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汝、不屈であれ!  作者: Allen
幕間 その頃の少女達
63/182

063:羽々音詩織と二人の対立












「逃げずに来た度胸だけは褒めてあげるわ。けど、それだけじゃあ認めてあげられないわね」

「貴方に認めてもらう必要はありませんよ。これは両家が納得したこと。貴方に口を挟まれる筋合いはありません」



 結界の張られた舞台上。訓練場の中心近くにある、魔法競技用の対戦スペース。

 その中央では、二人の魔法使いが正面から睨み合い、お互いに不敵な笑顔で皮肉の応酬を続けていた。

 片方は、初日にクラス分けの掲示板前で知り合った美少女、水城初音。

 もう片方は、同じく初日に学内の見学中に知り合った努力家、火之崎凛。

 学校が始まって一週間、ほどほどに二人との付き合いもできて、結構仲良くなった自覚はあったんだけど――



「……どうしてこうなった」



 舞台脇の観客席で、火花を散らす二人の様子を見つめながら、私は思わず頭を抱えていた。











 * * * * *











 事の起こりは、今日の昼休みの時間だった。

 カリキュラムも始まり、通常の時間割どおりに授業が行われている。

 昼休みは四限の後で、そのタイミングで生徒は思い思いの昼食をとることになるのだ。

 ちなみに私の場合は、大体お弁当を食べている。ママは忙しいことは忙しいけど、頼めばちゃんと作ってくれるのだ。

 けど、この日は違った。前々から、この学校のカフェテリアには興味があったから、試しに一度食べてみたいと思って、水城さんを誘っていたのだ。



「私も、興味があったんです。一度食べてみたいと思っていました」

「初等部は給食なんだっけ?」

「はい。栄養バランスがどうとか、と言う関係で。小さい頃はきちんと体作りをしろということなんでしょうね」

「さすがは魔導士養成学校、ってことなのかなぁ」



 初等部から入っている学生は、本当に名のある魔法使いの家系とか、そういうエリートばっかりの印象だ。

 そういう家系からの出だと、家のほうも食事とかに気を遣うのかもしれない。

 まあ、中等部からはお弁当か学食なんだけれども。



「ここの学食って、結構美味しいって評判だったから、ちょっと楽しみだったんだ。少し高いんだけどね」

「そうなのですか……予算のほうは大丈夫ですか?」

「あはは、別に毎日ここで食べようって訳じゃないし、お小遣いはちゃんと貰ってるもの。へーきへーき」



 流石に水城さんとは比べ物にならないとは言え、うちもそれなりに裕福な家ではある。

 多少高いお昼ご飯ぐらいで困るような経済状況はしていない。

 まあ、流石に毎日食べてたら、私のお小遣いも底をついてしまうでしょうけど。

 そうこうしている内にカフェテリアへと到着する。中等部と高等部が一緒に使う建物だけあって、その規模は中々大きい。

 中に入れば、食券販売機に並ぶ学生の列が目に入った。



「さてさて、何があるかな?」

「結構、メニューは豊富ですね」



 メニュー表に目を通せば、カレーとかラーメンとか学食の定番メニューから、和定食とかちょっと豪華なメニューもある。

 色々なアラカルト類から組み合わせて自分だけのメニューを作るもよし、十種類以上あるセットメニューから選ぶも良し。

 ここまで種類が豊富だと、悩んでしまって食券を買うにも時間がかかりそうだけど、何と販売機は十台もあって、列の回転率は中々よかった。

 やっぱり、大きい学校は凄いなぁ。



「私は、キノコの和風パスタとサラダ。水城さんは?」

「私は和定食を。ちょっと時間がかかりそうですから、先に席を探しておいてください」

「はいはーい」



 頷いて再び列に並び、メニューを受け取りに行く。

 麺類はやっぱり回転率が高く、私の頼んだメニューもすぐに出来上がってきた。

 お盆を手に周りを見渡し、空いている席がないか探す。けど、お昼時のカフェテリアは混雑していて、そんな席は殆ど見当たらなかった。

 どうしようかと周囲を見渡していたところ、ふと、見知った姿の人物を一人見つける。



「あ……久我山君!」

「お? やあ羽々音ちゃん、学食で見るなんて珍しいね」



 四人がけのテーブルに一人で座り、ラーメンを啜っていたのは、隣の席の久我山君だった。

 水城さんと友達になった私に対しても分け隔てなく接してくれる人は珍しくて、クラスでも水城さんの次ぐらいには仲良くなっている。

 彼は私の声に反応すると、いつものちょっと胡散臭い感じの笑顔で手を振って応えてくれた。



「久我山君、一人で食べてるの?」

「ああ、そうだよ。いやぁ、女の子が一緒の席で食べ手くれたりすると花があっていいんだけどねぇ」

「そうなの? じゃあ、相席しちゃって大丈夫かな?」

「えっ」



 私の言葉に、久我山君はなぜか目を丸くして硬直する。

 そんな仕草に首を傾げていると、久我山君は気を取り直すように首を振って、いつも通りの笑顔で答えてくれた。



「も、勿論大丈夫だよ。どうぞどうぞ」

「ありがとう、それじゃあお邪魔するね」



 とりあえず席を確保できて、安堵の息を吐き出す。

 昼休みになってからすぐに来たつもりだったんだけど、それでもこれだけ混んじゃうんだなぁ。

 と、そこまで考えたところで、この席に座るのが私だけじゃないことを思い出した。



「あ、そうだ久我山君。ここって――」

「あら、詩織じゃない。珍しいわね、こんな所で」

「っと、あれ? 凛ちゃん?」



 久我山君に説明しようとしたところで、後ろから声をかけられて振り返る。

 そこにいたのは、声の通り凛ちゃんだった。

 四大の一族と言う割にさばさばとしていて、取っ付きやすさは水城さん以上であるため、会うタイミングが少ないにもかかわらず、私たちは結構仲良くなっている。

 凛ちゃんは、私の姿に笑みを浮かべて、お盆を持ったまま上機嫌で近づいてきた。



「ちょうど良かったわ、この席空いてる? クラスの人と一緒みたいだけど」

「えっと、私もお邪魔したところだったんだけど……久我山君、大丈夫かな?」

「いやぁ、僕としては願ったり叶ったりでもあるんだけど……ねぇ、羽々音ちゃん。大丈夫なの?」

「え? いや、久我山君が大丈夫なら問題ないと思うんだけど」

「いや、僕が言いたいのはそうではなくて――」

「よく分からないけど、問題ないなら座るわよ」



 久我山君の言葉の意味は良く分からないまま、凛ちゃんは私の隣の席に座る。

 どうやら、凛ちゃんの選んだメニューはカレーらしい。

 火之崎だってお金持ちだと思うんだけど、選んだのかなりやすいメニューの一つであるカレーだ。何か、こだわりでもあるのだろうか。

 けど、それを聞く前に、さっき久我山君が言おうとしていたことを確かめておかないと。



「それで久我山君、言いたいことって?」

「ああ、うん……あらかじめ聞いておきたかったんだけど、もう手遅れらしいね」

「手遅れ? それってどういう――」

「――なぜ貴方がここにいるんですか、火之崎さん」



 ――響いた声の冷たさに、思わず私の背筋が伸びる。

 普段の穏やかで優しげなそれとは違う、凍りついたような声音。

 決して大きいものではなかったのに、周囲の喧騒が一瞬で収まってしまうほどの冷たさを持ったそれは……間違いなく、水城さんの声だった。

 そしてその言葉に眉根を寄せて、それから一瞬で不敵な笑顔を作った凛ちゃんは、じろりと睨みつけるように振り返りながら声を上げる。



「こっちの台詞なんだけど、水城初音。何でアンタがこっちに寄って来るのよ」

「友人と昼食を取ることに文句を言われる筋合いはありませんが」

「友人? ああ、そういうこと……」



 そう呟くと、凛ちゃんは水城さんから視線を外してじっとこちらを見つめる。

 おろおろと視線を行き来させていた私は、その視線を受けて思わず仰け反っていた。

 な、何でこの二人、こんなに仲が悪いんだろう?

 そんな疑問を抱いていた私に、久我山君が引きつった表情で声を上げた。



「……羽々音ちゃん、もしかして、火之崎と水城が仲悪いって知らなかった?」

「え? ……あ、ああっ、聞いたことあるかも!?」

「二人と仲良くなってたのにそこを知らなかったのか……何か一周回って凄いね、君」



 褒められたような褒められていないようなよく分からない言葉に、私は思わず苦笑を浮かべる。

 そんな私の様子に、凛ちゃんは一度嘆息すると、どこか苦笑のような表情を浮かべて水城さんの方へと振り返った。



「どうやら、詩織はあんたの回し者って訳じゃなさそうね。結構付き合いのいい子だし、その点は安心したわ」

「当然です。私はそのようなことはしませんよ。貴方の方はどうなのですか?」

「愚問ね。言いたいことがあるなら正面から言うし、五月蝿いようなら実力で黙らせるわ」



 凛ちゃんの言葉に鼻を鳴らした水城さんは、そのままぐるりと回って私の正面に座る。

 その姿を見咎めたかのように、機嫌の悪そうな凛ちゃんが水城さんに対して声を上げた。



「ちょっと、何であんたがそこに座るのよ」

「私がどこに座ろうと、私の勝手でしょう? それに私は、羽々音さんと昼食をとりに来たのです。後から来たのは貴方の方でしょう? 貴方の方こそ移動したらどうなのですか」

「それこそこっちの勝手でしょっての。あたしが友達とお昼食べちゃ悪いっての?」



 何と言うかもう、凄くトゲトゲしている。

 しかしそうであるにもかかわらず、二人とも食べる動作は凄く丁寧で洗練されていた。

 やっぱり、四大の一族ともなると、その辺のしつけも厳しいのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていた私の斜め前で、引きつった表情のままの久我山君が恐る恐る声を上げた。



「あの、お二人さん? せめて、昼食ぐらいは落ち着いて――」

「誰よアンタ?」

「あ、ええと……羽々音ちゃんの隣の席の久我山です、はい。まあ、僕のことはいいから……僕の聞いた話だと、火之崎と水城の関係は改善されつつあるって話だったんだけど、せめて昼食の間ぐらい、互いにいがみ合わない程度にはできないかな?」



 久我山君の言葉に、凛ちゃんは軽く肩を竦める。

 久我山君の言うことには、最近の火之崎と水城は仲良くなり始めてるってことだったけど……でも水城さんも凛ちゃんもその傾向は全くない。

 今も視線を合わせないようにしてるぐらいだし。



「アンタの聞いた噂は間違いではないわ。実際、両家が歩み寄りを見せているのは事実よ」

「私たちがいがみ合っているのは、単純に私たちに個人的な確執があるだけです」

「こいつの言葉に乗っかるのは業腹だけど、その通りよ。あたしが個人的にこいつを気に入らないってだけ」

「私の台詞ですね。こちらも、貴方とは相容れません」



 二人はお互いに視線で牽制しあいながら、交互にそんな言葉を口にする。

 何と言うか、方向性は違うけど息はぴったりだ。一度仲良くなれたら物凄く仲良しになれそうな気がするんだけどなぁ。

 互いに睨み合いつつも、久我山君の言葉には一理あると考えたのか、二人は黙って昼食を食べ始める。

 スピードがかなり速い辺り、さっさと終わらせたいと考えているんだろうか。



「うーん……ごめんね、久我山君。こんなに仲が悪かったなんて、私知らなくて」

「いや、知らなかったんなら仕方ないけど……このいがみ合い方は僕としても驚いたしね。何がそんなに気に入らないのかねぇ」



 最後の言葉は単なる疑問だったのだろう。ちょっとした独り言のような声音で呟かれた言葉。

 けど、周囲が静まり返っていたせいか、その言葉は対角線上にいる私にも届いていた。

 ――そして当然、私の前と横にいる二人にも。



「あたしは、こいつが仁の婚約者だってのが気に入らないだけよ」

「私は、仁のお姉様がこんな方だと言うのが受け入れられません」

「……仁、さん? ええと、水城さんの婚約者って……」

「仁はあたしの双子の弟で、この女の婚約者ってことになってるのよ。家の問題だし、婚約自体には文句を付けるつもりはないけど……」



 そこまで告げて、凛ちゃんはじろりと水城さんを睨む。

 その視線の中に、本物の苛立ちを込めながら。



「仁は弱いんだから、更に弱い奴が周りに集まるのが我慢ならない。それだけよ」

「――訂正してください」



 そして、その視線を睨み返すように、箸を置きながら水城さんが告げる。

 これまでの会話の中では、一度も優雅な姿勢を崩さなかった水城さん。そんな彼女が、勢いよくお盆に箸を叩きつけて、怒りの篭った声で言い放った。



「仁は強い人です。双子の姉である貴方が、そんなことも分からないのですか? 仁よりも強い人など、どこにもいません」

「アンタこそ、婚約者とか名乗ってるくせにそんなことも分からないの? あいつは弱いわよ。だからこそ、今度こそあたしが護る。アンタは邪魔よ」



 そんな言葉の応酬の後、二人はしばし沈黙して――そして、同時に立ち上がっていた。

 しかもお互いに、蒼と紅の魔力のオーラを立ち上らせながら。いきなり魔力が励起状態になってしまっている。これだと、少し突いただけでも魔法が発動してしまうかもしれない。

 傍目から見ても分かる凄まじい魔力に、私は泡を食って立ち上がり、声を張り上げていた。



「ストップ、ストーップ! 変なこと聞いて悪かったから、二人ともここで喧嘩しちゃダメ!」

「……羽々音さん」

「詩織、アンタも大した度胸ね……でも、ここまで来たら収まりが付かないわ。一度、この女には分からせてやらなきゃならないのよ」

「不愉快ですが、全く同意見です。一度白黒つけておく必要があります」

「あー……」



 ダメだ、完全にヒートアップしてしまってる。こうなると、一度発散させないと話し合いもできないだろう。

 けど、このまま爆発するのを見ているわけには行かない。とりあえず、この場だけでも落ち着かせないと!



「……二人とも。確かに、二人はお互いに意見をぶつけ合う必要があると思います。でも、今この場はダメ、周りの人に迷惑がかかるでしょ? だから、誰にも迷惑が掛からない場所で、思いっきり喧嘩をしてみた方がいいよ」



 その言葉に、二人は虚を突かれたかのように目を見開き――そして、居心地悪そうに座っていた久我山君は、突然机に突っ伏していた。

 そして――最初に反応を見せたのは、凛ちゃんだった。



「ふ、ふふふ……アンタいいこと言うわね、詩織。そうよ、あたしたちは誰にも迷惑かけないような場所に来てるんじゃない」

「ええ……学校の中、学生としてならば、自己研鑽としての魔法戦が許可されます。例えそれが、私闘を禁じられた水城と火之崎であったとしても」

「こんなにいい条件になってたなんて、今まで気づかなかったわ。思いっきり、アンタをぶちのめしてやれる」

「泣き言はもう聞きませんよ。幼児と間違われてもいいなら、存分に泣き喚けばいいと思いますが」



 魔力を帯びた瞳を爛々と輝かせ、二人は笑顔で睨み合う。

 ……もしかしなくても私、余計なことを言っちゃっただろうか。

 とんでもないことになってしまった状況に、私は二人の様子を見守りながらも途方に暮れていた。





















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