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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第4章 七彩の学友
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077:火之崎の魔法使い











「ぐ――!」



 駆け抜けようとした瞬間に発現した爆発に、思わず息が詰まる。

 五級程度の簡単な魔法。直撃したところで、大したダメージになるはずもない。

 だがそれでも、目の前で炸裂したとなれば、私も怯まずにはいられなかった。

 五級とは言え、今の魔法を無詠唱で発動させたのは、私としても驚きだ。

 分かっていたことではあるが、凛の魔力はどこまでも火の属性との親和性が高いものであるらしい。



「おっかないわね、アンタは……!」



 私が怯んだその瞬間に、凛は噴き出す魔力をジェット噴射のように使いながら大きく後退する。

 そしてそれと共に、凛の体から更なる魔力が励起されていた。

 最早人の形をした炎そのものといわんばかりの姿に変貌しつつ、その魔力を頭上へと収束させる。

 そこにある術式は――!



「避けさせはしないわよ! 【集い】【燃え盛り】【打ち砕け】!」



 その詠唱と共に発現したのは、直径10メートルにも届こうかというほどの巨大な火球。

 そこに凝縮された魔力は、私でも制御しきれるかどうか不安なほど量と密度になっていた。

 それほどの魔力を受け入れられるだけの術式そのものにも驚嘆せざるを得ないが、流石にこの一撃を前にしては呆然としている余裕はなかった。

 直撃を避けるために後退しながら、私は防御のための魔法を詠唱していた。



「【堅固なる】【耐火の】【鎧よ】【遮れ】!」



 こちらもまた、三級の圧縮詠唱により、炎を遮る強化魔法防御を発現する。

 それと共に凛の魔法は放たれ――地面に着弾、巨大な爆発となって周囲を蹂躙する。

 先ほどの爆発の比ではない、灼熱の熱量が舞台上を蹂躙し、地面を赤熱させてゆく。

 もしも、舞台に結界が敷かれていなければ、周囲に多大な被害を発生させていただろう。

 だが、この程度であれば――



「防御に特化したアンタは、防ぐわよね」

「――――ッ!」



 未だ炎が吹き荒れる舞台上、凛はその全身から炎を発したまま、私へと接近してきていた。

 まさか、自ら距離の優位を捨てるとは考えておらず、驚愕に目を見開く。

 だがそれでも、私の体は正確に反応し、迎撃のために動いていた。



「――っ!」

「しぇああっ!」



 拳と拳がぶつかり合い、発した衝撃に一瞬周囲の炎が吹き散らされる。

 筋力、体格とも私の方が上のはずだが、魔力量では凛の方が圧倒的だ。

 《放身》によって強化される度合いも、私よりも遥かに上――それでも、押し負けることはなく、互いの一撃は相殺されていた。

 例え魔力量で負けていようと、重量増加を使っている私は体重差において圧倒的に勝っている。

 とはいえ――



(まさか、ここまで練り上げていようとは……!)



 凛の格闘技能は、一朝一夕のものではない。少なくとも、私が容易くあしらえる程度のレベルではなかった。

 そして接近戦における不利も、凛はその魔力量に任せた強化と体に纏う炎で補っている。

 しかも、それだけではない。凛はいかなる手段か、この炎に包まれた空間の中でも、まるで問題なく活動できているのだ。

 私も魔法によって炎そのものは防げている。だが、この空間における酸素そのものの減少は如何ともしがたい。

 先ほどから完全に無呼吸で動いているのだが、いつまでもこうしていてはジリ貧だろう。

 しかし――



(――本当に、面白い奴だ、凛)



 打ちかかってくる拳をいなし、向かってくる凛を肘で打つ。

 しかし、炎を噴射して推進力を得た凛は、右手で私の腕を掴むとそのまま宙返りをするようにしながら旋回し、私へと蹴りを放ってきた。

 後頭部を狙う蹴り足は僅かに体を屈めて回避、髪が僅かに燃える音と臭いを感じながらも、私は掴まれていた腕を強引に振り払っていた。

 これでバランスを崩してくれれば重畳だったが、凛もこちらの動きを予想していたのだろう、抵抗することなく手を離して回転しながら着地する。

 ――しかし、ほんの一瞬であろうとも、視線が外れたことは事実だ。その一瞬の間に、私は凛に肉薄していた。



「いっ!?」



 一瞬で私が目の前に現れたからだろう、私と目が合った瞬間、凛は大きく目を見開いていた。

 だが、それで動きが止まるようでは、火之崎などやっていられないだろう。

 凛は反射的に両腕でガードし――そこに、私の拳が直撃する。

 魔法を展開する暇も与えなかった一撃だ。例えガードの上からであっても、かなりのダメージを通すことができるだろう。

 だが――拳から伝わる感触は、私の思っていたものよりも遥かに軽いものだった。



(――《退躯》か!)



 拳の直撃の瞬間、凛は体から吹き出る炎を利用して、後方へと跳躍していた。

 その勢いを持って、私の放った拳の威力を殺していたのだ。

 尤も、母上のようにその場から全く動かずに完全に威力を殺しきってしまうような規格外なことはできていない。

 思い切り後退したのだろう、爆炎が広がっていた範囲からも抜けて、炎のない領域まで移動してしまっている。



「ふ……っ」



 止めていた呼吸を再開し、着地した凛へと吶喊する。

 流石に数十秒に渡る無呼吸運動は辛かったが、やろうと思えば五分程度は無呼吸状態で戦闘を続行できる。

 しかしそれでも、徐々に追い詰められていくあの状況は好ましくない。

 できれば炎のない領域で戦闘を続けたいが――



「【集い】【連なり】【貫け】!」



 私の拳をガードした腕を庇う凛は、再び圧縮詠唱によって三級の魔法を発現する。

 その詠唱によって現れたのは、凛の頭上に展開される無数の炎の槍だ。

 貫通力を高めたあの術式は、防御魔法を破る際に良く使われる技法である。

 あの炎槍の掃射を受ければ、さすがの私の防御魔法も貫かれてしまうだろう。



「だが――」



 数こそ多いが、狙いが甘い。それに、爆裂弾の掃射ほどの数は無い。

 防御魔法を削られながらも躱し、弾き、時に拳で握り潰し――そのまま、凛へと向けて肉薄する。

 放つのは、下から掬い上げるようなアッパー。顎を撃てば一撃で意識を奪い去れるであろう一撃。

 それを身を逸らして躱した凛は、一歩後退しながら私へと手を向ける。

 放たれたのは、放射状に広がる火炎だ。流石に、この肉薄した状況では回避することは叶わず、《不破要塞フォートレス》にて魔法を受け止める。

 だが、度重なる防御により、この結界も限界が近い。次に大きな一撃を受ければ、この魔法は一時的に解除されてしまう。

 そして、凛もそれを分かっていたのだろう。視界を塞いだ火炎の中から現れた凛は、その巨大な魔力を拳に集中させて私に打ちかかっていた。

 視界をふさがれたためか、こちらの反応は半歩遅れている。だが、それでもその差を埋めるだけの速さがこちらにはある!

 私と凛の拳は、同時に互いの体へと向かい――



「――――っ」

「……ぬぅ」



 ――私と凛の拳は、互いに命中する寸前で停止していた。

 無論、これが命中すれば互いに大きなダメージを受けてしまうが故だったが……このような結果に終わったか。

 この勝負――



「……私の負けだな、凛」

「……そうね」



 莫大な魔力をその拳に宿して打ちかかってきた凛に対し、私は急場でチャージした魔力しか励起できていなかった。

 確かに凛にダメージを与えることは出来ただろうが、受けるダメージでいえば私の方が上。

 結果的には、そのまま私が押し切られる形で敗北していたことだろう。

 凛はしばし仏頂面を浮かべていたが、やがて大きく溜息を吐くと、握り締めた拳を開いていた。

 それと同時に、周囲を覆いつくしていた炎は、まるで嘘のように消滅する。



「あたしの勝ちよ、仁。ま、これであの連中も分かったでしょ」

「まあ、そうだろうな」



 どこか不満げな凛の様子に内心で首を傾げつつも、私は他の生徒たちのほうへと視線を向ける。

 案の定というべきか――彼らは、私たちの姿をただ呆然と、一様に口を開けて見つめていた。

 驚愕したのは凛の圧倒的な力もあるだろうが、私がそれと互角に食い下がったことも一因だろう。

 高々三組程度に所属している私が、この学年でも最高クラスの実力を持つ凛と対等に渡り合ったのだ、特に才能に自信を持っているであろう一組の生徒達の衝撃は計り知れまい。

 まあどちらにせよ、いずれは知ることになっただろうが。



「仁! 先に行くからね!」

「っと、ああ」



 私が学生達を眺めている間に、凛はそそくさと舞台上から退場して行く。

 その姿には少々違和感を感じていたものの、私も凛に続いて壇上から退場していた。











 * * * * *











「お疲れさま、凛さん」

「別に、そこまで疲れるほどじゃなかったわよ」



 初音からタオルを受け取った凛は、それを首にかけながらも嘆息交じりにそう答える。

 全く持って、気に入らない。そう主張するかのような表情に、初音は思わず首を傾げる。

 今の戦いの、果たして何が気に入らなかったのかと。



「どうかしましたか? いい試合だったと思いますけど」

「ええそうね、いい試合だったわよ。あたしは結構本気でやってたけど、それでもいい試合だったわ」



 吐き捨てるように、凛はそう告げる。

 何よりも、己自身の無力が気に入らないと、そう言うかのように。

 凛は確かに、この学年においては最強の魔法使いだ。

 唯一互角に戦えるのは初音だけであり、それもどちらかといえば凛に有利が付く。

 だからこそ、初音は凛のこのような反応を見たことがなく、困惑を隠せずにいたのだ。



「……何か、気に入らないことが?」



 もしも仁の実力に難癖をつけるようであれば注意せねばならないと、初音は僅かに声のトーンを落としてそう問いかける。

 しかし、対する凛は、嘆息交じりに声を上げていた。



「……あいつに、精霊魔法スピリットスペルを使わせられなかった」

精霊魔法スピリットスペルって……まさか、あっちの?」



 仁の持つ二つ目の精霊魔法スピリットスペル、《王権レガリア》。

 極めて例外的かつ、類を見ないほどに強力なあの魔法は、当然ながら秘匿事項として扱われている。

 言うまでもないことだが、このような場所で使える魔法ではない。



「凛さん、あの魔法を使うようなことがあったら、それこそ問題じゃ……」

「分かってるわよ。あたしは、あいつをそこまで追い詰められなかったってこと……それじゃ、ダメなのよ」



 不満げに眉根を寄せて、凛は告げる。

 仁は十年間の修行により、非常に高い実力を身につけて戻ってきた。

 それこそ、火之崎の中でも上位に属するほどの実力を。

 無論、それは彼の精霊魔法スピリットスペルを含めてのことではあるが、仁は今や、紛れもない実力者の仲間入りをしているのだ。

 そんな彼と競争をしていた凛からすれば、精霊魔法スピリットスペルを含めて仁の実力であり――それを制することができなければ、彼に勝てたとは言えないと考えていたのだ。



「あたしは、あいつを圧倒できるぐらいでなきゃ……まだまだ修行が足りないわ」

「……そうですね。私も、現状に満足してちゃダメですね」



 凛の言葉に軽く笑みを浮かべ、初音は視線を横へと向ける。

 自分たちのほうへと向かって歩いてくる仁へと、歓迎の笑みを浮かべながら。

 己の信じた男は確かに強くなり――そして、彼に追いつくためには更なる努力が必要だと、そう実感していたのだった。





















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