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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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006:少女との出会い












 人間の体感時間は、一説には十二歳で人生の半分を終えるという。

 ならば、合計すれば六十年以上の歳月を生きてきた私には、時間はどれほどの速さで進んでいるのだろうか。

 派手さなど欠片もない、ただただ地道な魔法の訓練を続け、更に二年。

 私は、看護師の前ではただただ大人しい手の掛からない子供として、模範的な入院生活を送っていた。

 発作の危険があるためか最初は厳しかった監視の目も、二年も経てば次第に緩くなってしまうものだ。

 未だに私について回る看護師の姿はあったものの、あまりしっかりとした監視はせず、自分自身の仕事を持ち込んで兼務している場合が多くなっていた。

 あまり褒められた態度というわけではないが、私としては都合がいい。



「ここまで大人しくしてきた甲斐があったというものだ」

『まあ、時間を無駄に使ってきた訳ではないのじゃがな。魔力の練り上げも、中々良くなっておるぞ。甘露甘露』



 《掌握ヴァルテン》越しに捧げられる私の魔力に、千狐はどうも味のようなものを感じているらしい。

 かつては雑味の多かった私の魔力も、今では純度、濃度共にかなりの向上を見せていた。

 まさかその味の為に修行させたのではと勘ぐる場面もあったが、実際に魔法の効率も良くなってきているため、文句のつけようはない。

 まあ、私が千狐に返せるものなど魔力程度しかないので、それ自体は良いことなのだが。



「生まれて五年、魔力の練り上げについても二年だ。これだけ試行錯誤を続けていれば、多少は上達するものだな」

『当たり前じゃろう。お主の根気と、妾の力があれば、このくらいは軽いものじゃ。じゃが、お主はこの程度で満足するわけではないのだろう、あるじよ?』

「ああ、当たり前だとも」



 だからこそ、こうして病院内にある図書室に足を運んでいるのだ。

 一体何故このような場所があるのかと一度質問してみたが、どうも院長の趣味が半分といったところらしい。

 自分で収集した本を集めて押し込んでおく場所、とのことだ。

 私の暮らしている階を担当する婦長曰く、一度読んだ本は読まないくせに捨てられないから、どんどん溜まっていくとのことだ。

 仮にも病院であるため、プライベートスペースとして使うことは出来ず、結局資料や医学書、そして子供用の本などもまとめて仕舞い込まれているらしい。

 だからこそ、勉強するためのスペースとしてはちょうど良い場所であった。


 子供用の本を読みにきていると見せかけつつ、魔法に関する書物を読み漁る。

 幸いなことに、この国の言語は私が生前暮らしていた日本と何一つ変わらないものであった。

 時折知らない単語やら知らない漢字が出ることもあったが、普通に読む分にはそれほど問題はない。

 そして、監視役である看護師も、私が子供用の本のコーナーに入れば、そのまま監視の目を緩めて自分の作業か読書に集中し始める。

 その間、私は様々な書物を読み漁ることができるというわけだ。

 監視を千狐に任せれば見つかる心配も少なく、私はひたすらに知識の収集に努めていた。

 無論、その間も《掌握ヴァルテン》と魔力の質を高める練習は忘れなかったのだが。

 ……改めて考えると、やはり子供らしさの欠片もないな。



「まあ、今更気にすることでもないだろうが……さて、今日は何を勉強しておくか」

『歴史については一通り目を通しておいたのだから、もう問題はなかろう。魔法の知識収集を再開した方が良いのではないかの?』

「確かにそうだな。魔法に関する書籍は確か――」



 看護師が本に集中していることを確認し、気づかれぬよう記憶を頼りに魔法に関する書物の置かれたスペースへと移動する。

 今の私の身長では、取れる本は三段目まで、背伸びをしても四段目に手を掛けるのが限度だ。

 読める本も限られているが、それでも勉強するには十分だ。

 そう思いながら本棚の角を曲がった所で――ふと、一人の人影が視界に入った。



「む……?」



 ここは、部屋自体は誰もが足を踏み入れることの出来る場所だ。

 一部の本棚には鍵がかけられ、そこには内部文書やファイルなどが置かれているようであるが、それ以外の本棚には誰もが触ることが出来る。

 持ち出しには色々と面倒な手続きがあるようだが、どちらにせよこの場に人がいたとしてもおかしくはないのだ。

 本を取り出しにくくなるため面倒と言わざるをえないが、それでも今の私にとっては困惑のほうが勝る光景であった。

 何故なら――そこにいたのは、今の私とそれほど年の頃の変わらぬ幼い少女だったからだ。



「……何故、こんな所に」



 この本棚は、私が言うのもなんではあるが、子供が興味を示すようなものではない。

 だが彼女は、とても熱心に本の並びへと視線を向けていた。

 艶やかな黒髪。おかっぱ頭というわけではないが、切りそろえられた前髪は、彼女にどこか人形じみた美しさを与えている。

 長さは肩口程度までであったが、それでもどこか母上を髣髴とさせるような、美しい黒髪であった。



(迷い込んだのか、それとも魔法に興味を持っている子供なのか……それにしては、妙に真剣な表情だな)



 横顔から除く彼女の表情は、とても真剣なものだ。

 とてもではないが、ただ興味本位で本の背表紙を眺めているようには見えない。

 一体、何をしているのか――そう思いつつも、私は自らの目的のために本棚へと近づいていく。

 気にはなるが、ここが立ち入り禁止の場所というわけではない。

 保護者も周囲にいるかもしれないのだし、今すぐ私が口を出す必要もないだろう。

 そう思っていたのだが、私の接近を察知した彼女は、非常に大きな反応を見せていた。



「えっ、ひゃわっ!?」

「む? 何か――」

「あのっ、ご、ごめんなさいっ!」



 空気を切る音がしそうなほどのスピードで頭を下げた少女は、すぐさまくるりと踵を返すと、走ってこの場から立ち去っていた。

 その背中を見送り、呆然と私は呟く。



「……一体、何なんだ?」

『見られたくなかったようじゃの。別段、いかがわしい本というわけでもあるまいに、一体何をしておったのか』



 先ほどの少女が見ていた辺りの本の並びへと視線を向け、千狐は首を傾げる。

 その言葉に私は首肯しつつ、去っていった少女のほうを見つめ続けていた。

 可愛らしいパジャマの上に上着を羽織った服装は、彼女も入院患者であることを告げていた。

 そんな少女が、果たしてどのような理由でこれらの本を眺め、そして逃げていったのか。



「気にはなるが、追いかけるほどのことではないな。次に会うことがあれば、聞いてみるとしよう」



 尤も、あの様子ではそんな機会もないかもしれないが。

 ――このときの私は、そう考えていたのだった。











 * * * * *











 私の日々の過ごし方は、おおよそ二通りに分けられる。

 一つは、図書室へと足を運んで勉強を行うこと。

 もう一つが、中庭へと訪れて体を動かすことだ。

 どちらにしても魔法の練習を行っているので、ただ遊んでいるというわけではない。

 この日課は体を動かす方を多めに行っており、昨日本を読んだ私は、今日は外へと繰り出してきていた。

 例によって看護師は付いて来ているが、基本的にはベンチに座ってのんびりとしているだけだ。

 一応私の様子を見てはいるが、魔力のトレーニングは外部から見ただけでは分からず、運動についてもバランス感覚と体幹を鍛える程度しかやっていないので、あまり激しい動きにはならない。



「私としては、もう少し運動したいところではあるのだがな」

『派手に動き回るわけにもいかんじゃろう。軽いジョギング程度に留めておくことじゃ』

「分かっている、言ってみただけだ」



 千狐の言葉に、私は軽く肩を竦める。

 これまでの行動のおかげで、ここまでの信用を得ているのだ。

 下手なことをして監視が強くなってしまっては、トレーニングも満足に出来なくなってしまう。

 交互に片足立ちをしながらバランスを取り、その上で魔力制御の訓練をしながら――私はふと、直感に何かが引っかかる感覚に顔を上げていた。



「……む」



 午後の中にはにはそれなりに人の姿があり、探せばいくらでも人を視界に収めることが出来る。

 だが、その中で私に視線を向けているのは、時折様子を見る看護師程度のはずだった。

 しかし、私の直感が囁くのだ。誰かが、こちらのほうを見ている、と。

 その気配が気になって、訓練を中断して周囲を見渡す私に対し、千狐は訝しげな表情で声を上げる。



『どうしたあるじよ、突然周りなど見渡して』

「視線を感じたんだ。こういう時の直感はよく当たる……ある意味、刑事としての必須技能だが」



 幾度も危険な橋を渡ってきた私にとっては、生命線であるとも言える感覚だ。

 尤も、それを感じてなお危険に足を踏み入れていたこともあったのだが。

 ともあれ、直感に関してはそれなりの自信がある。

 周囲に悟られぬような動きはせず、視線や自然な動きだけで周囲の様子を観察する。

 今なお感じる視線は、その持ち主がただ偶然私に注目していただけではないということを伝えていた。



(さて、どこからだ……?)



 誰かに視線を向けるという行為は、それなりに露見しやすい。

 周囲に対する意識が疎かになるため、周囲と行動が合わせ辛くなり、結果的にその人物が浮いてしまうことが多い。

 また、周囲の人間がその視線を追ってしまうということもある。

 要するに、『監視する』という行為に慣れたプロでもない限り、監視される感覚を知っている人間を見張ることは難しいのだ。

 今のところ、目に入る範囲に違和感の元はいない――それはつまり、物陰から隠れてこちらを観察しているということだ。



「……見つけた」



 街路樹のように立ち並んでいる木々の内の一つ。

 通る人間が一度は視線を向けているそこからは、一人の少女が顔を半分だけ覗かせてこちらを観察していた。

 どうやら、自分が目立ってしまっているということには気づいていないらしい。



『む? あれは昨日の小娘ではないか』

「図書室のか。やはり入院患者のようだが……何故あんなところで様子を見ている?」

『お主に用でもあるのではないか?』

「それなら直接話をすればいいだろうに……仕方ない」



 昨日もそうだったが、なにやら事情を抱えている様子だ。

 こうしていつまでも視線を向けられているぐらいならば、さっさと捕まえてその目的を聞き出したほうが良いだろう。

 私に手出しできる問題かどうかは分からないが、聞かなければ何も始まらないのだ。

 さて、そうなると接近する方法だが――顔を合わせただけでパニックになって逃げ出してしまったあの子供のことだ、やりようはいくらでもある。

 小さく頷き、私は顔を覗かせている少女へと視線を合わせていた。



「――――っ!?」



 案の定、飛び上がるほどに驚いた彼女は、すぐさま体を木の陰に隠す。

 この状態では彼女の姿は見えないが、それはつまり、彼女からも私の姿は見えていないということになる。

 それを確認し、私は一気に駆け出していた。

 先ほど彼女が顔を出していたのとは反対側から回り込むように、可能な限り素早く彼女へと接近する。

 少女は再びゆっくりと顔を出し、私の姿を探そうとしているようだが、生憎と私は既に元の場所にはいない。

 今の彼女の位置からでは、樹が邪魔になり見えなくなってしまっているのだ。

 そしてその隙に背後まで回りこんだ私は、軽く肩を掴みながら声を上げる。



「私に何か用かな?」

「ひゃぁっ!?」



 バネで飛び出したかのように肩を跳ねさせ、少女は私のほうに視線を向ける。

 まるでサファイアのように美しく輝く蒼い瞳を、限界まで見開きながら私を凝視する少女。

 それから彼女は、逃げ出そうとするかのように視線を右往左往させるが、やがて観念してがっくりと肩を落としていた。





















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