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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第4章 七彩の学友
73/182

073:自宅にて












 今日は入学式だけであり、昼前には解散となっていた。

 そのため、自宅についたのもそれなりに早い時間であり、私たちはまだ昼食もとっていない状態である。

 まあ、最初はリリが何か適当に作るか、それともどこかで買ってくるかと考えていたのだが――



「まさか、初音が自分で作ると言い出すとはな」

「意外だったかな?」

「……まあ、初音はお嬢様だから、そこは意外でしたよ」



 普段着に着替え、その上からエプロンと三角巾を纏う初音の姿をテーブルから眺めつつ、私は皆瀬さんの言葉に苦笑する。

 初音は水城のお嬢様であり、基本的に料理などは作る側ではなく作られる側だ。

 自分で何かせずとも食事は出てきただろうし、これがもしも火之崎であるならば、そんな時間があるなら修行をしろといわれるところだ。

 事実、凛も姉上も、確か料理はできなかったはずである。まあ、母上の場合は山の中で半ば自給自足の生活をしていたため、若干偏った知識の料理は作れるのだが。

 ともあれ、同じく四大の一族である初音が料理を作れると言うことは、私にとっては少々意外だったのだ。



「……どちらかと言えば、貴方が作る側なのでは?」

「ん? ああ、まああたしも料理ぐらいは出来るけどね。って言うか、あの子に料理を教えたのはあたしだし」

「貴方が元凶か。それで、何故初音に料理をさせようと?」

「察してやりなよ、色男。あの子が花嫁修業をしたがる理由なんて、一つだけだろうに」



 その言葉に、私は思わず渋面を作って沈黙していた。

 そう言われれば流石に否定は出来ない。初音が積み重ねてくれたことは、全て嬉しく思っているのだから。

 だが、魔法の修行もあっただろうに、それに加えて他の勉強も行っていたと聞かされれば、流石に心配してしまう。

 料理に関しても、あの体の成長具合に関しても、色々と時間を要したことは想像に難くないのだから。



「……あまり、無茶はして欲しくないのだがな」

「それはアンタが言われる側でしょ、無理無茶無謀はアンタの専売特許なんだから」

「いや、それは――」



 あの病院の時だけだ、と言おうとしたのだが、十年間の間にもかなり無茶をしてきた自覚はあるため、私は軽く嘆息して沈黙していた。

 私としては、私自身がどれだけ無茶をして傷つこうが構わないのだが、それを言ったところで誰も納得はしてくれないだろう。

 自分を棚に上げた発言では、相手を納得させることなどできないのだ。

 とは言え、私も自分の性質を変えられるというわけではないのだが。



「……まあ、いい。あの子も頑張った、と言うことか」

「言い方が相変わらず子供っぽくないねぇ。まあともかく、アンタは素直に、あの子のやることにコメントつけてあげなよ。その方が、あの子も嬉しいだろうからね」

「大層なコメントを付けられるわけではないのですがね」



 様々なものを食べてきた経験こそあるが、別段食べただけでそれがどのようなものであるかを判別できるほど舌が肥えているわけでもない。

 初音が料理に努力を傾けていたとしても、その努力を全て汲み取ってやれるかどうか、私には自信がなかった。

 そんな私の不安に対し、千狐が呆れたような口調で声を上げる。



『そこまで気にすることでもなかろう。美味ければ美味い、不味ければどこが不味いのか言ってやればよい話じゃ』

『……そんなものか?』

『長い付き合いになるのじゃぞ? どんなものが好みなのかを教えるようにすればよい話じゃ』



 時々思うが、千狐は何故こうも対人慣れしたような助言を発することができるのか。

 千狐の場合、会話をしたことがある相手は私とリリだけのはずなのだが。

 浮遊しながらこちらのことを見下ろしている千狐の姿に対し、内心で疑問を浮かべていると、ちょうどそこに料理を終えた初音が戻ってきた。



「お待たせ、仁。料理、ちゃんと出来たよ」

「ほう、どれどれ?」



 初音が盆に載せて持ってきたのはご飯と味噌汁。どうやら、今回は和風で行くらしい。

 次いで持ってこられたのは、アスパラを豚のばら肉で巻いたものを焼いたような感じの料理だった。

 米や調味料などは一応あったのだが、アスパラガスなどこの部屋に置いてあっただろうか?

 先生がお土産にとくれた野菜や山菜の中にも入っていなかったと思うのだが、まあ恐らく皆瀬さんが買ってきたのだろう。

 冷蔵庫の中にあるものを見てからどのようなものを作るか決めたと言うことは、それだけ料理に慣れていることの証である。

 どうやら、初音の料理の腕は、一朝一夕に身につけたものではないらしい。



「これは、大したものだな」

「もう、食べる前から褒めすぎだよ。はい、皆瀬さんとリリちゃんも」

「あいよ。けど、あたしたちは向こうに行って食べてるから」

「え? 別に、そこまで気にしなくても――」

「お若い二人の会話とか、既婚者には胸焼けがしそうだからね。ごゆっくり、って奴さ」



 ヒラヒラと手を振る皆瀬さんは、片手に料理を持ってリリを促しながら離れた場所にあるもう一つのテーブルへと向かう。

 リリは若干こちらのことを気にしていたが、どうにも皆瀬さんの言葉にも理解を示しているらしく、そのまま一緒に別卓へと向かっていった。

 私と初音は今のテーブルに取り残され、しばし見詰め合って沈黙する。

 ――そしてそんな奇妙な緊張感に、私たちは同時に吹き出していた。



「はははっ」

「ふふっ……もう、変に気を遣うんだから。仁、一緒に食べよう?」

「ああ、勿論だ。ほら、席について」



 エプロンを外す初音を正面の席に促し、私は改めて食事を並べ直す。

 ボリュームは中々。初音自身がそれほど食べる印象はないから、私を意識しての量だろう。

 まあ、これでも体は十代半ばの男なのだ。かつての感覚と比べると、確かにいくらでも食べられるような錯覚を覚えてしまう。

 肉体作り自体はほぼほぼ完了しているし、食事の制限も最早必要ない。

 何より、初音の作ってくれたものだ、残さず食べるようにしよう。



「では、いただきます」

「はい、召し上がれ」



 ニコニコと、しかしどこか緊張した様子でこちらを見つめる初音の視線を浴びながら、私はまずメインであるアスパラの肉巻きに箸を伸ばす。

 少し外見を眺めた後、頭から大きく齧り付いて――私は思わず、ほうと小さく唸っていた。



「……美味いな」

「本当!?」

「無論、嘘は言わんさ」



 率直に口から零れた感想に、初音は表情を輝かせて身を乗り出す。

 本当に嬉しそうな彼女の様子に、私は思わず苦笑しつつも残りを口に放り込んでいた。

 うむ、やはり美味い。下味もしっかりと付いているし、中まで火が通っているおかげかアスパラも柔らかい。

 適当に作っただけでは、ここまできちんとした料理にはならないだろう。



「ああ、ちょうどいい味付けだ。胡麻油で香り付けをしたのか、箸が進むな。ご飯もふっくらと炊き上がっているし、味噌汁もいい塩梅だ」

「そっか……良かった、口に合って。あ、お味噌汁の具はジャガイモとネギだったけど、良かったかな?」

「私としては、ワカメやたまねぎが好みだが、これも十分に美味しいさ」

「成程……うん、今度作ってみるね」



 初音は胸を撫で下ろしながらも、次への意欲を見せている。

 しかし、これは望外の美味さだった。ちらりと後方へ視線を向けてみれば、案の定、リリが目を輝かせて食事を口に運んでいる。

 まあ、手を崩して直接取り込もうとしていないだけまだ理性はある様子だったが、リリも随分と気に入ったようだ。



「大したものだな。簡単に見えるが、下ごしらえにかなり気を遣っているだろう?」

「あはは、そんな大したことじゃないよ。あんまり時間をかけた料理って訳でもないからね」

「それでも大したものだとも。正直、これほど美味い料理を食べられるとは思ってもみなかった」



 リリも料理は出来るのだが、基本的に人間とは感覚が異なるため、手順を規定どおりに辿るようなやり方しかできない。

 また、先生や母上の場合、結構ヘルシーな料理ばかりで、若者の胃袋からすると若干物足りない部分があったのだ。

 どちらも不味くはない、と言うより十分美味かったのだが、それでも初音の料理には及ばない気がした。

 いや、というよりは――



「私に合わせて作ってくれた料理、か……嬉しいものだな、本当に」

「そ、そこまで褒められることじゃないけど……うん、でも、仁に美味しく食べてもらいたいって、ずっと思ってたから」



 どこか誇らしげに胸を張る初音に、私も賞賛の笑みを向ける。

 相手のことを思い、相手に合わせて作った料理。それは、どんな高級料理をも凌ぐような絶品となり得るものだ。

 初音はまだ、私の味の好みなどはよく知らないだろう。これから料理を続けていれば、それも少しずつ調整されていく筈だ。

 日々の楽しみが増えた、と言うことができるだろう。これから、食事時が楽しみになるはずだ。

 まるで、あの頃のような――



「……仁、どうかしたの?」

「っと……すまん、少し物思いに耽っていたな」



 脳裏に浮かんだ光景を振り払い、私は初音に笑いかける。

 今はただ、この望外の幸福を文字通り噛み締めておくべきだろう。



「しかし……料理まで修業しているとはな。私は魔法――というより戦闘技能の訓練ばかりで精一杯だったが、初音はそれに加えてだろう。大したものだな」

「お婆様はいつでも訓練を付けてくれるわけじゃないから、時間が取れないときは自主訓練と、それから料理の練習もしてたの。それに、料理って意外と魔法制御の練習にもなるんだよ?」

「ほう、料理に魔法を使っているのか?」

「うん。仁も知ってると思うけど、魔法で精製された水は魔力の質や純度次第で綺麗になるから、水城の水は凄く綺麗なんだよ。それに、温度とかも自由自在だから」

「成程、水の状態を自在に変化させながら調理ができるわけか」



 一定の状態を保つだけならばまだしも、状況に合わせて性質を変化させるとなると、中々根気のいる作業になる。

 確かに、そういう風な扱い方をするのであれば、魔法制御の訓練にもなるだろう。

 ただでは転ばない辺りが四大らしいと言うべきか。初音の発想に、私は思わず苦笑を浮かべていた。



「まさか、他の家事も練習していたのか?」

「いやぁ、流石に全部は手が回らなかったから、掃除洗濯とかは使用人に任せてたけど……でも、料理は任せて。仁のために、美味しいご飯を作るから」

「私ばかりではなく、自分の舌に合うものも作るべきだぞ?」

「大丈夫、自分で食べれないようなものは味見もできないし、そんなのは作らないから。それに――誰かに美味しいって言って貰えるのって、本当に嬉しいことだから」



 そう言って、初音は柔らかく笑う。

 本当に、心の底から嬉しそうに。

 それは、私がずっと見たいと思っていた――当たり前の笑顔だった。



「負担では、ないんだな?」

「勿論。時間的に大変だったら薫さんにも手伝って貰うしね」

「そうか……それならいい。今後も、美味い食事を期待しているぞ?」

「うん、任せて! 仁に美味しいご飯、食べさせてあげるから!」



 私の言葉を請けて、初音はにこやかに笑う。

 その表情に満足しながら、私は食事を片付けて行ったのだった。

 初音と共に暮らすという点について、気にならないと言えば嘘になってしまうのだが、これほどの料理を用意されてはぐうの音も出ない。

 曾孫云々はともかくとして――私はいつの間にか、初音と共に暮らすことについて肯定的になっていた。


 ――尤も、料理によって買収されたリリまでもが結託して、私と初音の関係を深めようとしてきたのは予想外だったが。





















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