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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第4章 七彩の学友
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076:10年越しの約束












 前方にて腕を組んで仁王立ちする凛の姿を見つめ、私は静かにその力について分析する。

 膨大――そうとしか形容できない魔力の高まり。この規模は、既に母上の領域にまで到達していることだろう。

 つまり、魔力量のみで鑑みれば、既に世界トップクラスの魔法使いに匹敵するレベルに到達している。

 凛ほどの年齢の子供がその領域に到達するのは極めて異例だ。

 魔力量は意識的に成長させていたとしても、成人頃までは自然に成長を続ける。

 特に十代後半における魔力の伸びは大きく、凛はこれから伸び盛りであるともいえるのだ。

 その段階で既にこれだけの魔力を持つとなれば、いよいよ父上の魔力量を超えるのも現実的になってきたと言えるだろう。



『これはまた……お主が夢の中で戦ってきた連中に匹敵するのぅ、あるじよ』

『流石は凛だ。この十年間、鍛錬を欠かしたことは無いようだな』



 魔力の面もそうだが、立ち姿に隙が見出せない。

 どうやら、私が母上から学んでいたのと同じように、凛も父上から多くを学んできたようだ。

 父上と母上では、接近戦の技量という一点に限って言えば、母上のほうが上だろう。

 だが、父上は決して接近戦ができないというわけではない。むしろ、格闘の技量だけでも分家当主を圧倒するほどの実力を有している。

 その父上から直接学んだのであれば、凛は間違っても油断できるような相手ではない。

 全ての切り札を切ることはできないが、今私に出来る全てを持って、相手をする他ないだろう。



「……『黒百合』、限定装着。《不破要塞フォートレス》、戦闘起動」

『てけり・り!』



 私の声に応え、リリがその体を伸ばして私の両手両足に装甲を出現させる。

 この装甲が全身を覆いつくすのが本来の『黒百合』であるが、あの姿はあまりにも異質なものだ。

 リリのことについて勘ぐられてしまう可能性も高くなるだろう。

 そのため、私とリリが用意していたのが、この肘から先、膝から先のみに装着する限定装着だ。

 これならば、術式兵装の一種として認識されるだろうし、あまり違和感なく使うことができるだろう。



「へぇ、そいつが……面白いわね、そうでなくちゃ!」



 対する凛は、私の装備した『黒百合』を見つめ、不敵な、それでいて楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 完全に火之崎の流儀に染まりきっている凛は、私が装備を取り出したとしても気圧される様子は一切ない。

 それどころかますます闘志を滾らせ、その紅の魔力を濃くしていた。

 そんな凛の周囲では、術式の展開が一切無いにもかかわらず、ちらちらと火の粉が舞い始めている。

 あれは――どうやら、母上と同じように、魔力そのものが何らかの性質を持っているようだ。



『極端なまでに火の属性に振り切れた魔力……本当にご主人様マスターの妹?』

『姉だぞ、リリ。まあ、私と違い、凛は才能の固まりだ。密度の差があれど、凛がこの十年を有意義に過ごしていたのであれば――《王権レガリア》を使わぬ私と、十分に匹敵するだろうさ』



 七重の結界の具合を確かめ、私は静かに拳を構える。

 接触検知、耐熱、耐寒、物理威力減衰、魔法威力減衰、物質遮断、魔力遮断の七重結界。

 しかし、凛が今の魔力を十全に使えるのであれば、これでも十分な防御とはいえないだろう。

 だとするならば――《装身》だけでは相手になるまい。私は決意を込めて、《放身》を発動していた。

 体から吹き上がる灼銅の魔力が、私の身体能力を大きく向上させる。

 そして――それを目にした凛もまた、不敵な笑みと共にその魔力を発現させていた。



「いいわ、仁。それでこそ火之崎よ――簡単に潰れないでよね」



 吹き上がる深紅の魔力――そして、その魔力そのものが炎へと変換される。

 密度を増したことで、魔力そのものが炎へと変質したのだ。

 全身からバーナーのように炎を吹き出すその姿は、炎の魔人と呼んで差し支えないだろう。

 炎の形をした魔力。それが、どれほど火の属性に適しているのか、最早考えるまでも無い。

 結界によって熱は防げているが、凛はただそこに立っているだけで、地面を熱し焦がし始めていた。

 しかし本人は涼しげな表情で、私へと向けて声を上げる。



「ねえ、仁。十年前の約束、覚えているかしら?」

「あの日……私が屋敷に来て、初めて凛と話した時のことか?」

「ええ、そうよ。あの時、アンタは言ったわよね。どっちが先に強くなるか……どっちが先に、相手のことを護れるようになるか、競争だって」



 楽しげだった凛の声の中に、確かな闘志が篭る。

 それと共に、凛の全身を包む炎は、更に熱量と勢いを増していた。

 だが、それは私も同じだった。あの時の約束は、きちんと覚えている。

 私と凛が始めて、お互いの本音を共有しあったあの日。本当の意味で姉弟となることができたあの日こそが、十年間戦い続けた原動力の一つであったことは間違いないのだ。



「あたしはもう、護られるだけの子供じゃない。アンタに護られるだけの弱虫になんて、絶対にならない。それを今から――」



 凛の魔力が高まる。開始の合図こそないが、私たちには最早そんなものは必要ないだろう。

 元より、戦場に合図などない。常在戦場、それが火之崎にとっての常識だ。

 私は凛の全身、それを一つの物体と捉えながら注視し――次の瞬間、凛が右腕を持ち上げていた。



「証明してあげるッ!」



 凛が腕を掲げると共に発現したのは、私を飲み込むほどの炎の奔流。

 恐らくは四級の無詠唱魔法。かなりの難易度を誇るそれを、凛は見事に制御して見せていた。

 これが私以外であれば、十分すぎる不意打ちとなっただろう――だが、《掌握ヴァルテン》を使える私には、術式を読み取ることなど容易い。

 迫る炎へ、私は魔力を吹き上げる右の手刀を強く振り下ろしていた。



「甘いッ!」



 瞬間、発生した衝撃波が凛の放った炎を真っ二つに斬り裂く。

 無詠唱ではあまり収束しきっていないのだろう、炎は両断されると共に霧散し、火の粉となって空間に溶けていく。

 しかし、熱量はかなりのものだった。《不破要塞フォートレス》でも熱を感じていたであろう温度だが、『黒百合』の上からダメージを通せるほどのものではない。

 直撃さえしなければ問題はないだろう――尤も、今の一撃は牽制程度のものだろうが。

 それを理解していたからこそ、私は両断した炎の中へと駆け出していた。

 その向こう側、炎に包まれながら腕を掲げる凛は、既に新たな術式を用意している。



「【集い】【連なり】【爆ぜよ】!」



 その宣言と同時、凛の周囲には無数の火球が出現する。

 あれは、確か父上も得意としていた、爆裂する火球を連射する攻撃性の高い魔法だ。

 流石に、父上のように見上げるほどの量を一度に発現させたわけではないが、あの一発一発が手榴弾に等しい威力を持っているのだ。

 しかも魔力を注ぎ続ける限り弾丸は装填され続ける。総じて、極めて強力な魔法であると言えるだろう。



「それを、圧縮で使うのだからな……!」



 一発程度ならば、防御せずとも防ぎきれるだろう。

 だが、連続して攻撃を喰らい続けてしまっては、当然動きを止められてしまうだろう。

 そうなればいい的だ。そうそう攻撃を受けるわけにはいかない。

 機関銃のように撃ち出される魔法を回避、或いは拳で弾き飛ばし、私は凛へと向かって真っ直ぐに駆け抜ける。

 背後で爆裂する炎の威力を更なる推進力へと変えながら、私は凛へと接近し――次の瞬間、凛が強く右足で地面を叩いていた。



「――っ!?」



 その瞬間、凛の足元で紅の紋様が輝きを放つ。

 そしてそれと同時、凛の足元からは、巨大な火柱が発生していた。

 あれは間違いなく、凛が己の魔力を使って描いた展開式の魔法だ。

 最初に無詠唱で放った炎、あれはあの魔法陣の展開を悟られぬようにするための布石だったということか。



『思ったよりも多芸じゃの。あの魔力によるごり押し、というわけでも無さそうじゃ』

ご主人様マスター、来るよ』

『ああ、進路を遮った、となれば――』



 あれほどの威力の炎に遮られれば、流石にそのまま踏み込むことはできない。

 全身を『黒百合』に包んでいたならばともかく、今の状態では耐え切れるものではないからだ。

 だが――それでも私は、火柱へと向けて直進し、そこから強く地を蹴って跳躍していた。

 そしてその次の瞬間、火柱の向こう側から、凛の強い声が響く



「【集い】【逆巻き】【打ち砕け】」



 再び三級の圧縮詠唱。それと共に放たれた火球は先ほどの火柱を巻き込み、巨大な爆発となって顕現していた。

 まるで炎のドームのように広がる爆炎は、私が先ほどまで走っていた場所を飲み込んで吹き荒れる。

 余波ならまだしも、直撃を受ければ私とて無事では済まなかっただろう。

 それほどの攻撃を躊躇なく放つ辺り、凛もかなりの戦闘訓練を積み重ねてきたようだ。

 だが、私とてそう簡単に捉えられるつもりはない。



「【体躯よ】【巌の如く】」



 火柱の前で跳躍していた私は、既に先ほどの火柱を飛び越え、凛の頭上に到達している。

 先ほどの爆発の規模には少々肝を冷やしたが、熱と上昇気流程度であれば問題はない。

 私は魔力で空中に小さな壁を創り上げ、そこを蹴りながら体重増加の魔法を発動させていた。

 凛へと向けて勢い良く飛び出した私の体重は現在500kg、一級の禁獣にすら有効なダメージを与えられる威力だ。

 重さに関してはもっと重くすることも可能だが、上空からの攻撃の場合、重くし過ぎると地面に埋まるのである。

 しかし、上空から撃ち落とす蹴りの威力は絶大だ。無論、命中しそうになれば止めるが――



「甘いわよ!」



 私が虚空を蹴った瞬間の音を、凛はしっかりと捉えていたようだった。

 凛は全身から噴出している炎をまるでジェットのように使いながら後方へと大きく移動、私へと向かって手を掲げる。

 喰らえば死にかねない攻撃だったにもかかわらず、その口元に浮かんでいるのは楽しそうな笑みだ。

 そして恐らく――私自身にも、同じ笑みが浮かんでいることだろう。



「強くなったな、凛!」

「このぐらい、当たり前だっての!」



 手加減するつもりもなかったが、益々もって熱が入る。

 小さく笑みを浮かべた私は、蹴り砕いた地面より浮き上がった小石を、拳で弾いて凛へと向けて飛ばしていた。

 狙うは顔面。凛ほどの能力であれば、この攻撃を見切れないということはないだろう。

 だが――顔面への攻撃は、どれほど訓練を積んでいたとしても、咄嗟に防御反応を起こしてしまうものだ。

 凛は掲げていた右手で飛来した礫を弾き返し、改めて私へと攻撃しようとする。

 だが、凛も分かっているだろう――



「それでは、遅すぎる」

「――――っ!」



 一瞬であったとしても、視界が遮られたならば十分だ。

 ほんの僅かであれこちらの姿が遮られたならば、後はそのまま死角へと潜り込め。

 相手の意表を突く技法、相手の意識の空白を狙う技法、これらはあらゆる武術において必殺の奥義に通ずる技術だ。

 母上は呼吸するようにこなしてくるため私は慣れているが、相手からすれば突如としてこちらの姿が消えたように見えるだろう。

 凛が掲げていた右手側へと潜り込んだ私は、そのままコンパクトなフックで凛の脇腹を狙い――寸前で差し込まれた肘によって、攻撃を受け止められていた。



「ッ、らああ!」

「ぬ……!」



 今の防御が間に合ったのは、どうやら半ば勘であったらしい。

 或いは、私の姿が消えた瞬間にどちらに来るのか予想を立てていたのか。

 胸中で小さく舌打ちしつつも、私はすぐさま拳を引き、右の拳を繰り出す。

 あまり長く接触はできない。何故なら、凛の全身が炎に包まれているためだ。

 攻撃としての威力自体はさほどでもないのだが、長時間接触していればこちらも熱によるダメージを受けてしまう。

 ある種、母上の《黒蝕纏魔》にも似た、纏っていること自体が攻撃になる技だ。

 こちらは打ち込みづらいにも拘らず、凛は自由に行動することができる。



『こちらの勝ちの目は接近戦しかないというのに……やるものだな、私の姉は』

『感心している場合か、あるじよ! 喰らいつけ!』

『言われなくとも!』



 例え戦いづらくとも、距離を開ければこちらに攻撃の手段はない。

 熱に耐えつつ更なる攻撃へと転じ――その瞬間、私と凛の中間で、強力な爆発が発生していた。





















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