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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第4章 七彩の学友
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074:学校での授業












 色々と予想外が重なった新生活だったが、それでも二、三日もすれば人間慣れてしまうものだ。

 初音も私と家で十分に接触できるおかげか、初日ほどの暴走を見せることもなく、今では落ち着いた『深窓の令嬢』スタイルを取り戻している。

 尤も、初日で崩してしまったイメージがそう簡単に戻る訳もなく、私と初音は今でもしっかりと注目の的になっているのだが。

 まあ、そんな私たちの戸惑いはともかくとして――学校のカリキュラムは、予定通りに進み始めていた。

 内容に関しては、前世から知る高校の学習分野に加えて、魔法に関する理論や実技が含まれたものだ。

 尤も、これらは殆ど、私が先生から学んできた内容であり、簡単な復習程度にしかならないものだった。


 問題は――



『さて、お主の問題の時間じゃが……どうするつもりかの?』

『どうもこうも、やれるだけやるしかないだろう。幸い、私の性質や素性については既に通達が入っているみたいだからな、便宜は図って貰えるはずだ』



 運動着――というよりはむしろ軍隊の演習服といわんばかりの黒いタンクトップと迷彩柄のズボン。

 ブーツはかなり頑丈な安全靴で、戦闘にまで使えることを考慮に入れたような品となっている。

 実用性があるのは良いことだが、随分と物々しい格好だ。

 一緒に着替えている同級生達も、慣れていない者はどこか戸惑った様子である。

 まあ、私が気にしているのは、格好よりも授業の内容なのだが。



『偏った性質を持つ魔法使いも、決して珍しいわけではない。その辺りには配慮がある、という話だ。魔法使いは貴重だからな、無駄な時間を使うのは勿体無い』

『相変わらず、教育熱心な方針じゃのぅ』



 呆れたように呟く千狐の言葉に、私は胸中で苦笑しながら同意していた。

 これから行う授業は、魔法実技の授業である。

 この学校では、卒業時に三級の魔導士資格を得ることを目標としている。

 知ってのとおり、魔導士には甲種、乙種、丙種の三種類が存在しており、授業もそれらのコースに分かれて別々のカリキュラムが組まれているのだ。

 私たち四大の一族の場合は既に資格を持っている場合も多いのだが、それでも授業を受けなければ卒業はできない。

 無論、特級の資格を持つ私でも、それは同じなのだ。



『しかし、久我山も詩織も別コース……ここでは、色々と苦労する羽目になりそうだな』

『お主ならば一人でも何とかするじゃろうに』

『授業はな。問題は――』



 着替えて演習場へと足を運び、そこで既に待ち構えていた者たちを眺めて苦笑する。

 魔法実技の教官ができる人間はそれほど多くはない。そのため、実技では数クラスが合同で授業を行うのだ。

 私たちの場合は、1組から3組までが合同で授業を行う。

 即ち、ここでは初音も、凛も一緒に授業を受けることになるのだ。



『波乱の予感がするな、色々と』

『お主の人生は端から端まで波乱だらけじゃろう、あるじよ』

『否定できないのが痛いところだ』



 少し視線を巡らせれば、一組の列の中に並んでいる二人の姿を発見できた。

 二人は既に私のことを発見していたのか、視線が合った瞬間に小さく笑みを浮かべている。

 あの二人のことだ、私を放置することは無いだろうが、余計に問題が起こる可能性は否めない。

 少なくとも私は、何の問題もなくカリキュラムを終えられるだろうとは、露ほども考えていなかった。

 何故なら、この学校には、火之崎と同じようなカースト制度が存在しているからだ。

 このシステムは甲種、乙種、丙種それぞれ別に存在しており、上位者であればあるほど学校内の施設や進路で恩恵を受けられるようになっている。

 座学でも順位は変動するが、大きな影響力を持っているのは魔法実技であり、当然ながら初音たちはトップクラスの上位者だ。

 そんな彼女達と私が絡んでいれば、難癖を付けたがる人間は必ず出てくるだろう。



『……問題があったら黙らせればいい。ご主人様マスターなら余裕』

『まあ、他の四大の宗家でもない限り、何とかできる自信はあるがな……』



 リリの言葉に、私は苦笑しつつ頷く。

 尤も、同学年にいる四大の宗家は初音と凛だけだ。

 他の面々は上の学年であるし、そうそう絡むようなことはないだろう。

 そう胸中で頷きながら列に並ぶと、前方で待ち構えていた人物が、ゆっくりと整列した学生達の前に進み出る。

 私たちと同じような訓練着に身を包んだ、一人の男性。

 その彼が持つ雰囲気と、完璧に制御された魔力を認識し、私は思わず視線を細めていた。



『……あれが、《万色》――国防軍のエースである魔導士か。こんな所で教官をやっているとはな』

『国防軍は暇なのかのぅ?』

『あれほどの人物が暇ということはあるまい。だが、同じだけ後進の育成を重要視しているのだろうさ』



 本当に極端な方針ではあるが、この国は魔導士の強化に対して非常に熱心だ。

 それこそ、軍でもトップクラスの実力を持つ魔導士を、こうして教官として出すほどに。

 国防軍は国防省の管轄であるのだが、この辺りは魔法院とも連携が取れているということなのだろう。

 確か、この学校の学長も国防軍の人間だったはず――



「――揃ったな」



 ――その声が響いた瞬間、学生たちは一斉に沈黙していた。

 硬く、そして力強い声。それ自体に魔力が篭っているかのような、強靭な響き。

 立った一声で場を支配してしまったその人物に、私は思わず感嘆の吐息を零していた。

 まるで、母上を目の前にしたときのような緊張感だ。



「紹介は事前にされているだろうが、改めて名乗ろう。俺は神山かみやま修吾しゅうご――この魔法実技の授業において、三年間貴様らの訓練を担当する者だ」



 重く、そして有無を言わさぬ口調を聞きつつ、私は沈黙を保ったまま《掌握ヴァルテン》を発動させていた。

 一切乱れることのない彼の体勢からは、全く魔力の流出を感じ取ることは出来ない。

 即ち、彼は現状で、既に《装身》を使用しているのだ。

 私や母上のように、施術を行ってその状態を維持しているわけではないだろう。あれを行えるのは先生だけだ。

 つまり彼は、このような平時であったとしても、常時《装身》を維持し続けられるような制御力を有していることになる。

 さすがは国防軍のエース、といったところか。少なくとも、彼の実力は私よりも遥かに上――恐らく、火之崎の分家当主に匹敵か、或いはそれ以上の実力を有しているだろう。



「あらかじめ通達はしておいたが、魔法実技の授業においては、国防軍の軍規に則った条件で訓練を行う。俺は上官であり、貴様らは部下として、訓練課程に当たるということだ」



 これはあらかじめ、それも入学前から通達されていることだ。

 魔導士、特に甲種の魔導士は、国防軍と行動を共にする機会がある可能性は否定できない。

 そういった時に、軍の足並みを揃えることを目的として、学生達には彼らと同じ訓練を課しているのだ。

 尤も、これは訓練生課程の序の口程度の内容であり、いきなり正規部隊に匹敵するような訓練が課される訳ではない。

 要は、国防軍と足並みを揃えられるだけの下地を作ることが目的なのだ。

 とは言え――あの神山教官が、そのような甘えた態度でいることを許してくれるとは、私には到底思えなかったが。



「俺からの指示は上官からの命令だと思え。命令に背く行為、また規定違反は軍規に則った処罰が課せられる。心しておくように」



 学生達の中には、そこまでの覚悟を持ってこの場に当たっている訳ではない者もいるだろう。

 だがそれでも、不満を口にするような学生は一人としていなかった。

 あらかじめ知っていた、というのもあるが――そもそも、あの凶悪な人相の神山教官に対し、口答えできる人間がいなかったのだ。



「このクラスは、1組から3組までの合同クラスだ。貴様らは、全員が旧式魔法エルダースペルへの適性を持っているため、課程には旧式魔法エルダースペルの習熟が含まれる。その分、訓練の密度は濃い。理解したか?」

『はいっ!』



 返事をしたのは、中学からこの学校に通っている面々だ。

 どうやら、このような問答にも慣れているらしい。

 返事を受けた神山教官は、僅かに頷いた後、学生達を睥睨して言い放った。



「このように、俺の問いには返答を返せ。今回は初めてであるため見逃すが、次からは欠かすな。分かったか?」

『はいっ!』



 今度は、この場にいる学生達全員の返答だ。

 まあ、流石に言葉尻は揃っていなかったが、あまり長く問答をして時間を縮めるつもりもないのだろう。

 神山教官は、再び頷いてから続けていた。



「では、現状の実力を鑑みて、四人一組のチームを形成する。これから行うのは、チーム分けを目的とした現状の能力分析だ。呼ばれた者から順に実技試験を受けろ――ああ、火之崎、水城、貴様たちは必要ない。揃ってチームを組め」

「分かりました」

「承知いたしました、教官」



 率直に返事をする凛と、恭しく頭を下げる初音。

 初音の態度には若干やりづらそうな表情を見せた神山教官だったが、彼はふと、その視線を私のほうへと向けていた。



「ああ、もう一人いたな。灯藤、貴様も試験は不要だ。火之崎、水城たちのチームに加われ」

「っ……了解しました」



 その言葉には驚いたものの、何とか私は首肯を返していた。

 まさか、いきなりそのような判断をされるとは思ってもみなかったのだ。

 確かに、経験や実力で言えば、現状で特級魔導士の位を得られる人間などほぼ皆無であるのだが、この裁定は少々予想外だった。

 だが、流石にこれでは、納得できない人間がいるのではないか。

 ――そう考えた瞬間だった。



「待ってください、教官!」



 初音たちの所へ向かう私を呼び止めようとするかのように、一組の方から大きな声が上がる。

 聞き覚えのあるその声を発したのは、案の定と言うべきか、入学式の時に私に絡んできた仙道だった。

 私の方へと強い敵愾心の篭った視線を向けている彼へ、神山教官は面倒くさそうに声を上げる。



「何だ、仙道。不満があるようだな」

「それは……っ、納得ができないんです! 水城さんと火之崎さんが別枠と言うのは分かります。ですが、灯藤がそれと同じ扱いというのは納得ができません! 何故三組程度にいる彼が、水城さんたちと同じチームに割り振られるのですか!? 足を引っ張るに決まっている!」



 その言葉に内心で苦笑し、私は視線を彼の後ろへと向ける。

 彼ほど言葉は大きくないが、一組にはどうやら彼と同意見の存在が何人かいるらしい。

 まあ、知らなければその反応も無理はないとは思うが――この場でそれを言い出すとは、中々度胸のある少年だ。

 しかし、これをそのまま放置するというわけにも行かないだろう。

 この不満を放置していれば、後々で大きな禍根となりかねない。

 そしてどうやら、これは教官も同意見であったらしい。腕組みした神山教官は、僅かに呆れを交えた声を上げていた。



「足を引っ張る、か……典型的な奴だな。だが、これをこのまま放置しても面倒か。ならば、いいだろう」



 腕組みをした指先で腕をとんとんと叩きながら、神山教官は軽く嘆息する。

 まさに、非常に面倒だといわんばかりの表情で、彼は仙道に対して告げていた。



「仙道と灯藤、貴様ら二人で模擬戦を行え。勝ったほうが、火之崎たちのチームに入ることとする」

「っ、ありがとうございます!」



 既に勝った気でいるらしい仙道は、そういって勢いよく神山教官へと頭を下げる。

 そんな彼の様子に、私は堪えきれず苦笑を零していた。

 いやはや、若いものだ。勢いがあるのはいいことだが、少々無鉄砲な少年だな。



『お主も悠長じゃのぅ。ああも分かりやすく喧嘩を売られておるのじゃぞ? もう少し立場を分からせてやったらどうじゃ』

『これから嫌でも知ることになるだろうさ。流石に、加減して負けてやるつもりもないからな』



 胸中で呟いて肩を竦め――そこで、顔を上げた仙道と視線が合う。

 若く、だが確かな野心を胸に秘める少年は、私に対して不敵な笑みを浮かべていた。



「覚悟しろ……どんな手を使ったのかは知らないが、化けの皮を剥がしてやる」

『化けの皮、か。確かに剥がれるじゃろうな。被っておった皮は猫の皮じゃが』



 楽しそうに笑う千狐に、私は思わず苦笑を零す。

 まあ、こうなってしまった以上は、真剣に戦うしかないだろう。

 せめて、少年がこの程度で折れないことを祈るとしよう。

 内心で猛っているリリのことを抑えつつ、私は模擬戦に了承して舞台の方へと移動を開始していた。






















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