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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
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046:発想の転換












 母上の説明の後、私は湖畔に座り込み、《装身》の練習を開始していた。

 左手で右の手首を掴み、右手は指を真っ直ぐと伸ばして固定する。

 魔力の操作は、どうしてもイメージによって左右される。ようは、自分が最もイメージしやすい方法であれば、制御もしやすくなるのだ。

 私にとっては、魔力は流動物のイメージだ。体の中を流れていくさまをイメージしやすいように、こうして指先まで真っ直ぐと伸ばしているのである。

 とりあえず、最初に強化するのは肘から先のみでいいだろう。いきなり全身を強化できるとは、私も考えていない。



「とりあえずは骨から、か」

『まずは試してみるべきじゃろうな』



 千狐の言葉に頷き、私は強化を開始する。

 骨は決して単純な物質と言うわけではなく、それ自体がそれなりに複雑な構造をしている。

 更に、骨の種類によっても構造は様々なのだ。

 恐らく、母上ほどのレベルで強化を施すには、それら全てを把握する必要があるのだろう。

 まあ、今の私には到底不可能なことであるので、とりあえず程度に骨へと魔力を流していく。



「……む」

『どうかしたのか、あるじよ?』

「いや、大雑把に腕全体を強化していた時よりも、魔力が流れづらいと思ってな」



 流せないことはないし、強化が出来ている感覚はある。

 だが、以前の強化――つまりは《強壮》を使っている時よりも、明らかに魔力の通りが悪い。

 いかなる原因なのかは分からないが、どうやら魔力の通り……伝導率とでも言うべきか、それには体のパーツごとに違いがあるらしい。

 骨は筋肉よりも魔力が通りづらく、それ故に強化するならば普段よりも強く魔力を流す必要がある。

 それだけならばまだいいのだが、これに加えて筋肉や皮膚にそれぞれ別の量の魔力を流すとなるとかなり難しいだろう。



「思えば、前に《王権レガリア》を使った時も、骨が耐え切れずに砕けていたな……あれは、強化が足りなかったのもあるが、骨まできちんと行き届いていなかったと言うことでもあったのか」

『しかし面倒な話じゃな。わざわざ別々に強化せねばならぬとは』

「仕方あるまい。前のようにいちいち骨を砕くという訳にも行かないんだ」



 この間の件についても、母上が連れて来てくれた腕の立つ治癒術師がいなければ、今でも治っていなかっただろう。

 下手をすれば、一生ついて回る後遺症が残った可能性もある。

 あの時の選択に後悔はしていないが、それでも同じ状態にならぬようにしっかりと対策をしておくべきだろう。

 何度もあれほどの治療を受けられるとは限らないのだから。



『ああ、そういえば今思い出したのだがな、あるじよ。お主を癒した治癒術師は、あの霞之宮綾乃じゃったぞ』

「何!? 本当なのか、千狐?」

『うむ。あの姿、どこかで見たことがあると思っておったが、あの時じゃったか』



 普通、それほど印象的な出来事だったのならば、一目見た瞬間に思い出してもおかしくはないと思うのだが。

 本当に忘れていたのか、それとも――何か、他に考えていたことでもあるのか。



「……千狐、先生について、何か気になることでもあるのか?」

『む……』



 私の問いに対し、千狐は僅かに目を見開く。

 胡坐を掻いた体勢で宙に浮かんでいる彼女は、そのまましばし硬直し――そして、苦笑とともに肩を竦める。

 その首を、ゆっくりと横へ振りながら。



『いや、大したことではない。単にど忘れしておっただけじゃ。ともあれ、あの女がお主を癒した者であるのは確かじゃよ』

「ふむ……まあ、お前がそう言うならそれでもいいが」

『ああ、そうしておけ』



 何かを隠している様子だが、どうやら話すつもりも無いらしい。

 無理に聞き出そうとしたところで、強情な千狐のことだ、恐らく通じはしないだろう。

 大人しく、話してくれる時を待ったほうがいいだろう。


 ともあれ、先生が私の傷を治してくれた人物だと言うのならば、後で礼を言わなくては。

 母上も説明しなかったと言うことは、恐らく隠していたのだろうが、それでも恩義には礼を尽くさなくては。

 先生はその技術、経歴上、この山の外に出るには正体を隠す必要がある。

 あの時の私が気を失っていたこともあって、母上はあえてそれを話さずにいたのだろう。

 そもそも、私自身の視点では、高名な治癒術師に施術を受けたのかどうかすらも分からないはずなのだから。

 まあとにかく、この場には私たちしかいないのだ。周囲の目を気にして隠していたのだとしても、今ならば問題はないだろう。



「とりあえず、練習を中断するわけにも行かないし、後で話をしておくとするか」

『うむ。ほれ、手が止まっておるぞ?』

「分かってるさ」



 嘆息し、練習を再開する。

 単純に骨を強化するだけならば何とかならないこともない、が――《掌握ヴァルテン》を使った上で確かめれば、やはり強化しきれていない部分が見えてきてしまう。

 先生の言うところでは、この程度は許容範囲ということなのだろう。

 正直なところ、これを完全に埋めるのには、私では到底制御力が足りない。

 とりあえずはある程度大雑把にでも埋めて、筋肉の強化に移るべきなのだろう。

 だが、しかし――



「つくづく思うが……これは人間に可能な制御なのか?」

『と言っても、あのご母堂はそれよりも更に難しい技術を収めておるのじゃぞ?』

「この五年間、まともに魔法は使えなかったが、その分だけ魔力制御の訓練は積んできた。だからこそ、己の技術がどの程度伸びてきているかの自覚はある――だからこそ思うんだ。普通にやっても、あの領域には辿り着けないと」



 母上に、特別才能があるというのもあるだろう。

 だが、それにしたとしても、あまりにも制御の難易度が高すぎる。

 これほどのものを制御したまま戦闘行動を取れるとは、到底思えないのだ。



「何か、何かが違う。一箇所を埋めようとすれば他が疎かになるし、勢い良く魔力を流して埋めようとすれば魔力が漏れてしまう。根気良く精密な魔力制御を、全身に余すことなく施しながら、それを常に維持し続ける? 普通に考えて不可能だ」

『ふむ……それは確かに、そうかもしれんのぅ』



 一時的に、つまり戦闘時のみ維持し続けると言うことすら難しいのだ。

 母上のように、普段から維持し続けるなど、普通ではありえない。

 母上と先生は肉体改造の域にあると言っていたが……一体、何をどのように改造したと言うのだろうか。



『正攻法で上手くいかぬのであれば、何かしら発想の転換が必要と言うことなのではないか?』

「む? ふむ……発想の転換か。固定観念も何も無い身だが、少し先入観に囚われていたか?」



 考え方を変えるのは重要だ。捜査をするにしても、一つの考え方に囚われていたせいで、袋小路にはまってしまった経験は幾度かある。

 必要なのは、考え方の出発地点を後退させること。

 前を見ることだけが、先に進む手段ではないと考えるのだ。



「……《装身》は、全身を循環する魔力で肉体を強化する技術。条件は、その魔力を外に放出しないこと」



 《強壮》の場合は、制御し切れていない魔力が漏れてしまう。

 《放身》の場合は、制御した上で魔力を放出してブーストをかける。

 つまるところ、魔力を放出せずに強化することが、《装身》の条件だ。

 ならば、どうすれば魔力を放出せずに済むのか。



「難しいのは、強化と魔力放出防止の両立だ。普段なら、多少意識すれば魔力を放出せずに済む。だが、肉体を魔力で満たす作業を交えると――」



 そこで、ふと何かが引っかかった。

 肉体を魔力で満たす作業。これは、普段我々人間が――否、全ての生命体が、無意識に行っていることではないか。

 この世界において、生物のあらゆる臓器は、魔力を供給されることによって動いている。

 それに例外は無く、魔力の枯渇が死に直結するのはそれが原因となっているのだ。

 つまり、私たちは普段、肉体に魔力を供給しているのだ。

 全く意識することなく、その非常に難しいはずの作業をあっさりと行っているのである。

 無論、色々と勝手は違うはずだ。普段供給されている魔力は微量であり、母上のような強大な力を発揮できるようなものではない。

 肉体に魔力を循環させるための循環路は、決して太いものではないのだ。



「……循環路、か」



 魔力の循環路のイメージは、私にとっては血管だ。

 動脈を流れ、静脈を帰っていく――だが、私のイメージの中では、太い血管のみが意識されていたようだ。

 血は毛細血管を経て、体の隅々に酸素を運ぶ。魔力もこれと同じであったとしたら――毛細血管のように、細かく枝分かれした循環路が、肉体に魔力を供給していたとしたら。

 今の私の強化は、要するに魔力の大本から汲み上げた魔力を直接強化したい部位に注入していた形であり、元々流れていた魔力を完全に無視した形となっている。

 もしも、肉体の本来の機能を活用して魔力を注ぐことができるなら、母上のように普段から《装身》を維持し続けることができるだろう。



「成程……それで肉体改造か」



 循環路は、人間が生まれつき有している機能だ。

 一説には、古い時代の人間達は、現代の人間よりも遥かに高い身体能力を有していたと言う。

 ひょっとしたら、かつての人間達はもっと多くの魔力を循環させるような循環路を有していたのではないか。

 便利な世の中になるに連れて、人間の身体機能も退化してきたのかもしれないが、私が求めているのはまさにそんな循環路だ。

 母上の言う肉体改造とは、そういったかつての循環路を形成するようなことを指しているのではないだろうか。



「新しく魔力の循環路を形成するのは……流石に、無理だろうな。ホースに穴を開けるようなものだ。だったら、今ある循環路を強化するしかないのか?」

「……驚きましたね。まさか、そこまで考え至っていたとは」

「っと、先生?」



 背後から声をかけられ、強化を中断する。

 振り返れば、普段の割烹着を着た先生が、いつの間にか私の背後まで近づいてきていた。



「もうすぐお夕飯の時間ですよ、仁君。そろそろ練習は切り上げましょう」

「え? もうそんな時間ですか?」

「ええ。凄い集中状態に入っていましたから、教えることが無いって朱莉ちゃんがつまらなさそうにしていました」



 周囲を見渡せば、既に夕日が山間へと沈もうとしている。

 どうやら、ひたすら考えごとと練習を続けている内に、時間が経ってしまっていたようだ。

 くすくすと笑う先生の様子に恥じ入りつつも、私は促す手に捕まって立ち上がる。

 ある程度考えは纏まったのだ。また明日、続きから行えばいいだろう。

 まあ、寝る前に《放身》の練習をするつもりではあるのだが。



「それにしても、さっきのはよい考察でしたよ、仁君」

「循環路のことですか?」

「ええ。《装身》は通常、維持することにかなりの集中力を必要とする技術です。だからこそ、普通の魔法使い達はある程度妥協しなくてはならないのですが」



 だが、私には強化を交えた近接戦闘以外に取れる手段が無い。

 身体強化の技術に関し、私は妥協するわけにはいかないのだ。

 先生もそれは分かっているのだろう。彼女は私の手を引きながら、軽く宙を見上げつつ声を上げる。



「循環路を強化する。朱莉ちゃんは、そうすることによって強力な身体強化を手に入れた。けれどね、仁君。これは、デメリットも伴う行為なんですよ」

「デメリット……?」

「ええ。自分で挑戦する前に言っておかなければならないでしょう? 循環路の強化は、確かに《装身》の常時発動に繋がりますが、同時にプールできる魔力量の減少に繋がります。本来ならば源泉に溜まっている魔力を、更に肉体に循環させることになりますからね」



 先生のその言葉に、私は目を見開きつつも頷いていた。

 確かにその通りだろう。普通の魔法は、本来体内にプールされている魔力を使って発動する。

 体内に流す魔力量を増やすと言うことは、そのプールされている魔力を減らすと言うことに他ならない。

 確かに、それは大きなデメリットであると言えるだろう。



「けれど、先生。私は魔力感応の能力が低いですから……それよりも、《装身》を会得することのほうが重要です。確かに、精霊魔法スピリットスペルは使いづらくなりますが、それでも私は、母上と同じ方法を選びます」

「……そうですか」



 先生は、私の答えに対して納得したように笑う。

 使える魔力が減るのは痛いが、その分を増やせばいいだけの話だ。

 苦難を乗り越えることで二兎を得ることができるのならば、私はその道を選ぶ。

 新たなる指針を心に決めつつ、私は先生に連れられてその日の訓練を切り上げたのだった。





















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