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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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007:幼い憧れ












「えっと、えっと、その……」

「うむ、慌てなくていい。お前をどうこうしようという訳ではないんだ、ゆっくりと落ち着いて話してくれ」



 背後に回りこんで捕まえた少女。

 彼女は、私の言葉に従い大人しく着いてきてくれたのだが、その緊張の度合いは前にも増して酷いものになってしまっていた。

 とりあえず、彼女をベンチに座らせ、私も若干距離を開けて彼女の隣に腰掛ける。

 座った時に溜息が出そうになってしまうのは、年寄りだった頃の癖なのか――そんな益体もないことに胸中で苦笑しつつ、私は彼女の言葉を待っていた。

 やがて決心がついたのか、顔を上げた少女は、ぐっと腹に力を込めた様子で声を上げる。



「あ、あの! わ、わたし、みずきはつねって言います!」

「元気のよい自己紹介だ。私は火之崎仁、よろしく頼む」



 しかし……みずき、はつね。水城みずき初音はつね、か?

 この姓に関しては、私も心当たりがある。何故ならそれは、私の家系である火之崎とも密接な関係がある家系だったからだ。

 護国四家、四大しだいの一族――地水火風の四属性に特化した、日本でも最大の戦力を誇る戦闘集団。

 この国の国軍に当たる国防軍が求めるものが『安定した性能』であれば、四大の一族が求めるのは『極限の力を持った個』だ。

 勢力の大きさで言えば間違いなく軍の方が大きいが、個人の持つ力で言えば間違いなく四大の一族が上。

 その一角が火之崎であり、そして水城なのだ。

 彼女のこの、あまりにも透き通った蒼い瞳――これは、四大の一族が一角、水城に属する者の証だろう。



「では水城、君はどうして私のことを見ていたんだ?」

「それは、その……ご、ごめんなさい」

「謝る必要はない、迷惑を被った訳ではないからな。だが、素直に謝ろうとするその姿勢は感心だ。いい子だな、お前は」

「あ、あぅ……ありがとう」

「ああ、どういたしまして。それで、話を戻すが……何か、事情でもあるのか?」



 四大の一族について私が知っていることは、図書室の歴史書で読んだことと、後は千狐が集めてきた一部の情報程度だ。

 母上はあまり、私に一族のことを話してはくれない。

 才のない私を遠ざけようとしているのか……父親とも会ったことは無いし、その線が濃厚だろう。

 尤も、私はあまり気にしていないが。どのような関係であれ、私がやることに変わりは無いのだ。


 私のことはともあれ、今は初音の事情だ。

 彼女は果たして、なぜ私のことを見ていたのか。

 四大の一族、水の属性を司る水城については、正直あまり情報を持ってはいない。

 本で読んだ一般的な知識、そして火之崎とはあまり良い関係とは言えないということ――その程度だろう。

 正直、それだけでも十分に厄介な状況であると言えるのだが。


 彼女は、私の姓を聞いても動揺した様子は無い。

 今の彼女に感情を隠すことは出来ないだろう。火之崎に対して隔意を抱いていないのか、或いは純粋に事情を知らないのか。

 どちらにせよ……『水城』を名乗れる、つまり宗家の出である彼女がこの病院に入院している時点で、何かしら厄介な事情があるのは間違いないだろうが。



「あ、あの、その……ほのさき、くん」

「ああ。そうだ、呼ぶ時は名前で構わない。姉妹がいるのでな」

「あ、うん。仁くん、だね。それならわたしも、はつねでいいよ」

「分かった。よろしく、初音」



 あまり、四大の一族の姓で呼び合うことは好ましくない。

 それも、あまり仲のよろしくない火之崎と水城では尚更だ。

 周囲にいらない誤解を与えることにもなりかねないだろう。

 とりあえず名前で呼び合うことを了承して、私は初音の言葉を待つ。



「あの、ね、仁くん……仁くんは、魔法、つかえるんだよね?」

「む……ああ、確かに、使えるな」



 それ自体に間違いは無い。

 ただし、私が現状習熟している魔法は精霊魔法スピリットスペルである《掌握ヴァルテン》だけだ。

 これは即ち私固有の魔法であり、誰かに説明できるようなものではない。

 それ故に若干はっきりとは頷けないものであったが、普通の魔法も使えない訳ではないのだ。

 しかし問題は私自身ではなく、このような話を口にした初音の方だろう。

 この位の年頃の幼児が、魔法に対して抱いている印象など、おおよそ決まっているのだから。



「仁くん……わたしに、魔法をおしえてほしいの」

「それは、どうしてだ?」



 内心『やはり』と思いながらも、私は初音にそう問いかける。

 頭ごなしに否定することは簡単だろう。子供には理屈が通じない以上、理詰めで説得することは難しい。

 ただ危険だからといっても、そうそう納得はしてくれないだろう。

 物分りの良いこの少女であったとしても、それは同じはずだ。

 故にこそ、私は問いかける。彼女が、いかなる理由で魔法の技術を欲しているのか。

 その言葉に、初音は小さく頷いて続けた。



「わたしね、ちゃんとべんきょうしたんだよ。それで、練習して……起きたら、びょういんだったの。それで、魔法をつかっちゃいけないって……」

「……ふむ」



 少々、私の想像していた状況とは異なることを理解し、視線を細める。

 彼女は既に魔法の使い方を理解している。魔力を制御し、術式を編み、魔法という現象を発動させることを知っているのだ。

 その上で、彼女の身に何かが起きた。そしてそれは、彼女を病院に入院させなければならないほどの『何か』だ。

 それが一体どのような問題なのかは、彼女も理解していない様子だ。

 だが――それが分からない限り、魔法を使わせることは絶対に出来ないだろう。

 事実、遠巻きではあるのだが、彼女に対する監視の目が感じられる。

 今はまだ、子供同士の遊びだと思われているのだろう。だが、魔法を使わせてしまえば、最早子供も何もない。

 流石に、それをさせる訳にはいかないだろう。


 ――逆に言えば、魔法を使わせなければいいのだ。



『関わるつもりか、あるじよ?』

『お前以外に話し相手のいない入院生活というのも、そろそろ飽きてきたからな。多少手を貸すぐらい、問題はない』



 多少家同士の仲が悪いといっても、流石に事情も知らぬ子供同士に争いを強要させるほどではない。

 初音に対する手助け程度であれば、魔法を使わせようとしない限りは大丈夫だろう。

 それに、定期的に釘を刺しておかなければ、どこで魔法を使ってしまうか分かったものではない。



「初音。私はあまり、安易に約束をしてやることは出来ない。お前が魔法を使えば、私はお前と二度と会えなくなるだろう」

「……うん」



 殊の外、初音は素直に頷く。

 薄々ながら、自分に何が起こったのかを理解しているのだろうか。

 まあ、知っているにしろ知らないにしろ、初音が魔法を発動させることは不可能だ。

 だが、それでも――



「だから、お前に魔法を使わせてやることは出来ない。だが、その前段階までならば、私はお前に協力しよう」

「え……?」

「とりあえず、原因究明からいくとしようか。初音、手を出してくれ」



 告げて、私は初音へと向けて手を差し伸べる。

 勢いに押されているのだろう。彼女は、言われるがままに私の手を握っていた。

 幼く柔らかな、何の穢れもない少女の手。

 少しだけ、それに触れることに戸惑いを覚える。子供に触れることを躊躇うようになったのは、一体いつの頃だったか。

 下らない感傷を胸中に封じ込め、私は彼女の手を握ったまま続ける。



「では初音、お前は、体内で魔力を操作することは可能なんだな?」

「う、うん。それはできるよ」

「ではその延長として、魔力を少しだけ手に滲ませてくれ。出来るか?」

「や、やってみる」



 頷き、初音は目を閉じて集中を始める。

 無駄な動作ではあるが、この年齢で魔力操作が出来るだけでもかなりのものだ。

 そんな彼女の様子を観察しながら、私と千狐は《掌握ヴァルテン》の術式を準備していた。

 そしてその直後、初音の手から、彼女の魔力が発現し始める。

 術式を解さない魔力は、基本的には物理的な影響を発生させることは出来ない。

 故に、魔力を発するだけならば、周囲に与える影響はほぼ皆無といってもいい。

 ――だが私は、初音から発せられた魔力に対し、若干慌てながら《掌握ヴァルテン》を発動していた。



「……初音、私は少しと言ったのだが」

「う? す、少しだよ?」

『あるじよ、妾はもう何となく原因が分かったぞ』



 周囲に拡散しようとする魔力をこの場に留め、その上で細かく霧散させながら、私は千狐の言葉に胸中で同意していた。

 流石は四大の一族宗家の出と言うべきか、初音の持つ魔力量は、おおよそ私の三倍以上と言ったところだろう。

 千狐の言う魔力量で言うならば、4000弱ほど。対する今の私は、日々積み重ねた上で1200強程度だ。

 初音の魔力量は、日常的に増幅の修行を行ったわけではなく、純粋な魔力容量の成長によるものだろう。

 不条理すら感じてしまうほどの差ではあるが、既に5000を越えている我が双子の姉を考えればその考えも霞むだろう。

 実際のところ、彼女らの持つ魔力量は、既に一流の魔法使いのそれに匹敵する。

 これこそが、血を保ち力を積み重ねてきた日本の頂点、極限の個を求める四大の一族の力なのだ。


 だが初音の場合、その魔力量が仇となってしまっているのだろう。



『これだけの魔力量に対し、制御力があまりにも貧弱じゃ。見たところ感応能力も一級品なのじゃが……操れんのでは宝の持ち腐れじゃな』

『初めて魔法を発動した際に、暴発させてしまったのだろうな。この制御力では、術式を保つことも難しい』



 これだけの量の魔力が制御を失ったら、果たしてどうなってしまうのか。

 恐らく、それが彼女の入院の原因となったのだろう。

 言ってしまえば隔離のようなものだ。ここならば、たとえ制御を失って暴発したとしても、即座に対応することが出来る。

 今外に出てきているのは、私と同じようにしばらく大人しくしていたからだろうか?

 部屋は私と同じように広く貸し切りになっていそうではあるが。



『しかし、これは殆ど制御できておらんの。《掌握ヴァルテン》とて、他者の魔力などそうそう支配できるものではないのじゃが』

『初音の意思が通っていないのだろうな。おかげで、周囲に気づかれることなく魔力を散らすことは出来たが』



 魔法の才能を測る場合において、重要とされる要素は三つ。

 魔力容量、魔力制御、魔力感応だ。初音の場合、この内の魔力制御が決定的に欠けている。

 この状況では魔力感応はさっぱり分からないが……何にしても、魔力制御を向上させる必要があるだろう。

 幸いなのは、魔力制御は訓練によって伸ばすことが出来る要素であるということだ。

 訓練次第で、少なくとも暴発するこの現状は打破することが出来るだろう。



「……分かった、魔力を止めてくれ、初音」

「う、うん」



 私の言葉に頷き、初音は手間取りながらも魔力の放出をストップする。

 私は滲ませるだけと言ったのだが……ほぼ制御できていないのならばこんなものだろうか。

 しかし、これほどの放出ならば、水城の家の者も最初に彼女が制御できていないと気づくと思うのだが。



『前提が異なるのじゃろう。最初にとりあえず放出させて、魔力の操作ができるかどうかを確かめたのじゃ。それが最低限の出力であるということに気づかなかったのじゃろうて』

『そこまで杜撰なのか? 他にも何かありそうな気はするが……まあ、そこまで踏み込むべきではないだろうな』



 ともあれ、原因は分かった。

 原因は初音の制御力不足。訓練次第で矯正することが可能な能力だ。

 それに、千狐の協力があれば彼女の制御力向上も上手くいくかもしれない。

 私は小さく頷き、初音に告げていた。



「初音、お前の現状について理解できた。協力させて貰おう」

「ほ、ほんと!?」

「ああ、私も初心者だし、確約してやることは出来ないが……少しでも、力になることを約束しよう」

「あ……ありがとう! ありがとう、仁くん!」



 幼いとは言え、心の底から悩んでいたのだろう。

 私もそうではあるが、魔法を使えないことは、四大の一族にとって致命的であるとも言える。

 まだ幼い子供だ、そのような悩みなどなく、笑顔で健やかに生きるべきなのだ。

 私に出来ることは、それをほんの少し取り除いてやることだけ――と、そこまで気負うつもりはないが、子供の為だ、やれることはやってみるとしよう。



「では、早速始めるとしようか――」



 ――子供は、笑顔が一番なのだから。





















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