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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第4章 七彩の学友
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068:再会











 病院時代以来のベッドでの睡眠を経て、次の日の朝。

 いつでもどこでも寝られて起きられるように訓練されている私は、特に問題なく十分な睡眠をとり、しっかりと制服を着込んで学校へと出発していた。

 あの広すぎる部屋の中には、昨日分裂したリリの分体たちが常駐しており、部屋の防衛と管理を担ってくれている。

 昨日見たところ、どうにもそこらじゅうに危険な迎撃術式を仕掛けまくっていたのだが、まあ正規の手段を踏んで入れば問題ないようであったため、気にしないことにした。

 ちなみに、本体であるリリは、普段どおりに肌着となって私の体に張り付いている。

 夏服になったら目立ってしまうため、色を変えてもらう必要があるかもしれないが――まあ、今はいいだろう。



『しかし、つくづく良い立地じゃの。そこそこゆっくりと出発しても、十分に間に合う場所じゃ』

「まあ、部屋から学校が見えている距離だしな。部屋に関しては色々と面食らったが、住めば都と言うべきか」



 まあ、そのコメントは少々罰当たりかもしれないが。

 このマンションから学校までは、歩いて十分程度の距離だ。

 山の中と同じ方法で全力移動すれば、一分も掛からず到着できるだろう。

 朝から電車に揺られなくて済む、と言うのは中々気が楽な出勤である。

 それほど近い距離の場所だからだろう、周囲には何人かの学生の姿を散見することができた。

 同じ制服を着ている以上、彼らもあの学校の生徒であることに間違いはないだろう。



「ふむ……私が学生服を着ているというのも、中々に奇妙な状況と言うべきか」

『今更じゃろうが。似合っておるぞ、あるじよ』

『うん。とっても立派』

「ま、褒め言葉はきちんと受け取っておくよ」



 二人の言葉に苦笑しつつ、あまり中身の入っていない鞄を手に通学路を進む。

 周囲にいるのは若い学生達。だが、その中には私の知る学生とは少々異なる様子の者たちもいた。

 きょろきょろと周囲を見渡し、まるで警戒しているような動作の者。

 固い表情で、しかし真っ直ぐと前を向いている者。

 彼らは、学生と言うには少々真に迫った表情を見せている。

 学生らしい、楽しげで悠々とした足取りの者も多い中では、そういった面々は少々目立っていた。



『あれらは、お主のような魔法使いの大家と繋ぎを付けたい連中じゃろうな。良い人員候補なのではないか、あるじよ?』

「ハングリー精神があるのはいいが、片っ端から誘うわけにも行かんよ。分家の末席とは言え、灯藤も火之崎だ。生半可な人員では立ち行かん」



 むしろ、人員に求められる能力と言う点では、火之崎は最も厳しいと言っても過言ではないだろう。

 能力第一主義の火之崎に入ってくるのであれば、中途半端な覚悟では一ヶ月と持たないはずだ。

 根気と能力、その両面を持ち合わせた人間を確保する必要があるだろう。

 何にせよ、一日二日でどうにかなるような話ではない。時間をかけて見出していくべきだろう。



「しかし、まだ若い子供達が、ああも必死にならなければならないとは……新興の魔法使い達というのも、大変なのだな」

『そうやって苦労を慮ってやれる四大がどれだけおるのかは知らんがな。あ奴らにとって、古い慣習が根付く魔法使いの世界は厳しい場所じゃろうて』



 千狐の言葉に、私は無言で肩を竦める。

 学生の身分で悲しいことではある。だが、彼らが通うのは魔導士を育てるための学校だ。

 国防を担う魔導士には、それ相応の権利と義務が課せられる。

 あえてその世界で生きようとするのであれば、そこで適応していこうとするための努力がどうしても必要になるのだ。

 子供の世代であるとは言え、魔導士を目指す以上、生半可な覚悟では歩むことはできない。

 私に出来ることは、彼らの健やかな成長を祈ることだけだ。

 と――学校に近づき通学路を歩く学生の数も増えてきた頃、私はふと、周囲が妙にざわめいていることに気がついた。



「む? 何かあったのか?」

『あるじよ、校門の辺りが妙に視線を集めておるようじゃぞ?』



 千狐の言葉の通り、周囲の学生達の視線は、皆一様に校門の方へと向けられている。

 釣られるように、その視線の先へと目をむければ――そこには、三人の少女の姿があった。



「っ……!」



 そして、その姿に。私は、思わず息を止めていた。

 三人が三人とも、美しさと可愛らしさを兼ね備えた、年頃の少女らしい印象を持つ者たち。

 だがそのうちの二人に、私はこれ以上内ほどの見覚えがあったのだ。

 一人は、黒い髪を細いツインテールに縛った小柄な少女。彼女は、その勝気な紅の瞳に呆れを浮かべ、隣にいる少女の姿を見上げている。

 その後ろに苦笑を浮かべて立っているのは、亜麻色の髪をした、女性らしい丸みを帯びた少女。彼女に見覚えはないが、他の二人に勝るとも劣らぬ美少女だ。

 そして、最後の一人――彼女へと目を向けたその瞬間、私と彼女の視線がかち合っていた。

 息が止まるほどの衝撃に、私は思わず息を飲む。彼女の瞳に込められた真に迫った感情は、確かに私の心に打ち付けられていたのだ。



「初音……!」



 艶やかな黒髪を、腰の辺りまで伸ばした少女。

 もみ上げの髪を縛った白い紐状のリボンがアクセントになっているが、それ以上に目立つのは眩く輝く蒼い瞳だ。

 身長はすらりと高く、発育も良いために大人びて見える。

 隣に立っているのが小柄な人物であるため、その印象は余計に強くなっているのだろう。

 そんな彼女は――私と視線を合わせたその瞬間、大きな瞳から一筋の涙を零していた。



「仁……仁っ!」



 そして彼女は、深い感情の込められた声を零しながら、私へと向かって駆け出す。

 体も鍛えているのだろう、健脚で瞬く間に距離を詰めた彼女は、両腕を広げ、まるで体当たりするかのように私を抱きしめていた。

 甘く、どこか涼やかで懐かしい香り。そして、嗚咽と共に震える成長した肢体。

 それを感じながら、私は目を細めて彼女を抱き返していた。



「仁……ああ、やっと、やっと会えた」

「随分と、本当に長い間、待たせてしまったな。元気そうで何よりだ、初音」



 強くなる周囲のざわめき。しかし初音は、そんなことなど気にも留めず、私を強く抱きしめている。

 十年前のあの日、水城の屋敷で約束してから、これまで一度も顔を合わせては来なかった。

 手紙でのやり取りは行っていたのだが、こうして顔を合わせて言葉を交わせば、それまでの繋がりがどれほど細いものであったかを実感できる。

 確かな繋がりではあったが、それでも直接こうして触れ合える喜びには到底届くまい。

 私でもそう感じるほどなのだ、初音が感じていた寂しさはどれほどのものであったのか――先ほどの涙を、軽んじることはできないだろう。



「ああ……本当に、美しく育ったな。私は果報者だ」

「ふふ、ありがとう。仁こそ、とっても逞しく、それにかっこ良くなったよ」



 大人びた表情で涙を拭い、けれどあの頃の子供らしさも残しながら、初音は柔らかく笑みを浮かべる。

 あの頃の、元気で快活な姿とは異なるが、私に対して向けられる笑顔には一切の変化がない。

 大人らしく成長した初音の姿に、私は望外の感動を覚えていた。

 と――そこに近寄ってくる気配を感じて、私は初音の顔から視線を上げる。

 そこには、どこか呆れた表情の小柄な少女が、口元に苦笑を浮かべながら佇んでいた。



「全く……アンタ、大人っぽくなった自分を見せるって言ってたのはどこ行ったのよ」

「う……い、いざ仁の姿を見たら、気が昂ぶってしまって……」

「何、変に取り繕う必要はない。私は、元気な初音のことを気に入っているからな。それと……本当に久しぶりだな、凛」

「ついでみたいに言うんじゃないわよ。でも、本当に久しぶりね、仁。会えて嬉しいわ」



 私の言葉に、凛はにやりと笑みを浮かべる。

 その勝気な様子は、あの頃とそれほど変わってはいない。

 体格は随分と小柄で、同い年の初音と比べると、年齢が一つ二つ下に見えてしまうだろう。

 そのせいか、あの頃の姿と重なり、良く育った初音と並べると妙な違和感を覚えてしまう。



「私は、お前との再会も喜んでいるぞ?」

「分かってるわよ、アンタの性格ぐらい。でも、別にあたしと初音を同じように扱えとは言わないわよ。初音のこと、ちゃんと可愛がってあげなさい? 十年も待たせたんだから」

「ああ、勿論だとも。分かっているさ」



 ぽんぽんと初音の頭を撫でながら、私は凛の言葉に苦笑を零す。

 外見の印象はあまり変わらなかったが、言動はすっかりと大人びている。

 次女はしっかりした性格に育つと言うのは事実だったのか、どこか世話焼きな印象を覚える性格に変わっていた。

 だが、昔の優しい凛の印象が消えてしまったわけではない。よい成長を遂げた凛の姿に、私は安堵を覚えていた。

 と、私はふと凛の背後へと視線を向け、そこにいた一人の少女の姿に、疑問の声を上げていた。



「ところで、凛。そこの彼女は紹介してもらえないのか?」

「ああ、ごめんごめん。この子は詩織。羽々音詩織って言うの。あたしと初音の友達よ」

「ほう、そうだったか……ああ、初音との文通でも聞いていた名だな」



 流石にいつまでも初音を抱きしめたままでは、自己紹介をするにも礼を失してしまう。

 名残惜しげな表情の初音に苦笑しながら隣に立たせ、私は凛の紹介した少女へと視線を向ける。

 身長と言う点では初音よりも若干低いが、女性らしい丸みという点では彼女の方が程よく柔らかな印象を受ける。

 どちらかと言えば、男性好みをする外見をしているのは彼女の方だろう。



「私は灯藤仁。姓は異なるが、凛の双子の弟だ。凛と初音が世話になっていたようで、感謝の言葉もない」

「えっ、いえいえ! 私の方こそ、二人には取ってもお世話になっていましたから! えっと……灯藤君の話も、よく二人から聞いていました。お会いできて光栄です」

「……何やら随分と畏まられているが、私も君達と同い年だ。あまり遠慮しないでいい」

「あ、あはは……何かちょっと、凄く大人びた人だったから……他の男子とも違う感じだし、灯藤君って内面が大人って感じの人ですね。聞いてたより、ずっと落ち着いているような感じ」



 彼女、詩織の言葉に、私は思わず目を見開く。

 どうにも、彼女は観察眼に優れている部分があるようだ。

 言葉巧みというより、本質を見抜く目に優れている。これがあるからこそ、凛や初音とも対等な付き合いができているのだろう。



「成程、いい娘さんのようだ。今後も、二人のことをよろしく頼みたい」

「あ、いえいえ、こちらこそ! 二人にはとってもお世話になってますから」



 観察眼を抜きにしても、中々に良い子のようだ。

 このような良い若者が初音と凛の友人になってくれたことに感謝しつつ、私は詩織と握手を交わす。

 今後も良い友人付き合いを期待するとしよう。

 さて――



「そろそろ、移動するとしようか。随分と視線を集めてしまったからな」

「こんな人が沢山いるところで、あんなラブシーンをしてたらそりゃあ目立つわよ、全く……ねぇ、初音?」

「もう、凛さんだって会えて嬉しいくせに……ごめんね、仁。いきなりこんな目立つことをして」

「気にすることはないさ。私も、お前に会えて嬉しかったのだからな」



 軽く頭を撫でれば、初音は驚き身を硬くしながらも、嬉しそうに笑みを浮かべる。

 その笑みの中に昔の面影を感じ取りながら、私は周囲の気配へ時を配っていた。

 文通での情報しかないが、初音はこの学校内でもかなり注目を集めている人物のはずだ。

 当然、今の出来事で私も注目を集める結果となったはず。

 いずれは分かることであるため、遅いか早いかの違いでしかないが、かなり衝撃的な印象付けとなってしまったはずだ。

 それがどのような方向に転ぶのかは、まだわからない。

 だが、警戒はしておいた方がいいだろう。私に向かうならばいいが、この娘達へ危害が及ぶことは避けねばならない。



『やれやれ……珍しい表情をしていたかと思えば、考えていることはいつも通りか。変わらんのぅ、あるじよ』

『当然だ。それが、私だからな』



 胸中で千狐の言葉にそう返しながら、私は初音たちと共に学校の中へと足を踏み入れていく。

 一体どのような変化があるのか――僅かながらに楽しみにも感じながら、私は周囲の視線への警戒を続けていた。





















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