。

 そして、一度所属した以上、四大の一族から抜け出すことは叶わない。

 正しく、将来を懸ける選択肢ということだ。



「……まあ、そうだろうな」

「ああでも、君のことを信用してないって訳じゃない。君はあまり四大らしくはないし、新興の灯藤家だったら、僕でもまだ何かやれることはあるかもしれないしね。でも――」

「流石に、簡単に決断できることではないからな。無理をする必要はないさ」

「うん、配慮に感謝するよ、灯藤君」



 少し緊張していたのか、久我山は安心したように笑みを浮かべる。

 まあ、後は久我山の決意次第だろう。それに関しては、私がどうこう言える話ではない。

 これ以上の勧誘は、ただの余計なお世話というものだ。

 だが――少しだけ、気になっていることはあった。



「しかし、久我山。お前は、どんな事情でこのような内容を調べるに至ったんだ?」

「……やっぱり君も、そこは気になるか」

「流石にな。無理に聞き出そうというつもりはないが、話してみて楽になるのなら、相談ぐらいには乗ろう。流石に、その程度でうちに入れとは言わんしな」



 単なる興味本位、とまで言うつもりはないが、気になることは確かだ。

 友人である彼が悩んでいる以上、出来ればその原因程度は知っておきたい。

 このような調べものをしている辺り、高校生レベルの悩み事ではないような気がするのだが。

 彼のほうから事情を相談することは難しかっただろう。それでは、四大に協力を求めていることになりかねないのだから。

 だが、私のほうからこうして相談に乗ると明言している以上、ある程度までは協力の内には入らない。

 単純に、世間話をしているようなものだ。


 私の告げた言葉に対し、久我山は悩んでいる様子だった。

 己自身で抱え続けた悩みなのだろう。それを打ち明けるというのは、中々に勇気の要る行動だ。

 しばし逡巡した後、久我山はおずおずと口を開いていた。



「灯藤君は、さ。自分のせいで、誰かを怪我させてしまったこととかって、あるかな?」

「……ああ、あるな」



 それは前世の話であるが故に、詳しく話すことはないが――それでも、似たような経験は幾度かあった。

 悔しい思いをしたことも、やり切れぬ思いを抱えたことも、一度や二度ではない。

 久我山が抱えているのは、つまりそういった感情なのだろう、

 後悔と自責。先ほど詩織が口にしていた言葉を思い起こし、私は椅子の背に体を預ける。

 彼女の観察眼は、本当に鋭いもののようだ。



「……責任ってのはさ、どうしたら果たせるんだと思う?」

「それはまた、難しい問いだな」



 どうやら、久我山は核心的な部分については話したくはないようだ。

 まあ、それについては仕方がないだろう。ここまで抱えてきた以上、そうそう軽い話という訳ではないのだから。

 しかしそれだけでは、流石に適した答えを出せるわけではない。

 もう少し聞き出したいところではあるが、問いただすのも難しいだろう。

 とりあえずは、今の言葉の範囲で答える他ないか。



「そうだな……責任というものには、二つ種類がある」

「二つ? って言うか、責任に種類って?」

「そう難しい話じゃない。要するに、誰かに求められた責任と、自分で課した責任の二つだ」



 責任というものは、大半は誰かに求められるものだ。

 だが、自分自身で果たさねばならないと決めたこと。それもまた、一つの責任であると私は考えている。

 人を縛る言葉。だが、それは錘のついた鎖のようなものだ。外さねば、振り切らねば、一生ついて回る厄介なもの。

 しかして、全てを納得させられる形でなければ、完全に外すことはできない――実に厄介な言葉だろう。



「先ほど、お前は誰かに怪我をさせた、と言ったな。それによる責任は、その関係者が求めたものと、お前がおまえ自身に課したものの二つがあるだろう」

「……僕が、僕自身に?」

「そうでなければ、学生レベルを逸脱するような無茶はすまい? お前は責任逃れをするような人間ではないだろうが、誰かから求められただけの責任に、そこまで必死になれる人間はそうはいない」



 久我山の場合は、他者から求められた責任に対し、自分自身でも同じ責任を課しているのだろう。

 勝手に自らに責任を課した私よりは、まあ幾分か健全であると言えるかもしれない。

 だが――彼のような若者が、まだ十五歳の少年が、そんな自縄自縛の道に立たねばならないのは、とても悲しいことだ。



「お前は自らを戒めている。そして、一度その選択をした以上、お前はその責任と決着をつけなければならないのだろう」

「僕は……けど、その責任と決着をつけるって、どうすればいいのかな」

「他者から求められた責任であれば、話は簡単だ。求められたことを果たせばいい。解決すること自体は簡単ではないかもしれないが――お前はその為に戦っている。いずれは辿り着くだろう」



 だが、と付け加える。

 久我山の場合、それで決着がつくわけではないのだ。何故なら、彼は自分自身に対しても責任を課しているのだから。

 例え同じ理由から発せられた責任であったとしても、他者と自分ではその決着が異なる。

 何故なら――



「自らに課した責任は、自らの手でしか終わらせることは出来ない。お前が、自ら出した結論に納得できるまで、終わることはありえない」

「僕自身が出した結論に、納得できるまで……」

「極論ではあるが、今この瞬間全てを投げ出してしまったとしても、自ら納得できるのであれば、それは自らに課した責任を果たしたことになる。自らを縛る行為は、意思決定において力になるだろう。だが、行き過ぎれば身の破滅にも繋がる。自らの着地点をどうするのか――それは、お前が考えておくべきことだ」



 言いながら、私は苦笑する。

 私にはそんなものは無かった。着地点などなく、破滅するまで駆け抜けていただけだ。

 そんな私が、偉そうに他人に説教するなどとは、笑わせる話でしかないだろう。

 だが、それでも前途有望な若者が、自ら課した重石に押し潰される姿を無為に眺めているつもりはない。

 久我山がどのような結論を出したとしても――彼の未来は、若者の将来は、希望を掴めるものであるべきなのだから。



「まあ結局のところ、全てはお前の問題を解決してからの話だ。お前が私の手を取るのか、或いは自らの手で全てを解決するのか――どちらにせよ、解決に辿り着いてようやく、お前はスタートを切れるわけだ」

「その先、ね。正直、全然考えてもいなかったよ。僕は、目先の問題しか見れていない」

「それで構わんさ。今、お前には他のことを考えている余裕などないだろう。ただ、その先には選択肢がある。そのことを今のうちに知っておけば、ある程度は覚悟も決められるという話だ」



 この先、久我山がどうするのか。それは、彼自身が決めることだ。

 私個人としてはできれば助けたいところではあるが、火之崎としてそれはできない。

 私からは踏み込めない以上は、この辺りが限界だろう。



「さて、久我山。お前はどうする?」

「……少し、考えさせて欲しい。まだ、答えが出きったわけじゃないんだ」



 そう告げて、久我山は手元にある本を示す。

 できる限り、己の手で解決したいということだろう。

 ならば、それはそれで良いだろう。己自身の手で決着をつけるに越したことはないのだから。



「分かった。では、これ以上は何も言わん。また明日、教室で会うとしよう」

「ありがとう、灯藤君――そうだ、一つ聞いていいかな?」

「何だ?」



 立ち上がろうとしたところで、久我山に呼び止められる。

 視線を上げた彼の表情の中にあったのは、先ほどまでの険しさとは異なる、どこか純粋な好奇心による感情だった。

 私が話したことで多少気が楽になったのならば幸いだが――さて、一体どのような質問なのか。



「何で、僕にそんな声をかけたんだい? いくら人員募集中の灯藤だって、僕みたいな凡人は必要ないだろう?」

「私は別に、お前を凡人だと思っているわけではないんだがな。その立ち回りや思慮深さは十分な武器になるだろう。それに、私としては、借りを返しているつもりでもある」

「借り? 君が、僕から?」

「そうだとも。若干距離は置いていたのだろうが、それでもお前は、凛や初音と仲良くしてくれた。その礼ということだ」

「……律儀だねぇ、灯藤君」

「よく言われる言葉だな」



 くつくつと笑い、立ち上がる。

 久我山に世話になったと思っているのは紛れもない事実だ。

 今回声をかけたことに、後悔などしてない。

 それに――



「詩織への恩を返す行為でもある。感謝なら、私よりも彼女にした方がいい」

「え? 詩織ちゃんが?」

「お前の助けになって欲しい、とな。無論、それがなくともお前に声をかけるつもりではあったが……後押しになったのは紛れもない事実だ。彼女も、お前のことを心配しているということだな」

「……ありがとう、灯藤君。僕も、僕なりに考えてみるよ」

「ああ、それがいい」



 それだけ告げて、私はその場から立ち去る。

 果たして、久我山がどのような決断をするのか――それを、僅かばかり楽しみにしながら。





















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