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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
52/182

052:契約条件











「昨日、私の方で調べさせて貰った結果ですが……このショゴスとの契約は、特に問題はないという結論に達しました」



 翌日の朝食の席。普段よりも一人増えた食卓にて、先生は私たちへと向けてそう切り出していた。

 ちなみにではあるが、ショゴスにも私たちと同じ食事が与えられている。

 その辺が妙に律儀な辺りが先生らしいとも言えるだろう。

 当のショゴスは、そんな食事を凝視したまま沈黙している。

 扱いに困惑しているのか、食べたことの無いものに対して警戒しているのか。

 話の主役がそんな調子であると言うのは少々シュールな光景であったが、先生は気にした様子も無く話を続ける。



「彼女の言っていた言葉に嘘はありませんでした。このショゴス自身が仁君に対して直接危害を及ぼすということはないでしょう」

「……そんなもの、どうやって調べたんですか?」

「それは秘密です。ですが、間違いはありませんよ」

「いえ、まぁ。先生がそう仰るのなら、問題はないのでしょうけれども」



 少々気にはなるが、先生がここまで断言するのであれば、恐らく問題はあるまい。

 それよりも考えるべきは、それ以外のデメリットについてだろう。

 このショゴスが私に直接危害を及ぼすことが無かったとしても、それに付随する問題はまだ残っているのだから。



「考えるべきは、ショゴスを使い魔にした場合に発生する処理や、周囲からの影響ですか」

「そうですね。朱莉ちゃん、現在では使い魔の契約をする人はかなり少ないのですよね?」

「はい、火之崎でもかなり少ないですし、それ以外でもあまり見かけませんね。例外は風宮でしょうけれど……四大のやることはあまり一般的とは言えませんし、禁獣を使い魔にしている人はほぼ見たことが無いですね」

「となるとやはり、禁獣……しかも一級を超える存在であるショゴス・ロードとなると、否が応でも注目を集めますね」

「……やはり、問題は周囲からの目ですか」



 禁獣は基本的に、人間に対して害成す生物の総称だ。

 中にはこうして高度な知性を持ち、積極的に人間と敵対するわけではないものも存在するが、これは数少ない例外であると言わざるをえない。

 そんな危険生物を使い魔にしているとなれば、やはり警戒されるのは目に見えているだろう。

 ……形だけでも私たちの真似をしようと悪戦苦闘し、箸を掴む指の関節が変な方向に曲がっている姿を見ていると、とても警戒の念など沸いてこないが。



「これに関してですが、一応対応策はあります」

「と言うと?」

「要は禁獣としての姿を人目に触れさせなければいい訳です。まあ、使い魔として契約を交わす以上、国への届出は必要不可欠ですが……それ以外には、徒に素性を広めないようにすればよいでしょう。擬態した見た目については、ほぼ人間と変わりませんからね」

「……成程。言わなければ、どう見てもただの子供ですしね」



 ショゴスは不定形の生物だが、こうして人間の姿にほぼ完璧に擬態することが出来る。

 先生がやったように詳しく調べようとしなければ、傍目からでは禁獣だとは分からないだろう。

 動物の姿をした使い魔のように、人目を気にしなければならないと言うわけではない。



「まあそれに、不定形生物ですから隠れることも簡単ですし、できるだけ衆目に晒さないようにすれば問題はないはずです。まあそれでも、情報を知っている人間が寄ってくる可能性はありますが」

「そこは上手く対応するしかないでしょうね。どれほど隠していても、公的に記録されている以上は知っている人間が出てくるでしょうし……まあ、きちんと届出を出せば仁ちゃんに非は無いわけですから、堂々としていればいいんですけど」

「要するに、私次第ということですか」



 まあ、恐らく問題はないだろう。

 口八丁で切り抜けることもできるし、そもそも気づかれぬように上手く隠してやれば済む話だ。

 何しろショゴスは不定形の存在。やりようはいくらでもある。

 つまるところ、ショゴスと契約を交わすことについては、私の対応次第であるということだ。

 そうであるならば、あまり問題はないだろう。



「と言うわけで、かなり問題はなくなりましたが……朱莉ちゃんの意見としてはどうですか?」

「私ですか? そうですね……」



 先生から意見を求められた母上は、箸を置いてしばし黙考する。

 昨日の夜に顔を合わせたときは、母上は警戒こそしていたものの、ショゴスを敵視した様子はなかった。

 何かあっても対処できると考えていたのか、それともショゴスの存在を割と歓迎していたのか。

 ――その答えは、どうやら後者であったらしい。



「私としては、契約をしても構わないと思っていますよ」

「おや、仁君に過保護な朱莉ちゃんにしては、ちょっと意外ですね」

「まあ、仁ちゃんに危害を及ぼすかもしれないと言う懸念がある以上は警戒していましたけど……でも、制約で縛ることを認めているのなら問題はないでしょう。逆に、仁ちゃんにとっては優秀なボディガードになってくれるかもしれませんし」

「……まあ確かに、ショゴスのほうが私よりも遥かに強いですが」

「ふふっ。それに、仁ちゃんが無茶をしようとした時にストッパーになってくれるかもしれないから、私としては反対する理由はないですよ、先生」

「成程……では、仁君はどうですか?」



 水を向けられ、私は頷く。

 昨日は返答に窮したが、今はある程度結論も出ている。

 先ほどからの話を含めて、既に決心もできていた。



「私は、契約を交わしたいと思います」

「っ……!」



 私の言葉に、ショゴスは僅かに感情の見える視線を私へと向ける。

 あまり表情や細かな仕草までは模倣できていない彼女であるが、それでも感情らしきものは見受けられるのだ。

 そんなショゴスの様子を横目に見つつ、先制は改めて私に対して問いを発する。



「ふむ、その理由を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「昨日からの様子と、今日の話。それを総合的に鑑みた結果です。先生からの封印を躊躇いなく受けたこと、メリットとデメリットを天秤にかけてメリットが勝ったこと――そして何より」



 そこまで口にして、私はちらりと視線を千狐に向ける。

 あの時確かに感じた、《王権レガリア》の反応する感覚。

 この世界で生を受けてから、あんなことは今まで一度も起こったことは無かった。

 私が《王権レガリア》を使ったのはたった一度きりであるが、それでもあれが特殊な反応であると言うことは理解できる。

 ――私は、その理由を知りたいのだ。



「《王権レガリア》が反応したのは、ただの偶然ではないと思っています。ショゴスとの出会いも、あの時声が聞こえたことも……何か意味があってのことだと考えているんです」



 理由は分からない。《王権レガリア》に関しては、まだまだ多くが謎のままだ。

 だからこそ、それを知るためにも、ショゴスとの契約は有意義であると判断した。

 勿論、感情的にも彼女を助けたいと考えていることは否定しきれないが――合理的な考え方の上でも、私はそう判断を下していたのである。

 はっきりと、何があると断言できるわけではないが……ショゴスとの契約は、私に確かな利益をもたらしてくれるだろう。



「ふむ。仁君がそういうのであれば、私はもう反対はしません。朱莉ちゃんも、いいですね?」

「はい、先ほど言ったとおりです」

「ふむ……では、そのショゴスは仁君の使い魔として受け入れるということで決定とします」



 そう宣言し、先生はテーブルの下から一枚の紙とペンを取り出す。

 ちなみに、紙は和紙であり、ペンはなぜか筆ペンだった。

 紙には既に何行かの文字が記載されており、それを私たちに読めるように差し出してくる。

 先生に促されるままに目を通してみれば、やたらと達筆な文字で書かれたそれは、どうやら私とショゴスが契約を結ぶ上での制約の案だったらしい。



「いくつか制約の案は考えましたが、私一人では抜けがあるかもしれませんから、意見を出してください」

「何だかんだで、こうなることを予想してたんじゃないですか、先生。どれどれ……?」



 母上は、若干呆れた表情で紙を手に取り、中身を確認し始める。

 私も横から中身に目を通すが、先生の文字がやたらと達筆であるせいか、少々読みづらかった。

 とりあえず、最初に書いてあることは――



「食事は一日三食、睡眠も許可……これ、条件に入れなかったらやっちゃいけないんですか?」

「別にそんなことはないですけど、詳しくしておいた方が後で揉めずに済みますからね」

「まあ、そうですが……私としては、別に指示が無ければ自由行動をしていても構わないんですが」



 私が口にしたその言葉に、ショゴスが反応して私のほうへと視線を向ける。

 表情こそ変わらないが、どうやら驚いている様子だ。

 対して、先生は私の言葉に眉根を寄せている。



「仁君、あまり自由を認めすぎるのも良くないですよ?」

「それは分かっています。その自由行動の中での禁止事項はきちんと作りますよ」

「仁ちゃんは、大雑把にやっちゃいけないことを決めるよりも、細かく禁止事項を作りたいのね? そういうのって、結構抜け道が出来やすいわよ?」

「分かっています。私一人の状況だったらそんなことはしませんよ。でも、この場には母上も先生もいますから。私の考え付かないような条件も見出してくれるでしょう?」



 まあ流石に、この二人に頼りきりになるのもあまりよろしくは無いのだが。

 それに、細かな禁止事項と言っても物は言い様だ。

 細かな行動の一つ一つを制限するのではなく、ある程度大きな範囲で禁止事項をまとめて、あとは細かなところを詰めていけばいい。

 幸い、ある程度大きく制限させられるような項目は存在しているのだ。



「私の指示には従う……これで大きく制限されているはずですから。あとは、私自身への干渉と、私以外の全ての人間への干渉をある程度制限できればいいと思いますよ。まあ、嫌がる命令を無理やりさせるのも好きではないですし、交渉の余地は有るとしたいですが」

「……仁君、その子が朱莉ちゃんの姿を借りているからと、少し甘くなっていませんか?」

「いや、まあ……気分の問題であることは否めませんが」



 子供の姿、しかも母上に良く似た姿をしているのだ。

 幼い母上の姿となれば、それは当然凛の姿にも似ている。

 凛のように無邪気な表情やルビーのような瞳こそ無いものの、その姿はとても他人とは思えないものだ。

 だがそれ以前に――下手に出ている相手だからと、顎でこき使うような真似はしたくないのだ。



「無論、やってはいけないことはきちんと禁じますし、抜け漏れがあろうと禁忌を犯した場合は重く処罰する条件はつけます。ですが、奴隷扱いするようなことはしません。何より、ショゴスたちはそれを認められなかったからこそ叛逆を起こしたのでしょう?」

「逆に、好条件ならばきちんと従ってくれると……本人はどうなのですか?」

「私は……はい。そんな条件、なら、嬉しいです。もっと、厳しいと、思ってました」



 ショゴスの喋る言葉は、昨日よりも幾分か滑らかになっている。

 私たちの会話を聞いているだけでここまで覚えているというのだから、その知能の高さには驚きを禁じえない。

 私の言葉に対して言及しているショゴスは、表情が読めないだけあって、感情を読み取ることはかつての経験を鑑みても難しい。

 だが先生が保証した以上、彼女には私にたいする害意は存在しないのだろう。

 ならば、ある程度は相手の自由を認め、心を掴む。主従関係というのは私には千狐以外に経験が無いが、上司と部下という関係ならば、先ずは良好な関係を結ぶことから始めるべきだろう。

 若干打算的な部分はあるが、これから彼女を部下として使っていく以上、末永く良好な関係を築いた方が私の精神衛生的にも助かるのだ。


 私とショゴスの言葉に、先生は僅かに溜息を零す。

 互いに甘すぎるからか、禁獣との契約の通例が当てはまらないためだろう。

 先生が挙げた条件には、まだまだ厳しい制約がいくつもある。

 ショゴスの了解を得つつ、もう少し詰めていくべきだろう。



「とりあえず、行動の許可は仁ちゃんに求めなければならない、としたらどうですか?」

「母上、それだと私とショゴスが別行動をした際に条件が面倒になりますが。ショゴスが暴れることを憂慮するなら、許可無く他の生物を攻撃しないこと、ただし迎撃ならば許可する程度にしたほうが良いのでは」

「ん……私は、じんさまの指示に、従い、ます」

「はぁ……甘くなり過ぎないように注意しないといけないですね、これは」



 互いに遠慮なく言葉を交わしながら、契約の条件を決めていく。

 それが形になったのは、午前も終わりに差し掛かり、これから昼食の準備をしようというような時間帯だった。





















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