表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汝、不屈であれ!  作者: Allen
第5章 銀糸の支配者
85/182

085:予兆

第5章 銀糸の支配者ドミネイター


しばらく忙しいので、月曜日オンリーの週一更新に切り替えます。

また余裕が出来たら週二に戻しますので、ご了承ください。












 コチ、コチ、と――秒針の刻む音が、静寂に満たされた空間を埋め尽くしてゆく。

 時計、時計、時計――無数の時計が壁に飾られた空間。

 時計と時計の間に隙間など無く、様々な形の時計が、まるで壁紙のように部屋の壁面を埋め尽くしている。

 その異様な空間の中、巨大な柱時計を背もたれにした椅子に腰掛け、一人の女がノートパソコンを開いていた。



「いや、はや。面白いね、面白いことになりそうだ」



 くすくすと、くすくすと――パソコンを操作しながら、女は笑う。

 目まぐるしく遷移する画面、その中を飛び交うのは、普通では読みきれないほどの大量の情報だ。

 女は、それら全てを笑いながら読みつくして、その全てを己が脳髄へと詰め込んでゆく。

 ――画面の右上、まるで嗤うように浮かび上がる白い仮面を認識しながら。



「さて、どうなるかな? どうにもならないわけは無い。こんな面白そうなこと、何もならないほうが嘘ってものだ」



 呟いて、女は口元を歪める。ただ、ただ、楽しそうに。

 画面に映っているのは、大小さまざまな四つの箱。画像越しでも分かる厳重極まりない封印術式と、それでもなお漏れ出そうとしている強力なまでの魔力。

 それら四つの画像を前に、女は堪え切れないと言うかのように笑みを浮かべ、瞳を輝かせる。

 ――炎のように、オレンジ色に揺らめくその瞳を。



「国内に持ち込まれた古代兵装は四つ。よくもまぁ、こんな物を持ち込めたものだ。その努力は素直に賞賛しよう――面白半分に踏み潰されたけどね」



 これらを持ち込んだのは、国家転覆を企み手を組んだ思想家とテロリストの集団。

 尤も、彼らは運び屋が全滅したことを知り、互いに騙されたと考えて結局は敵対状態となっているのだが。

 ともあれ、そんなことはどうでもいいとばかりに情報を切り捨て、女は持ち込まれた四つの古代兵装について情報を精査してゆく。

 時代はまちまち、力もまちまちではあるが、それでも現代の基準で言えば強力極まりない力を持つ兵装。

 一度世に解き放たれれば、大きな混乱が起こることは間違いないだろう。



「準備が出来るのはもう少し先だけど……ああ、ああ、待ちきれないなぁ。君はどんな風に踊ってくれるんだい?」



 ――女は、パソコンのエンターキーを押して操作を終える。

 その瞬間、彼女が背にしていた柱時計が、唐突に音を鳴らし始めていた。

 部屋の隅まで響き渡る、低く重い時報の鐘。そして、それに呼応するかのように、無数の時計たちは一斉に音を奏で始めていた。

 統一性など無い、何十種類もの音の数々。それらは複雑に絡み合い、不協和音のように蹂躙し――けれど、ある種の旋律となって部屋を満たす。

 その中心で、その音に溶かすようにしながら――



「ねぇ……《魔王》の欠片を持つ者よ」



 ――彼女は、そう呟きを零していた。











 * * * * *











 どこか不完全燃焼となってしまった先日の事件。

 密輸船に積まれていたものが、一体何だったのかと言う点についての調査は今なお続いているが、あまり芳しい状況とは言えないだろう。

 何しろ、手がかりになる人間が誰一人としていないのだ。

 密輸を行っていたグループは一人残らず殺され、しかも死体も殆ど原形をとどめていない。

 それこそ、文字通りミンチにされたと言うほどの状況であり、身元の特定は不可能に近かった。

 持ち込まれた物品については、完全に足取りが途絶えていると言ってもいいだろう。

 唯一の手がかりは、陽動に使われた連中だったが……どうやら相手も用意周到であったらしく、連中ともう一つの密輸グループにはほぼ直接的な繋がりは存在しなかった。

 要するに、遠まわしに物品だけを流し、彼らが囮になるように仕向けたのだろう。

 そのため、彼らももう一つのグループについては把握しておらず、それどころか同じ日に密輸を行っていたことすら知らなかったらしい。



『そのグループそのものすら厄介な相手だったというのに……そんな連中を一方的に皆殺しにするような存在が相手とはな』

『しかも、それ以来一切の音沙汰もなし。一体何なんじゃかのぅ』



 千狐と共にぼやいて、私は胸中で嘆息する。

 厄介なことになった――その一言に尽きるだろう。

 何しろ、何も分かっていないのだ。本来持ち込もうとしていた連中も、そこに襲撃をかけた存在も、持ち込まれた物品も、そしてその両者の目的も――何一つ分かっていない。

 こうなると、取れる動きも少なくなる。結果として捜査は遅れ、相手に先手を譲ることとなってしまうのだ。

 全くもって、厄介としか言い様がない。



『……まあ、私があまり気にしても仕方ないのだがな』

『管轄は既に国防軍に移っておるからのぅ。緊急で動くことはあれど、お主が捜査に当たることはあるまい』

『だからこそ、余計に不完全燃焼と言うかだな……まあ、下手なことは知らない方が身の為ではあるのだが』



 確かに、千狐の言う通り、私は意図的にあの件に関わることは出来ない。

 『八咫烏』の人員に独自の捜査権など存在しないのだ。

 下手に動けば、存在の秘匿性が薄れてしまう。ここは、自体の推移に身を任せるしかないだろう。

 ――そう己を納得させ、私は思考を切り上げる。いつまでも考えていては、その戒めから抜け出すことが出来なくなってしまう。

 今の私は、『八咫烏』のメンバーであると同時に、一介の学生でもあるのだ。

 あまり、非日常にばかり意識を向け続けるわけにも行かないだろう。



「さて、と」



 意識を思考の淵から引き上げる。

 いくら既に学んだ内容とは言え、学業を疎かにするわけには行かない。

 下手な成績を取ったら母上や先生に何を言われることか……やはり、しっかりと勉強はするべきだろう。

 内容自体は頭の中に叩き込んであるため、あとは何処から何処までの範囲が説明されていたのかを覚えるだけだ。

 とりあえずどんな内容だったかのみを把握しつつ、私は日常生活への影響について思考を巡らせる。


 『八咫烏』に所属してからも、生活自体は殆ど変わっていない。

 あの最初の任務から一週間ほど経ったが、それ以来は何の仕事も入ってきていないのだ。

 実質、日常生活への影響はほぼ無いと言っても過言ではないだろう。

 とは言え、何もないと言うわけではない。何しろ、『八咫烏』は存在自体が秘匿された組織だ。そこに所属する以上、周囲に明かせない情報はどうしても生まれてしまう。



(結局、初音にも『機密事項がある』という所までは話さざるを得なかったからな……)



 私の機微には鋭い初音だ、魔法院での用事が妙に遅くまで続いたことや、それ以来私が考え事をしていると言うことも、彼女は随分時にしていた。

 とは言え、『八咫烏』の存在は四大の一族でもトップクラスの序列を持つものにしか明かされていない情報だ。

 いくら水城の宗家とは言え、初音にその存在を知らせることはできない。

 下手にそのことを知れば、初音自身が危険に晒されてしまう可能性もあるのだ。

 しかしながら、初音は私の内心を読むことに長けている。流石に、適当な方法で誤魔化すことは不可能だった。

 結果として、私が機密事項に関わるようになった事については伝えざるを得なかったのだ。



(理解は示してくれたのだが……あそこまで物分りがいいと、逆に不安になるというか)



 伝えられる情報を絞りに絞った説明に、初音は何故か、あっさりと頷いてくれていた。

 まあ、四大である以上、国家機密情報に関わる機会も多いため、その辺りを酌んでくれたのだと思うのだが。

 その辺りに対する理解もあるだろうし、流石に無理に踏み込んでくることは無いだろうが……度々フォローはしておくべきだろう。

 ともあれ、そういった面倒を抱えてしまったこと以外は、特に日常への変化はない。

 いつも通り初音と共に学校へ行き、学問を学び、そして二人で帰る日常だ。

 だが――この日は、少しだけ気になることがあった。



(……やはり、様子がおかしいな)



 胸中で呟き、私は近くの席に座る久我山へと視線を向ける。

 ここのところ、彼はどこか上の空な様子であった。

 別段、どこか調子が悪いと言う様子も無い。怪我も病気も無く、健康そのものだ。

 だが時折、どこか思いつめた表情を浮かべているのである。



(若者であるし、多感な時期ゆえに悩みも多くあるだろうが……それにしては、少々思いつめた表情をしているな)



 ここ最近、久我山はどこか思いつめた表情で勉強をしていることが多くなった。

 たまにちらりと中身を見てみたところ、どうにもかなり高度な治療系魔法の専門書に手を出している様子であった。

 とてもではないが高校生レベルではなく、大学のしかも研究機関レベルの内容だったのだが……久我山は医者にでもなるつもりなのだろうか。

 しかし、将来に不安を覚えるにしても、まだ時期としては早すぎると思うのだが。



「ふむ……」



 小さく呟き、私は思考を巡らせる。

 思えば、久我山は中々不思議な少年である。

 詩織のように天然と生来のお人好しで初音たちの友人になった訳ではなく、彼はただ純粋にクラスメートとして接している。

 久我山の場合、詩織のような知識不足から来る無遠慮さというものは存在していないのだが、それでも良好な関係を保っているのだ。

 だが彼は、詩織のように何の見返りも求めずに友人関係を結んでいると言うわけではないだろう。

 久我山からは、いつも何らかの思惑のようなものが感じられる。

 どのような理由があるのかは分からないが、彼は私たちとの友人関係に何らかのメリットを感じているのだ。

 思惑はある。だが、ただ利用しようとしているわけではなく、純粋に友人として案じている部分もある。



(……中々、不思議な人柄ではあるな)



 久我山は、何かしらの事情を抱えているのだろう。

 それが何なのかはわからないが、彼にとっては非常に大切な何かが。

 気にはなるが――流石に、突然踏み込める遠慮が無いという訳ではない。

 もう少し付き合いの長い相手であれば、失礼を承知で問いかけていたとは思うのだが。

 だが、そうであったとしても、あまり踏み込みすぎることは出来ないのは事実だろう。

 ――私たちは、あくまでも四大なのだから。



『……ご主人様マスター? どうかしたの?』

『いや、何でもない。済まないな、集中を欠いていた』

『ん、大丈夫だけど……』



 リリに問われて、私は苦笑交じりに視線を黒板へと戻す。

 一瞬、リリであれば彼の事情を探れると考えてしまったが、流石にそれはやり過ぎだろう。

 いくら何でも、曖昧な理由で他人の秘密を暴くつもりは無い。

 無論必要であればそのような手段も辞さないつもりではあるが――



(流石に、軽挙は家族にも迷惑が掛かるか……まあ、軽く相談に乗る程度でいいだろう。それで話してくれるならよし、話すつもりが無いならば……まあ、せめてその悩みの深刻さぐらいは測っておくか)



 もしも、すぐにでも解決しなければならないような問題であるならば、多少お節介も焼くようにするとしよう。

 だが、事情も知らない内からは、深入りするつもりは無い。

 四大の端くれである私が、一個人の事情に介入するには、それ相応の理由が必要になってしまうのだ。

 軽く悩みを聞く程度ならばともかく、解決にまで乗り出すのには、いくつかの条件をクリアする必要がある。

 私たちの事情にそこそこ詳しい久我山は、その意味を理解しているのだろう。



(……私も、考えておくとするか)



 もしも協力する必要が出てくれば、こちらにも色々と準備が必要になる。

 色々と、準備は必要になることだろう。

 獲らぬ狸の皮算用と思いながらも、私は脳裏で計算を続けていたのだった。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ