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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
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051:ショゴスの真意












 使い魔の契約は、己と他の生命体との同意があって始めて成り立つ契約形式だ。

 契約に用いられる魔法としてはかなり単純な方であり、双方の同意があれば破棄も簡単になる。

 だが、契約内容に様々な条件をつけ、互いに制約で縛ることが可能なのだ。

 そもそも、使い魔を利用する魔法使いそのものが少ないため、あまり知られていない事実ではあるが――



「契約術式の中には、様々な条件を設定することができます。契約そのものの条件から、破棄するための条件まで。制約で縛ってしまえば、確かにショゴスの危険性はほぼなくなりますね。しかし……何故、自らそんなことを?」



 先生は使い魔との契約について説明を行いつつ、ショゴスに対して質問を行う。

 確かに、疑問ではあるだろう。自らの身を護るためとはいえ、とんでもなく不利な条件で契約を交わそうとしているのだから。

 しかも、ショゴスは先ほど、私に仕えたいと申し出てきた。

 あまりにも唐突な展開に、私は困惑を隠せずにショゴスを見つめる。

 彼女――性別が存在するのかは謎だが――は、先生の問いに対して口以外は微動だにせぬまま声を上げる。



「私を、助けて、くれた方。その、お返しを、したい、です」

「……そのためだけに、自由だった貴方が、再び隷属状態へ身を落とすと言うのですか? その状態にあったことが許せず、反乱を起こしたのでしょう?」

「かつての、主人は、わたしたちを、道具として、扱って、いました。囮、非常食、捨て駒……わたしたちは、命として、認められて、いなかった」

「……仁君ならば、そう扱うことは無いと?」

「じんさま、は、人間ではない、私を、一つの命と、して、救って、くれました」



 その言葉を耳にして、私は思わず己の右目を押さえていた。

 あの時聞こえてきた、このショゴスの感情。

 私には、それを無視することは出来なかった――彼女はそれを、恩として感じてくれていたのだ。

 そしてそれに続き、ショゴスは先生を見上げたまま、徐々に滑らかになっていく言葉を発する。



「それに……わたしたちは、奉仕種族サーヴァント。誰かに仕えるために、生まれた、種族。それは、わたしたちの、本能です」

「本当に……ただ仁君に仕えたいと、そう言うのですね? そのために、不利な契約でも交わすと」

「はい。その通り、です」



 そこまでショゴスの言葉を耳にし、先生は深く嘆息すると共に立ち上がっていた。

 そして、先生はショゴスにその場で待つように伝えると、私を引き連れて廊下の外に出る。

 どうやら、彼女には聞かせたくない話のようだ。



「一応、私に可能な限りの魔法で、彼女の言葉の真偽を調べました。ショゴスに通じるのかどうかは微妙ですが、少なくとも私が関知できる範囲で嘘はありません」

「先生の調べなら、恐らく大丈夫なのでは?」

「それなりに自信はありますが……それでも、確約できないことは事実です」



 どうやら、先生からしても、ショゴス・ロードと言う存在は難敵であるらしい。

 長く眠っていたとは言え、人間が生まれるよりも遥か昔から存在していた生物だ。

 やはり、そう簡単にどうにかできる相手ではないのだろう。



「その上で、仁君に聞きますが……仁君は、彼女と契約を交わすつもりはありますか?」

「は? え、ええ……それが問題ないのであれば、契約を交わしたいと思います。私が拾ってきた相手ではありますし、責任を取るならば己の手で取りたいですが……先生は反対だったのでは?」

「あまり賛成できないことは事実です。ですが、制約で縛ることに同意しているのであれば、契約を交わしても問題はないんですよ。あくまで、縛られていないショゴスが危険だと言うことですから」



 あのショゴスが制約に縛られることに同意している時点で、問題そのものは解決していると言うことか。

 しかしそうだとするならば、先生は何故あまり乗り気ではないのか。

 私の疑問交じりの視線に対し、先生は私の考えを読み取ったのか、軽く肩を竦めて声を上げる。



「普通の生物が相手ならば反対はしませんでしたが……禁獣との契約は、かなり危険な行為です。何せ、自分よりも強い相手との契約になりますから。それに仁君の場合、精霊契約者と言うだけで注目されているのに、更に禁獣を使い魔にしているとなると余計な注目を浴びてしまいます」

「それは……」

「……ですが、メリットがあることも事実。彼女が心から仁君に仕えてくれるのであれば、心強い味方になってくれるでしょう。ショゴス・ロードには、それだけの力があります」



 先生の言葉に、私は沈黙する。

 メリットも、デメリットもある。感情論だけではなく、将来のことも考えて選択をしなければならない。

 今のところ、私があのショゴスを信用している理由は、《王権レガリア》が反応したと言うただ一点しか存在しない。

 これは単なる、私自身の感情の問題だ。これを判断基準としてしまうことはよろしくない。

 相手は強力な禁獣だ。私だけがその被害に遭うならばまだしも、私の周囲に被害が及んでしまう可能性もある。

 あまり、軽々しく結論を出せるような問題ではない。



「……済みません。すぐには判断が難しいです」

「……そうですか。いえ、軽々しく結論を出さないことはいいことです」



 私が俯きながら発した言葉に、先生は軽く笑みを交えたような声音でそう返す。

 やはり、契約となれば今後長きに渡って付いて回る問題だ。

 結論を急ぐことは危険なのだろう。



「今夜には朱莉ちゃんも戻ってくるでしょうし、朱莉ちゃんも含めて相談しましょう。彼女の真意については、こちらも探りを入れておきますから」

「はい……お手数をおかけします」

「いいんですよ。少しぐらいは頼ってくれないと、先生をやっている意味がありませんから」



 そんな先生の言葉に対し、私は小さく頷く。

 今日はあまり、練習には身が入らなさそうだ。

 障子の奥、ショゴスがいる辺りへと視線を向けて、私は小さく嘆息を零していた。











 * * * * *











 その日の夜――仁によって連れ込まれたショゴスは、ひとまずこの屋敷にて過ごすこととなった。

 朱莉が戻ってくる時間が遅かったため、あまり本格的な話し合いができなかったのだ。

 結果として、ショゴスは綾乃によって封印を施された状態で、一晩過ごすことを許可された。

 人間の姿を模倣したまま、借り受けた服を身に纏ったショゴスは、縁側へと出て無表情に月を見上げる。

 その姿に変化はないが――彼女は僅かに口を開き、声を発していた。



『変わらない、ですね。この光だけは、あの頃と一つも変わらない』



 その言葉は、今日の地球においては一切使われていない言語。

 遥か昔、人類と言う種が生まれるよりも以前の時代に使われていた言葉だ。

 自ら発したその音すらも懐かしく感じながら――ショゴスはふと、一つ違和感を感じていた。

 煌々と輝いていた月。それが徐々に、だが急速に翳り始めていたのだ。

 夜空には雲など無かったはず。だと言うのに月を覆い隠していく黒い雲に、ショゴスは反射的に立ち上がっていた。

 ――これは自然の現象ではない。何らかの力が加わっていると、理解できてしまったがために。



『……誰、ですか?』



 人間では有り得ない。人間という種に、このような術など扱えるはずが無い。

 これは古より伝わる法。絶大なる力を持つ者にのみ許された、支配の力。

 そしてその確信を肯定するかのように――光を失った夜の闇の中に、低く重い声が響き渡った。



『――答えよ』

『ッ!?』



 その声に含まれている桁違いの魔力の量。

 弱っていない状態であったとしても、逆立ちしたところで到底適わないと理解出来てしまうほどの力の差。

 それを瞬時に感じ取り、ショゴスは反射的にその場で平伏していた。

 そんなショゴスの反応を見ているのかいないのか。響き渡る声は、改めて質問の言葉を重ねる。



『我が問いに答えよ――母なる沼の一欠よ』

『っ……貴方は、私のことをご存知なのですね。古き王が一柱、怠惰なる深淵よ』



 深く、重く、恐ろしいほどに強大な気配。

 ただ声のみであるはずのそれに圧倒され、ショゴスは僅かに声を震わせながらもそう答える。

 隠し立てすれば、即座に滅ぼされてしまうと、そう理解しながら。

 故に、ショゴスは相手の質問を待つ。何一つ隠すことなく、その問いに答えるために。



『――貴様は何故、我が領域に現れた』

『主人となるお方を探すためにございます、王よ。私が目覚めたのは、その為であると理解しております』



 その言葉は、昼前に綾乃たちに対して伝えた言葉と変わらない。

 ショゴスは、自らの主人を探すためにここにいる。

 長き眠りに就いていたことも、全ては己の主と巡り会うためだったのだから。



『――貴様は何故、今になって主を探す』

『その為に眠りに就いていたからにございます。私は、己の主人と出会うために自らを封印いたしました』



 その言葉に、嘘偽りは無い。

 このショゴスは太古の昔、新たなる己の主人を探すために、自らを封印していたのだ。

 気の遠くなるような長い時間を超え、この時代に蘇った古き生物。

 その願いは、眠りに就く前も、今も、一切変わってはいない。

 ――だからこそ、響き渡る声は残る疑問を口にしていた。



『――貴様は何故、眠りに就いた』

『……それは』

『――答えよ』



 有無を言わさぬその言葉。答える以外の選択肢など存在しないと、そう叩きつけるかのごとき重い声音。

 魂すらも引き裂かれそうな重圧を前に、ショゴスは僅かに震えながらも、その答えを発していた。



『導きが、ございました。私を導く、あの方の声が……』

『――答えよ』

『……偉大なりし、外なる《魔王》。白痴にして狂乱の王たる、あの方の声が』

『――――』



 ――響き渡る声が、沈黙する。

 それは、彼らにとってもまた禁忌とも呼べるほどの存在であったためだ。

 通常であれば、信じることなどできないだろう。その名には、それほどの力があるのだから。

 だが、自らを滅ぼせるだけの圧倒的な力を前にして、虚言で発せられるような名ではないことは事実だ。

 そして、声の主もまた理解している。追い詰められた今の言葉の中に、嘘は一切存在していなかったと。



『――よかろう』

『っ、それでは!?』

『――この地への滞在を認める。陛下の思し召しであるならば、我に妨げられる道理も無し。だが――』

『承知しております。貴方の巫女だけではなく、この地の人々の誰にも手出しをするつもりはございません』



 ショゴスがそう告げると同時に、周囲を支配していた重い気配が消える。

 空を覆っていた暗雲も徐々に晴れ、普段と変わらぬ夜の景色が広がっていた。

 そこでようやく顔を上げたショゴスは、自らが見逃された事実を改めて把握し、どこか人間らしい仕草で安堵に胸を撫で下ろす。

 ――瞬間、ふと動くものの気配を感じ、ショゴスは屋敷の奥の廊下へと視線を向けていた。



『……ありがとう、ございます』



 彼女の視界には――屋敷の中へと姿を消す、小さな黒い影の姿が映っていた。





















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