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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第4章 七彩の学友
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081:社の主












 響き渡ったその声に、私や思わず息を飲んでいた。

 厳かであり、同時に涼やかな響きを持つ女性の声。

 だが、私が驚いたのはそこではない。その声が、肉声ではなかったためだ。



「……まさか、お声をかけて頂けるとは思いませんでした」

『貴方と話をするために呼んだのです。そう畏まる必要はありません』



 再び声が響き渡り、そして私は確信する。

 この声の持ち主が人間ではないこと。そして――私が想像したとおりの存在であったと言うことを。

 故にこそ、私はその言葉を素直に受け取ることができなかった。

 この相手に畏まるな、などといわれても、土台無理な話だ。

 どう反応したものか、逡巡して言葉を返せずにいるうちに、声を上げたのは隣に立つ戸丸であった。



「ご命令どおり、灯藤仁を連れてまいりました。いかが致しますか?」

『彼を社の中へ。私と、彼だけで話をします』

「……しかし、それでは護衛が。せめて、僕に相席の許可を」

『問題はありませんよ。彼ならば、そのような行動はしませんから』



 まるで見透かしているかのような、その声音。だが、それは間違いなく事実だ。

 少なくとも、私はこの場で妙な行動を起こせるほど愚かな人間ではない。

 今、この場にいる相手が何ものなのかを理解していれば、それも当然と言えるだろう。

 私は、視線をじっと、中央にある社へと向ける。

 篝火によって照らされた建物、その静謐な雰囲気の奥から、僅かに感じるその気配。

 一体何故、私を呼んだのか――それを、問わねばならないだろう。



『どうぞ、入りなさい』

「……分かりました」



 私の返答に対してか、隣に立っていた戸丸の気配が僅かにざわつく。

 これまで、感情らしい感情の見えない酷薄な印象があったが、どうやら彼にも譲れないものはあるようだった。

 一体どのような理由での執着なのかは分からないが、何にしろ、下手なことをすれば彼と敵対する羽目になりかねない。

 命ぜられた以上、その言葉に従う他無いが、戸丸の反応に関しては注意しておかねばならないか。

 ともあれ、私は掛けられた言葉に従い、一人で社のほうへと進み出る。

 人の気配はない。この広大な空間に、感じられる気配は先ほどやってきた私たちと――この社の中に在るたった一人の気配だけだ。



「……この中に」



 思わず呟きを零しながら、私は社の扉へと手を伸ばす。

 しかし、その指先が触れる直前、扉は独りでに動き、私を迎え入れようとするかのように開け放たれていた。

 元より《掌握ヴァルテン》を発動していた訳ではなかったため、普段より知覚は落ちているのは確かだが、それでも一切の術式を、そして魔力の流れを感じ取ることが出来なかった。

 この中は、今の術を成した者によって支配された領域。足を踏み入れれば、最早抵抗の余地は無いだろう。

 それでも、ここで立ち止まるわけには行かない。意を決して、私は社の中へと足を踏み入れていた。

 瞬間――



「……っ」



 思わず、息を飲む。

 周囲の音が消え、まるでこの空間だけが世界から切り取られたかのような錯覚を覚える。

 室内を照らしているのは、灯された蝋燭の明かりのみ。

 まるで通路を示すかのように並べられた燭台の先――社の奥にて、一人の少女が正座をして、私のことを待ち構えていた。

 どこか現実味の薄い光景に気圧されながらも、私は音を立てぬよう静かに少女の前へと進む。

 出来るだけ音を発さないようにしていたのは、この神聖で静謐な空気を乱すことを忌避したからだ。

 それほどまでに、この目の前の少女が放つ気配は圧倒的だ。まるで、ここが相手の体内であるかのような、包み込まれるほどの気配。

 注意するも何も無い。手を出すも何も無い。この状況では、敵対行動をした瞬間に抵抗の間もなく消し飛ばされるだろう。



『どうぞ、お座りなさい』

「失礼します」



 座している少女が口を開く。しかし、響いたのは肉声ではなく、魂そのものに響く声。

 間違いない――これは、精霊の声だ。この目の前の少女に宿る精霊が、私に対して直接話し掛けてきているのだ。

 そのようなことは、千狐にも出来ないはずなのだが……方法に関しては、今はいいだろう。

 ともあれ、この目の前にいる少女こそが――



『ようこそおいでなさいました、狂気なりし外なる《魔王》の一欠よ。私の名は《八尾》――この日ノ本の国を守護する精霊です』



 想像はしていたが――それでも、その言葉の衝撃は大きかった。

 目の前にいるのは、茫洋とした印象の少女だ。外見としては全体的に色素が薄く、華奢で線の細い印象を覚える。

 その身は所謂巫女服に身を包んでいることもあり、どこか神秘的な外見であると言えるだろう。

 だが、私には、その少女自体の意識を感じ取ることが出来ない。

 所謂トランス状態、茫洋としたその瞳の奥にあるのは彼女の意思ではなく、今声を発している大精霊のものなのだろう。



「初めまして、国守の大精霊よ。私の名は灯藤仁と申します。そして――」

『妾の名は千狐じゃ。妾の声も聞こえておるのじゃろう? 歓迎痛み入る、大精霊よ』

『それが貴方の名なのですね。では、以後はそう呼ぶとしましょう』



 やはりと言うべきなのか、大精霊は千狐の言葉を聞くことができるらしい。

 これまで他の精霊に出会ったことが無いから分からないが、精霊同士とはこのように会話ができるものなのか、或いはこの大精霊が特殊なのか。

 どちらもありそうではあるのだが、そのような些事を聞けるような相手でもない。

 ともあれ、今は真意を問うべきだろう。この場に私を招いた、その真意を。



「では、八尾様。一体どのような御用時で、私をここに呼び出したのでしょうか」

『一つは貴方達の姿を直接目にしておこうと考えたためです。異界からの訪問者たる、貴方達を』

「っ……!?」



 その言葉に――この世界で生まれてから一度として触れられたことの無かった話に、私は驚愕を隠せず絶句していた。

 この世界では、海の渡航は非常に危険な手段だ。禁獣の跋扈する海は、並みの手段では通ることの出来ない場所なのである。

 だからこそ、この世界の日本はそもそも海外からの干渉を受けた経験が少なく、宗教観に関しても殆どが土着の宗教に限定されている。

 故に、仏教の概念たる『転生』という考え方は一般的ではなく、私の異常に対して誰もそのような考えを抱いたものはいなかった。

 精々、精霊が教えたのだろうと考えられた程度だ。だが――この大精霊は、まるで私と会話をすることも無く、正解を導き出したのだ。



「……何故、そのことを」

『当然です。貴方の精霊たる千狐の持つ力は、この世界にはあらざるもの。偉大なる《魔王》の力であるならば、それは外なるものの力です』

「《魔王》……千狐の力が、何か強大な力を持つ存在のものだということは理解しています。それが、その《魔王》ということですか」

『そう、貴方たちの持つ力である、『魔王の権能』――故に、《王権レガリア》。あらゆる神々の頂点に立つ彼の王の力を持つ者と、一度話をしたかったのですよ』



 彼女の、八尾の持つ感性は人間のものではない。

 だからこそ、私には理解しがたいものではあった。だが少なくとも彼女が、私よりも多くのことを知り、理解していることは確実だ。

 ならば、問わねばなるまい。この力を、その《魔王》という存在についてを。



「《魔王》と呼ばれる存在について、お教えいただけませんか」

『あのお方は、あらゆる神々の頂点に立つもの。ありとあらゆる世界を統括し、支配する絶対の王。けれど、彼の王の心は誰にも理解することは出来ず――我らの声にも、応えることは無い。白痴にして全能、世界を創造し、世界を滅ぼす外なる神』

『妾も、あの方の言葉を直接聞いたわけではないからのぅ。生れ落ちた時には権能の欠片を有しておったし』

『それには必ず、何らかの意味が存在していることでしょう。貴方があのお方の力を有して生れ落ちたのは、相応の役割が存在しているからです。あの方の力は、ただの偶然で零れ落ちるものではない』



 その言葉を聞き、私はちらりと千狐に視線を向ける。

 千狐に何らかの役割が存在しているというならば、異なる世界へ移動しても大丈夫だったのだろうか。

 或いは、この世界に渡ることそのものが、千狐にとって成さねばならない役割だったのか。



「千狐……その役割とやらに心当たりはあるか?」

『いや、先ほども言ったが、妾はあの方の声を聞いたことは無い。生まれたときから、漠然と窮屈さを覚えていた程度じゃ。役割と言われてものぅ』

『案ずることはありません。貴方があのお方の生み出した存在であるならば、貴方の行動に間違いがあるはずが無い。宿主と出会ったことも、この世界に辿り着いたことも、全ては必然だったのでしょう』

「……そう考えると、少々怖いですね」



 果たして、その《魔王》とやらは何処までを知り、何処までを理解しているのか。

 この世にあらざるどこかで、今も私たちのことを見ているのか。

 そう考えると、背筋に寒気が走るのを止めることはできなかった。

 しかし、そんな私の不安を見抜くかのように、茫洋とした巫女の視線が私を射抜く。

 その奥に、確かな精霊の意思を宿らせながら。



『案ずることはありません、人の子よ。あの方は確かに無慈悲な王なれど、無意味に人を滅ぼす方ではありません。強い意志と共に歩む人間が描いた軌跡を、あの方は尊重するでしょう』

「強い意志と共に、ですか」

『そう……故に心することです。流されるままに、己の信念無く王の権能を使えば、その力は容易く貴方に牙を剥くことでしょう』



 その言葉に、私は思わず息を飲む。

 確かに私は、安易に《王権レガリア》を使おうとはしなかった。

 私自身の信念から、この力に頼りきりになることを善しとしなかったのだ。

 しかし、まさかそれが、本当に正解であったとは――千狐との出会いが必然であったという言葉も、どこか現実味を帯びて感じられる。

 私の持つ人間性すらも、見抜かれていたのではないか、と――



『貴方がその力の真の意味に気づくのは、恐らく最後の権能を発現させた時でしょう。そのとき、決して己の信念を曲げることのなきように』

「……はい。ご忠告、ありがとうございます」

『私からも、貴方の任務は選ぶように通達しておきましょう。決して、精霊府からの命令で、その権能を振るわせることはありません。貴方がこの世界で成すべきことを、我等が邪魔をするわけには行きませんから』

「ご配慮、感謝いたします」



 精霊府の――いや、国のトップともいえる大精霊の言葉であれば、安心してもいいだろう。

 元よりこの力を安易に使うつもりはなかったが、それでも無理やり使わされることがないのならば安心できる。

 ある意味、ここで働けるほうが安心できるかもしれないな。

 胸を撫で下ろした私に、八尾はどこか安堵したような声音で告げる。



『どうやら、私が観察していた通りの人柄のようです。では一つ、試しとして貴方に仕事をこなして貰いましょう』

「仕事、と言うと……『八咫烏』の任務ですか」

『ええ。貴方が上に戻った時、崎守踏歌には一つの仕事が届いていることでしょう。その任務を受けるのは、貴方と羽々音舞佳になります』

「私と舞佳さんで、任務を受けろと……して、その内容は?」

『ある物品の回収になるでしょう。どうやら、外から持ち込まれてしまったようですね』

「ある物品……?」



 外から、と言うと海外からの密輸品と言うことか。

 海上路が発達していないこの世界においては、海の監視はそれほど熱心には行われていない。

 そもそも、海を渡ること自体がかなりの自殺行為であるのだが――安全を確保する方法さえあれば、密輸はそれほど難しくは無いだろう。

 その隙を突いて、何か危険なものが持ち込まれたのか。そんな私の予想を肯定するかのように――



『――特殊な術式兵装、武器の密輸です』



 ――八尾は、私に対してそう告げていた。





















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