083:船の制圧
脱出用のボートを破壊し、海に沈めた私は、早速船内の制圧に乗り出していた。
硬い金属扉ではあったが、魔法的防御の無い扉など、今の私にとっては発泡スチロールと大差ない。
特に道を阻まれるような要因も無く、私は船内への侵入を開始していた。
リリの潜入により、館内の構造や人員の配置は既に把握できている。
どうやら、彼らは徹底抗戦の構えらしい。
『ご主人様、私が排除してもいいけど……』
「そこまで手札を見せてやる必要もないさ。既に彼らは詰んでいる。どうしたところで、遅いか早いかの差でしかないさ」
『正に袋の鼠じゃからの、じゃが、油断はするでないぞ?』
「無論だとも、窮鼠に噛まれるようなへまはしない」
油断すれば、あっという間に戦況を覆されることもあるのだ。
それについては、先生の展開する夢の中で嫌と言うほど学んでいる。
今回、相手の戦力を正確に把握しているわけではないのだ。だからこそ、油断はせずに全力で掛かる。
先ずは――近い場所から制圧していくこととしよう。
そう考えたところで、船体が一度がくんと揺れる。どうやら、舞佳さんがスクリューの切断を終わらせたらしい。
「舞佳さん、聞こえますか」
『はいはーい、何かしら? こっちは一仕事終わったところよ』
「やはりですか。こちらも船内の制圧を開始しました。こちらの動きは流石に察知されていますが、迎撃体勢を取っているようですね」
『ふーん、簡単に諦めるような口じゃないって訳ね。ま、それもいいでしょう』
口調こそ面倒くさそうな様子ではあったが、その内側には確かな闘志が滾っている。
どうやら、戦闘そのものを嫌うような性格ではないようだ。
まあ、今更彼女がそのようなことを言っていたら、それはそれで驚きであったのだが。
ともあれ、彼女もこちらに向かってくることとなるだろう。
「どうやら、彼らは機関室に詰めているようですね」
『ふぅん? こちらが派手に暴れられないと思ってるのかしら』
「向こうは船内戦闘を考慮に入れているはず。何らかの対策があるのでしょう。実際、こちらが派手な攻撃を使えないのは事実です」
『別に、そんなものを遣う必要は無いんだけどねぇ』
「ええ、全く」
私は拳で、舞佳さんは剣。どちらも、接近戦のみで戦える魔法使いだ。
こちらが暴れられないと考えているのならば、その短慮の報いを受けてもらう必要があるだろう。
ともあれ、相手が多く集まっているのならば話は早い。
「では舞佳さん、機関室で」
『ええ、気をつけなさいよ?』
「分かっていますよ。舞佳さんもお気をつけて」
『はいはい、それじゃあね』
インカムでの通信を終え、私は船内の通路を歩き始める。
それほど大きな船ではないのだから、迷うほどの道も無い。
それはつまり――
「――死ね、化け物め!」
――敵が待ち構えているのは、機関室だけではないと言うことだ。
角から唐突に現れた男は、私へと向けて銃を構え、発砲する。
恐らくはアサルトライフル、吐き出された大量の弾丸は、狭い廊下で回避しようの無い私へと襲い掛かる。
「――《不破要塞》」
だが、それらは全て、私の体を覆う結界によって弾き返されていた。
触れた部分に魔力を感じることから、どうやら弾丸そのものに何らかの魔法が付加された術式兵装のようだが、その程度では私の結界は破れない。
「な――」
「寝ていろ」
弾丸を全て弾き返され、驚愕に固まった男へと肉薄する。
彼が正気に戻る前に、私の拳は彼の鳩尾を打ち据えていた。
声も出せずに倒れ付した男へと視線を向けつつ、私は床に落ちたアサルトライフルを持ち上げる。
「……まさか、こんな物を普通に使ってくるとはな」
戦闘起動をせずとも、『黒百合』だけで十分に弾き返せたことだろう。
だが、やはり武器商人なのか、術式兵装を使用してきた。モノによっては危険な場合もあるだろう。
《不破要塞》は戦闘機動を維持したまま、私はアサルトライフルをリリの内部へと収納して再度進み始める。
八尾が任務として指定したほどのものなのだ。ひょっとしたら、相当に危険な術式兵装が含まれている可能性がある。
「……少し急ぐ。リリ、状況は」
『羽々音舞佳は反対側から侵入、順調に進んでる。ご主人様が囮になってるような状況』
「ふむ、派手に正面から入ってきた甲斐はあったか。だが、彼女にばかり見せ場を取られる訳にも行かんな」
小さく笑い、私は走り出す。
《掌握》を発動、周囲の状況を掴みながら走り抜ける。
どうやら、船内に罠が仕掛けられている様子は無い。流石に、日常的に通るような場所にそんなものは仕掛けられなかったのだろう。
ある程度時間があれば仕掛けられていたかもしれないが、今回は海上での襲撃だ。
罠を仕掛けているような時間は無かったはず。あるとすれば、それは機関室での迎撃時だろう。
「無論、素直に喰らうつもりは無いがな」
小さく笑い、リリの報告通りの船内を進む。
多少入り組んでいるとは言え、分かっていれば迷うこともない。
あっという間に下り階段へと辿り着き――そこに、二人の男がタクトのようなものを手に待ち構えていた。
瞬間、その先端が青白く輝く。
「――っ!」
咄嗟に廊下側へと身を躱せば、私が一瞬前までいた場所を青白い雷光が貫いていた。
成程、どうやら今の術式兵装は、一瞬である種の魔法を発動させられる類の道具らしい。
術式兵装としては一般的であはあるが、普通は発動にある程度の準備が必要になる。
だが、今のものは魔力さえ込めれば瞬時に発動できる類のものらしい。
「確かに威力はそこそこあるが……」
『まあ、お主の姉たちほどではないのぅ』
にやりと笑みを浮かべ、千狐はそう零す。
確かに、その言葉に誤りは無いだろう。今の魔法の威力は、凛のそれには遠く及ばない程度のものだ。
そして、その程度の威力であるならば――
「――防ぐまでもないな」
小さく呟き、私は再び階段側へと姿を現す。
途端に、踊り場にいた男たちは私への攻撃を再開するが――二人分の攻撃が命中したとしても、《不破要塞》はビクともしない。
当然だろう。凛との戦闘にも耐えられる術式なのだ、この程度の魔法では小揺るぎもしない。
威力の度合いを確かめた私は、攻撃の掃射に晒された状態のまま、二人がいる踊り場へと跳躍していた。
突然飛び込んできた私に泡を食ったのか、二人は慌てて左右へと逃げ出す。
だが、狭い踊り場では当然、逃げられるスペースも多きくはない。壁に阻まれた右側の男は逃げ切れず、私の放った蹴りによって壁に激突して気絶していた。
「くそっ、何でこんな――」
「はッ!」
もう一方へと逃げていた男は、体勢を崩しながらも再びタクトをこちらへと向けるが、無論追撃を許すつもりは無い。
そもそも、この距離では魔法の発動すら無駄だ。タクトの先端がこちらを捉えるよりも早く、私の拳は男の顔面を打ち抜いていた。
頭から壁に激突しないようには手加減したが、それでも鼻から口から血を流しているため、横向きに転がしてタクトを回収する。
またも術式兵装、量産品とは言え質は悪くない一品。となると、やはり何かしら大きな背景も予想できる。
まあ、その辺りを調べるのは魔法院か国防軍の仕事なのだろうが。
「しかし……」
『どうかしたのか、あるじよ?』
再び走り始めながら呟いた言葉に、千狐が反応する。
私は意識の集中を途切れさせぬようにしながらも、彼女の言葉に返答していた。
「何か、妙な予感がする。勘に引っかかるというかな……」
『具体的には分からんのか?』
「分かっていたら言っているさ。もう少し調べれば、何か分かるかもしれないが……」
現状では、はっきりとしたことは何も言えない。
そもそも、持っている情報が少なすぎるのだ。
『八咫烏』の情報では、相手の背景情報は全く入ってきていなかった。
あえて情報を遮断しているのか、それとも本当に情報が無いのか――どちらにせよ、私たちはこの船の連中について殆ど知らない状態だ。
目的も背後関係も何も分からないのでは、何も判断しようがない。
まあ、その辺りはこの先にある機関室で何か分かるかもしれないが。
「ともあれ、今は制圧が先だ」
『じゃのぅ。さて、どう出ると思う?』
「さてな。術式兵装は予想が付かない。だが――向こうも、派手な真似は出来まいよ」
機関室で派手な爆発でも起きれば、まとめておじゃんだ。
流石に、船員まとめて心中を図るようなことは無いだろう――そこまでの殉教者であるならば、相応の主張が聞こえてきているはずだ。
まあ、仮に自爆したとして、その程度ならば私には何も問題は無いのだが……舞佳さんを巻き込むわけには行かないだろう。
一応、念には念を入れておくべきか。
「リリ、機関部の保護は出来るか?」
『もうやってるよ。ご主人様が本気で殴らなければ抜けないぐらい』
「上出来だ。ちなみに、爆発物が設置されている気配は?」
『それはない。入り口付近に何か仕掛けていたけど』
「成程。では、こうするとしようか」
呟きつつ機関室へと歩み寄り、私は《放身》を発動させる。
体から勢い良く灼銅の魔力が放出されると共に、私は己の手刀を、機関室の扉横、何もない金属の壁へと向けて突き入れていた。
壁が大きくへこむと共に私の手は壁を貫通し、大きな亀裂を生じさせる。
さらにそこへと手をかけ、私は一気に、その壁を両側へと向けてこじ開けていた。
壁の向こうには、突然の事態に呆然と目を見開いている男が一人。
私はその顔面を捕まえ、機関室の中に入ると共に、その男を地面へと叩きつけていた。
「が……ッ!?」
成す術もなく沈む男の姿に、周囲は沈黙に満たされる。
その間に、私は周囲の状況を素早く精査していた。
人間は、今気絶したものを除いて六人。男が四人に女が二人。
全員が武器を所持しており、全てが術式兵装であることが予想される。
近接武器的形状ではないため、全て遠距離攻撃目的の兵装だと予測される。ならば――
「使えない状況にしてやれば済む話だ」
呟き、私は機関室の中を駆け出していた。
広さはあれど、装置が立ち並ぶが故に手狭な室内。
隠れられる場所はいくらでもあるものの、私は隠れるつもりなど毛頭無かった。
地を蹴り、黒い影となって走り出す。
機材を、壁を、虚空を蹴って縦横無尽に進む。
しかし、彼らはそんな私の姿を捉えきれず、視線を右往左往させるばかりだった。
「こちらのことは見えていないか。ならば――」
虚空を蹴り、辿り着いた先は一人の男の頭上。
その肩口から蹴りの一閃を叩き込んで地に伸ばしながら、私は小さく笑みを浮かべて告げていた。
「使わせる間もなく、終わらせてやろう」
倒れ付した男の傍にリリの欠片を残し、拘束を命じてから再び走り出す。
一瞬こちらの動きが止まったからだろう、こちらへと魔法攻撃が飛んでくるが、生憎と当たることはない。
壁に当たって弾ける魔法を横目に見ながら、私は次の標的へと向かって駆ける。
どうやら、入り口あたりには刻印による罠が仕掛けられていた様子であるが、近づかなければ問題はないだろう。
気になることは――奥で一人、動かずにいる人間がいることだ。
その傍には、男と女が一人ずつ、控えるように待機している。
(奴らは、あの男を護衛している?)
ならば、あの男は何かしら重要な立場にいると予想できる。放置するわけには行かないか。
そう考えてそちらへと足を向け――その瞬間、眩い輝きが周囲を満たしていた。




