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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
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047:格闘術












 母上から教わることは、何も魔法に関する技術ばかりではない。

 身体強化の概要を学んだ後、私はその練習を続けながらも、同時並行で母上の演武を観察し続けていた。

 特級魔導士になるためには、やはり戦闘技能がどうしても要求される。

 魔法使いの戦闘スタイルは人それぞれであり、特定のスタイルを要求されるわけではない。

 遠距離で魔法を使えない私でも、資格の取得には問題ないとのことであり、それには一応安心したのだが――



『あるじよ。お主、アレの真似をするつもりか?』

「ああ、私はそのつもりだ。《王権レガリア》を使っている時も、素手で戦わざるを得ないしな」

『中々遠い道のりになりそうじゃな』



 鞠枝のように武器を持っても、《王権レガリア》を発動した私には使いこなす余裕など無いだろう。

 そもそも千狐の腕を借りたあの状態では、物を上手く掴んで扱えるとは思えない。

 やはり、自らの拳で戦う母上のスタイルこそが私には合っているように思える。

 尤も――こうして眺めているだけでも、隔絶した技量を感じざるを得ないものであったが。


 母上の使っている戦闘格闘術は、どうやら独自に技を磨いた我流のものであるらしい。

 我流と言えば聞こえはいいが、ほとんどの場合はただの喧嘩殺法であり、隙だらけの拙いものばかりと言う印象がある。

 不良の若者が使っているのはおおよそそういったものであり、基本もなければ残心も心得ていないような者ばかりだった。

 だが、言うまでも無く母上の技は違う。我流ではあるが、決して適当と言うわけではないのだ。



『妾には良く分からんが……確かに、美しい演武じゃの』

「実際のところ、凄まじいものだぞ、アレは。私に見せるためにあえてゆっくり動いているが、本当に一切のブレが無い。そして、あらゆる動きが理に適っている……そう簡単に身につくものではない」



 母上の格闘術は、恐らく独自に研究、そして実戦と実験を繰り返した、高度に合理化されたものだ。

 基本の構えはほぼ自然体。軽く右足を後ろにした半身の体勢であり、重心は僅かにしか落とさず、腕を構えていなければ普通に立っているようにしか見えない程度の姿だ。

 これは正面に集中しているのではなく、周囲の全方位を警戒しているためだろう。

 いつどの方向にでも動けるように、力を入れすぎない立ち姿となっているのだ。

 恐らくは、この禁域の森の中で、全ての周囲を警戒しながら戦う技術を身につけたためなのだろう。



「相手から狙われることに慣れている動きだな。この禁域もそうだが、普段の屋敷でも日常的に狙われているからか……だが動きやすいが故に攻めることもできる。それに……」

『それに、何じゃ?』

「母上には、あの魔力がある。それも含めれば、恐ろしいことこの上ない」



 右腕は引き絞るように引き、しかし力を込めすぎずに緩く拳を握っている。

 そして、対する左腕は正面へと出しながら真っ直ぐと立てる。

 いかなる攻撃も受け流し、反撃の一撃で打ち砕く、その意思が見て取れる構えだ。

 だが、母上にはあの黒い魔力がある。触れるだけであらゆるものを削り取る、あの漆黒の魔力が。

 そして、その魔力を鎧のように展開する、あの《纏魔》と呼ばれる技術。

 それらを組み合わせた上での、母上の格闘術は、正しく一撃必殺と言えるだけの力を有していることだろう。

 あらゆる防御を、その防御の上から打ち砕く――相対する敵からすれば、悪夢のような存在だ。



『主よ、手が止まっておるぞ』

「ああ……すまん、思わず見蕩れてしまった」



 だが、その強大な力とは裏腹に、母上の動きは実に美しい。

 まるで流れるように、舞い踊るかのように、母上はその動きを繋げていく。

 いかなる武術であったとしても、動作の切れ目と言うものは必ず存在する。

 人間の動きである以上、それは避けられないことであり、だからこそ残心によって可能な限り動作の隙を減らすのだ。

 だが母上の場合、その残心から次の動作までを含め、全て計算した上で動いているようにも感じられる。

 つまり、動作の切れ目を他者に察知させない動きだ。全く打ち込む隙を見出せないその動きは、ともすれば踊っていると錯覚してしまうほどに優雅なものである。



「虫が止まれそうなほどにゆっくりとした動きで、正確に、精密に……かなり辛いのだがな、アレは」

『速く動くよりは楽なのではないのか?』

「どのような動きであれ、動作の途中には体を落ち着けられるようなタイミングは存在しない。歩いている時だって、中途半端に足を上げたまま動きを止めれば辛いだろう」

『妾は浮いているから良く分からんが、まあ確かに』



 私の言葉に対し、腕を伸ばしたり引いたりしながら頷く千狐。

 彼女の場合、そもそも筋肉も何も無いようなものであるし、重力に囚われてすらいない。

 地に足をつけて動かざるを得ない人間の感覚は理解しがたいのだろう。

 私は軽く肩を竦め、懇切丁寧に説明を続ける。



「どうしたところで、我々は重力の影響を逃れることはできない。体のいかなる部位に対しても重力の影響はかかり、その分だけ体の重みが負担としてかかる。我々がそれに耐えているのは、耐えうるだけの筋力があり、尚且つ可能な限り重力に逆らわずにいるからだ」

『立っているだけで重力に逆らっているのではないか?』

「無論そうではあるが、無駄に逆らってはいないと言うことだ。力を抜いた体勢では、そもそも腕を上げっぱなしにしたり、足を上げっぱなしにしたりはしないだろう。更に楽な体勢と言えば、腰を降ろして体重を椅子や地面に預けることになる」

『自らの体の重みが負担になるということかの?』

「その通りだ。今の母上の動きを見てみろ」



 母上は、まるでスローモーションのような動きで、鞭のようにしなるハイキックを繰り出している。

 振り上げているのは右足。極力上半身をぶれさせないで放たれているその動きは素晴らしいが、当然ながら左足への負担は大きくなる。

 だが母上の左足は、まるで地面に根を張っているかのように微動だにせず、その体を支えていた。



「片足をああも振り上げていれば、当然バランスを保つことも大変だ。だが、母上はまるでバランスを崩す気配が無い。相当にインナーマッスルが鍛えられている証拠だ」

『ふむ、成程のぅ。しかし、何故あんなゆっくりな動作をしておるのだ? お主に見せるにしてもゆっくり過ぎはせんか?』

「筋力を鍛えるトレーニングになると言うのもあるが、あれは自らの動きを調整しているのだろう。戦っていると、型と言うものはどうしてもぶれてしまうからな」



 格闘に限らず、あらゆる武術は、一度習得したらそれで終わりと言うものではない。

 磨かねば錆びるし、使っても余計な肉がついてしまう。

 だからこそ、自らの動きは日々調整を重ねなければならないのだ。

 母上は、ああしてゆっくりと動くことで自らの動きを再調整し、ぶれてしまった型をリセットしているのだ。


 そうして繰り出されているのは腕や足だけでなく、肘や膝、時には指先や体全体、体のありとあらゆる部位を武器とした攻撃だ。

 通常ならば攻撃になりそうもない動作も、極限まで強化された肉体とあの黒い魔力があれば、途端に人体を容易く破壊するような武器と化す。

 正しく、母上が使うに相応しい武術であると言えるだろう。

 そうして一通り動きを整え、整息した母上は、私のほうへと向き直って声を上げた。



「どうかしら、仁ちゃん。これが仁ちゃんに学んでもらうつもりの武術よ」

「はい、素晴らしいと思いました。まあ、完全に同じとはいかないでしょうけれども……」



 母上の武術は、あの漆黒の魔力と《纏魔》を前提としている部分がある。

 これは母上だからこそ十分な威力になるのであって、私が真似したところで牽制にすらなりはしない。

 真似をするのであれば、そういった部分は削るか、或いは何かしら別の手段を講じる必要があるだろう。

 そう考えての返答に対し、母上はにっこりと笑って声を上げる。



「それが分かっているなら十分ね。まあ、これは最低限でも《装身》を使えることを前提としているから、しばらくは型の訓練をしてもらうわ」

「はい、承知しています」



 最初から使えるとは私も思っていない。

 型を体に叩き込み、その上で《装身》をマスターする。

 そこまでして、ようやく何とか使えるというレベルになるだろう。

 武術の基本理念は守破理。基本となる型を『守り』、自らに合った形で型を『破り』、そして型の理念を理解して既存の型から『離れる』こと。

 この『守』の段階を極めるまで、果たしてどれほどの時間がかかることか。

 まだまだ先は見えないが、まずはやれる事から始めるべきだろう。



「よろしい。それじゃあ、私の真似をして動いてね」

「はい、分かりました」



 とりあえず、最初は基本の構えから。

 私に合っているかどうかはともかくとして、とりあえずは模倣しなければ始まらない。

 右足を軽く下げただけの自然体。少しだけ重心を落とし、足の指先に力を込める。

 右腕は引き、そして左腕は立てて前へ。いついかなる方向へも動けるように意識しながら、私は母上の構えを模倣する。



「少し、力が入りすぎね。緊張してるのかしら? 《装身》を使っている場合、軽く動くだけでもかなりの距離を移動できるから、あまり指先に力を入れ過ぎなくても大丈夫よ」

「成程……こんな感じですか?」

「ええ、そうそう。その調子よ」



 足先へ込める力は最小限に、下半身からは力を抜く。

 だが抜きすぎることも無く、いつでも動けるだけの力は蓄え続けておく。

 言葉で言う分には簡単だが、やはり意識すると難しい。

 一部に意識を集中すると、他が疎かになってしまうのだ。

 これに加えて身体強化を維持し続けるとなると、やはりかなりの難易度となるだろう。



「うん、とりあえずこの体勢ね。とりあえずパンチを打ってみなさい。こんな感じよ」

「はい、ええと……こうですか?」

「まだちょっと力の伝導が足りないわ。基本は左足を強く押し込んで、浮いた右の踵を始点に腰を回転させて、それと連動するように拳を打つ感じね。拳はまっすぐ打たないとダメよ?」



 そのあたりは、やはりボクシングや空手と同じような理論らしい。

 攻撃はその部位だけでなく、全身を使って打ち込むものだ。

 特に武器を使わぬ格闘技では、いかに肉体を活用して威力を伝えるかが重要となるだろう。

 母上の場合、軽く相手に当てるだけでも十分な破壊力を期待できるのだが、こういった威力を向上させる理論も疎かにはしていないようだ。

 何度か母上の指導の下に同じ動きを繰り返し、再び構えの型を修正して、たった一つの動作を徐々に徐々に練り上げていく。

 たった一つの動きでさえ、どれほど練習を繰り返しても、母上の領域には程遠い。

 けれど、それだけ出来ることが多いのだ。一つ残らず学び取り、吸収して、我が物としなくては。


 そう決意を新たにした、その瞬間――閃光と共に、乾いた轟音が山々に響き渡っていた。



「っ、驚いた……なんだ、雷?」

『確かに雷のようじゃったが……変じゃの。雲ひとつ無いぞ?』



 響き渡った音は、確かに雷の音だった。

 だが、そうであるにもかかわらず、空は雲ひとつ無い青空が広がっている。

 文字通り、青天の霹靂。一体何が起こったのかと、音の響いた方向を見上げながら首を傾げる。

 と、そこへ、縁側で座っていた先生が、何やら掌の上で魔法を展開しながら声をかけてきた。



「どうやら、何かがこの山に入ってきたようですね。見慣れぬ禁獣の反応があります」

「先生、私たちを狙っている感じですか?」

「心配しなくても大丈夫ですよ、朱莉ちゃん。先ほどの雷は、ここの結界を狙ったものですらなかったですから……それに、あの程度では結界は破れませんよ」



 どうやら、この禁域には生息していなかった禁獣が外部から入り込んできたらしい。

 アレほど派手な音を立てられるとなると、それなりに力のある存在なのかもしれないが。

 とりあえず、この屋敷の周辺にいる分には安全なようだが、果たして何が起こっているのやら。

 もう一度先ほどの方角へと視線を向け、私は僅かにその目を細めていた。





















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