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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第1章 灼銅の王権
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005:初めての外












 外出許可が出た翌日、私は早速、病院の中庭へと足を運んでいた。

 窓からも見えていたが、この病院の周囲にはぐるりと高い壁が張り巡らされている。

 まるで刑務所のようだ、とも思ったが――やはり、この病院はどこか特別なもののようだ。



「正門が常に閉じている……許可が出た時だけ開くようになっているのか」

『一般的な外来を受け付けている病院ではなく、限られた者だけが利用する場所のようじゃな』

「まるで軍の医療施設だな」

『あながち間違いではないかも知れんぞ。警備に立っている者は明らかに軍人じゃ』



 警察病院よりも明らかに厳重な警備だ。あからさまに武装しているわけではないが、魔法使いに対して言っても詮無いことであろう。

 恐らくこの病院は軍人、国家公務員に当たるような者、およびその家族が利用するために作られたもの。

 私の生家である火之崎も、この施設を使えると言うことだろう。

 いくら金持ちであるにしても、子供に対してあれほど上等な病室を――それもほぼフロアの一部ごと与えているのだ、特殊な病院でなければ不可能だろう。



「……まあ、警備が厳重であることは歓迎すべきことか。さて、千狐。これからどうするつもりだ? 私としては、少し体を動かして体力をつけるつもりだが」



 リハビリ室で多少体を動かしていたとは言え、殆ど病室で生活していた身だ。

 子供であることを考慮しても、明らかに体力が少ない。

 こうして少し動き回っただけでも、少し息が切れ始めてきているのだ。

 外に出ることが可能になった以上、少しでも体を動かして体力をつけておくべきだろう。

 尤も、看護師の監視の目がある以上、無茶は出来ないのだが。

 着いてきている看護師に聞こえぬよう小声で話し合いながら、私は千狐の言葉に相槌を打っていた。



『まあ、まずは散歩程度でいいじゃろう。妾も、お主には十分に動き回れるだけの体力を付けさせたいと思っておったしの』

「いきなり走り回っても体がついていかないだろうからな……だが、ただ散歩させるだけのつもりもないのだろう」

『当たり前じゃ。お主には二つの作業を行ってもらうぞ』



 ゆっくりと歩き出しながら、私は千狐の言葉に耳を傾ける。

 私の後ろをついてきている女性の看護師は、きょろきょろと周囲を見回している私を微笑ましく見守っている様子であった。

 子供好きなのだろう、職務に対しても忠実な様子であり、私としても好感が持てる。

 母上も、私につける看護師はしっかりと厳選した様子であった。



『まず一つ、これはいつも行っていることじゃが、妾の《掌握ヴァルテン》を使いながら動き回ることじゃ』

「ふむ、それぐらいなら簡単だが」



 言いながら、私は《掌握ヴァルテン》を発動する。

 千狐が用意した術式に魔力を通すことで発動するこの力。

 今の私では、まだ使いこなせているわけではないらしいのだが、それでも使い方には慣れてきている。

 発動と共に変わるのは、私の肉体に対する認識だ。

 一挙手一投足――手足の指先に至るまで、全ての動きをコンマ以下の単位で認識することができる。

 そしてゆっくりとであれば、その動きを正確に支配することができるのだ。


 前世では警官として警察学校で剣道と柔道は修め、機動隊に居たころには逮捕術もしっかりと学んでいる。

 またあの事件以来、空手や合気道なども仕事の合間に学ぶようになり、全ての段位を合わせれば十は超えていた。

 だからこそ、この力がどれほど有用なものであるかはしっかりと理解していた。



「とりあえず、もっとしっかりと体を動かせるようになれ、と言うことだろう?」

『うむ。今の時点では、ただ体を上手く動かせている、という程度じゃ。素早く動き、その上で精密に体を支配できるようにすること……お主の目指す場所はそこじゃな』

「なるほど、了解した。それで、もう一つは何だ?」

『お主の魔力の質を良くする方法じゃよ』

「魔力の、質?」



 魔力の扱いにも慣れてきている。生まれてこの方、ずっとその制御を学んできたのだ。

 今では、自分自身で魔力を放出しても、自らの命を脅かすことはない。

 だが、魔力の質というものに関しては、一度として考えたことがなかったのだ。

 そんな私の疑問に答えるように、千狐は笑みと共に声を上げる。



『お主にもイメージできるように言えば、魔力の密度といった所か。お主の魔力の器は確かにそれほど大きくないが、そこに入れる魔力の密度が一定というわけではない。密度をより高めれば、それだけ少ない消費で強い術を操れるようになる』

「私の魔力の少なさに対する対抗策のひとつという訳か。それで、方法は?」

『方法は一定というわけではないがの。イメージとしては……ハンバーグとかかの? 今のお主の魔力には、不要な隙間が空いてしまっておる。空気を抜くように、その隙間を埋めていくんじゃよ』

「……ふむ」



 私のイメージの中では、魔力とは液体のようなものだ。

 既に隙間なく満たされてしまっているため、そこから空気を抜くといわれてもあまり上手くイメージすることが出来ない。

 ならば、液体で密度を高めるとはどのような状態なのか。思いついたのは、『濃度』という言葉であった。

 《掌握ヴァルテン》を使い、自らの肉体を制御しながら魔力へとイメージを伝えていく――その作業は中々に困難であったが、私は拙いながらも魔力の操作を開始していた。



「これは……中々、難しいな」

『じゃろうな。初めは《掌握ヴァルテン》を己が魔力にも影響させるといい』



 千狐の言葉に頷き、私は《掌握ヴァルテン》の効果範囲を拡大させる。

 己の魔力そのものを支配下に置き、その動きや性質を正確に把握する。

 千狐は、魔力の中に余計な隙間が開いてしまっているといっていた。

 彼女の場合は魔力を固体として認識しているため、そこに隙間があると感じていたのだろう。

 つまるところ、魔力の中に余計なものがあるということになる。



(私の場合は……不純物が入っている、と言ったところか)



 己の肉体と己の魔力。かなりの情報量を一度に処理しながらも、私は魔力へと己のイメージを伝えていく。

 私の魔力は液体……不純物が入ってしまっている液体だ。

 私の脳裏に浮かぶのは、コップの中に入っている濁った液体。僅かに赤い色をしたそれを、己の支配下へと置く。

 さて、ここから不純物を抜いていくにはどうしたらよいだろうか。

 液体から余計なものを取り除くには、やはり濾過する必要があるだろう。

 ……だが、そこからどうすればいいのかが良く分からない。



「……取っ掛かりは掴めたのだがな。どうやってやるべきか」

『イメージの中の魔力を操作することは出来たのじゃろう。まずは、それに慣れてからじゃな』

「一朝一夕とはいかないな、これは……」



 とりあえず、不純物を取り除くにはどうすればいいか。

 思いつく方法といえば、とりあえずは漏斗だ。濾紙を敷いた漏斗など、理科の実験ぐらいでしか見たことはないが、やはり思いつくのはそんな程度だろう。

 だが、私の魔力の器は一つだけだ。例え漏斗を用意したとしても、移す先がなければ意味がない。

 となると、一度発想を変える必要があるだろう。こういったものは、最初の固定観念に縛られていると行き詰ってしまうことが多い。

 頭の柔らかい若者には及ばないが、それでもその意識がある以上、ある程度は発想の転換ができる自負があった。



『……あるじよ、お主中身はいい年の癖に、結構想像力は豊かじゃの』

「そうでなければ刑事なんてやっていられないからな」



 事件捜査は自分の足と、そしてあらゆる可能性を潰していく発想が重要だ。

 何か決まりきった行動を取っていればいいというものではない。

 だからこそ、行き詰った時にはすぐさま発想を変える、というのが私の習慣となっていた。


 さて、現在の状況における発想の転換だが――今の私は、この器に満たされた魔力の純度を高めたいと考えている。

 つまり、結果としてこの中身の純度が高まればよいのであり、別に現在の魔力をどうこうする必要は無いのだ。

 現状、千狐の精霊魔法スピリットスペルを発動している私の魔力は、徐々にではあるが減ってきている。

 そして魔力は、空気中の魔素を体内に取り込むことで精製され、この器に満たされていくのだ。

 どこからともなく現れるわけではなく、ゆっくりと、上から雫を零すように器の中へと入っていく魔力。

 私は、その入ってくる雫に対し、イメージの中でフィルターを当てるように不純物の除去を開始していた。

 その方法を感じ取ったのだろう、千狐は僅かに目を見開き、それから呆れたような表情で声を上げる。



『気の長い方法じゃな』

「だが、極力意識を割かずに行うことが出来る。これで上手くいくかどうかは……まあ、明日の様子見だな」



 どうせ、今日の夜にも余った魔力を放出するのだ。

 そこから魔力を集める際に、このフィルターを機能させるようにすればいい。

 ただし、眠っている間にもこれを機能させるようにするには、かなりの修練が必要となるだろう。

 それに、現状のフィルターで十分な効果を発揮できているかどうかも分からない。

 足りないようであれば、更に方法を考える必要が在るだろう。



『まあ、とりあえずはそれでいいじゃろう。じゃが、まだ妾の言った条件は半分しか満たされておらんぞ?』

「……一応、余分なものは取り除いているぞ?」

『確かに、前よりは多少良くなっておるじゃろうが、魔力が『薄い』ことに変わりはないぞ? 純度が上がっても、密度がそれほど上がっておらんのじゃ』



 つまるところ、この工程だけでは不足であるということだろう。

 不純物が取り除かれて純度が上がっても、密度は薄いままの魔力。

 密度を上げるにはどのようにすれば良いか――液体ならば、とりあえず煮詰めてみるべきだろうか。

 余分な水分が飛べば濃くなるだろうと、私はイメージの中の魔力をしたから熱し始めてみる。

 多少ながら火の属性を持っている為か、思った以上にすんなりと火を灯すことはできた。

 そして、魔力の濃度が均等となるように、ぐるぐると回し始める。



「……これは、中々大変だな」

『意識せずに出来るようになって、ようやく半人前じゃ。精進することじゃな』



 からからと笑う千狐の言葉に、私は思わず嘆息する。

 《掌握ヴァルテン》による制御がなければ、恐らく瞑想しながらでもなければこんな作業は行えなかっただろう。

 術式の維持という作業のない精霊魔法スピリットスペルでなければ、このような平行作業は不可能だったはずだ。

 しかしそれでも、これだけの作業を並行することは非常に困難であり、今の私にはせっかくの外の風景を気にする余裕もなかった。

 というよりも、看護師に不審に思われぬようにするだけで精一杯だ。



(その点、ここが高級な病院であったことは都合が良かったがな……)



 普通の病院にありがちな人手不足という感がなく、スタッフも真面目な人材が多い。

 というよりも、それだけ多くの制約があるということだろう。職務に対しては非常に忠実で、私情を挟むような人間は殆どいない。

 尤も、一部例外がいることは確かだが――高い給料をもらっている分だけ、きちんと仕事をする気概がある人間だけを集めているのだろう。

 私に対して、あまり良い印象を抱いていない職員はそこそこいるだろう。

 何せ、あまりにも子供らしくない子供なのだ。私がこの体を制御できるようになってから、夜泣きもしなければ我侭も言わない、喋り始めればすぐに流暢に、しかも子供らしさの欠片もない調子で話している。

 不気味に思っているだろう。だが、その感情を表に出す者はいない。

 このような環境を用意してくれたことには、感謝しなくてはならないだろう。



『ほれ、いつまでも周囲を見る振りばかりしていても仕方ない。歩きながら練習を続けるぞ、あるじよ』

「やれやれ……私の相棒はスパルタだな」



 苦笑しつつ、私は再び歩き始める。

 必死に魔力と体の制御を行いながら、それでも外見をしっかりと取り繕って。


 ――だからだろう。



『……む?』

「千狐?」

『……いや、何でもない』



 向けられている視線には、私は一切気づくことが出来なかったのだ。





















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