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汝、不屈であれ!  作者: Allen
第3章 虹黒の従僕
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045:実践練習












 母上の話を聞いた後に、実践練習を開始する。

 とは言え、まだ五歳で体も出来ていない私の場合は、本格的なトレーニングをするわけにもいかない。

 土台となる体力づくり、そして魔法を制御する訓練を優先すべきなのだろう。

 特に今であれば、母上の見せた身体強化の訓練を行うことができるのだから、やることが無くなるということはない。

 柔軟体操と軽いジョギング、子供の内にしっかりと体の柔軟性を高めながら、私は胴着を着た母上の前に立つ。

 同じデザインの胴着を着た私を満足げに眺めていた母上は、私が準備完了したのを見ると、小さく頷いて声を上げた。



「さて、準備も完了したようだし、始めるわよ」

「はい、よろしくお願いします」



 改めて礼をしてから、私は魔力を励起させる。

 五年間練習を続けただけあって、このスピードはそれなりのものだ。

 流石に、母上のように常に待機状態を維持し続けているようなことは無いが、一瞬で使用可能な魔力を準備することは可能になった。

 私が魔力を準備したスピードに、母上は僅かに目を見開き、そして嬉しそうに口元を緩める。



「ちゃんと練習を続けてたのね、偉いわ」

「いえ、これぐらいしかできることがありませんでしたから」

「謙遜しなくていいのよ。おかげでスムーズに訓練に入れるのだから」



 くすくすと笑う母上に、私は苦笑交じりに頷く。

 まあ、千狐の指導の下にここまで技術を高めてきたことは既に話しているのだ。

 あまり心苦しい点もないため、賞賛の言葉は素直に受け取っておくことにする。



「さて、訓練についてだけれども……身体強化の訓練は、《装身》と《放身》を並行して行っていくことにするわ」

「平行して、ですか? どちらか片方を優先するわけではなく?」



 母上の宣言したその内容に、私は思わず首を傾げる。

 《装身》と《放身》は、《強壮》と比べても圧倒的に難易度が高い技術だ。

 次の段階であるとは言え、その差はあまりにも大きい。

 だからこそ、どちらか片方に集中して行ったほうがいいかと思うのだが。

 そんな私の疑問に対し、母上は頷きつつ声を上げる。



「確かに、《装身》を先に集中的に訓練するのもいいのだけど、《放身》を実戦的に使うことを考えるならば、仁ちゃんは魔力を増やすことを意識しなくちゃいけないわ」

「ああ……成程。最後に《放身》の訓練を行って、魔力をできる限り使い切るのですか」

「そういうことね。仁ちゃんは精霊の指示でずっとそれを続けているみたいだけど、ただ放出するだけよりは訓練する方がいいでしょう?」

「そうですね、その方が無駄が少なくてすみます」



 生きるために続けてきた魔力増幅の訓練だが、これからは実戦を意識した魔力の伸ばし方を考えなくてはならない。

 現状、私の魔力はそこそこ伸びてきてはいるが、それでも精々が一般的な魔法使い程度のものだ。

 《装身》を使うだけならばともかく、《放身》を用いて戦うことを考えると、少々心もとないと言わざるを得ない。

 魔力の量は、そのまま魔法使いの力に直結するものなのだから、ここで妥協するべきではないだろう。



「まあ、《装身》に集中して魔力制御を伸ばすことができれば、そのまま《放身》の練度にも直結してくるわ。一日の仕上げとしては、成長が実感しやすいと思うわよ」

「分かりました。とりあえず、《装身》を先に行うということですが……」



 正直なところ、難易度はこれまでの比ではない。

 今まで行ってきた魔法関連の訓練の中でも、トップクラスの難易度であると言っても過言ではないだろう。

 まあ、二級の魔導士でも習得していない人間がいるぐらいなのだから、難しいのも当然であるが。

 しかし、《掌握ヴァルテン》で己の魔力を制御した上でさえ、体の一部分の強化すらも維持することができない。

 一朝一夕では、その足がかりすらも掴むことはできないだろう。



「……何か、コツとかは無いのですか?」

「まあ、最初は難しいわよね」



 私の弱音に対し、母上は苦笑を零す。

 母上としても、簡単にいかないとは考えていたのだろう。

 何しろ、母上も通ってきた道なのだ。ある程度私の反応も予想ができていたはず。

 だが、同じ道を辿ったが故に、母上はこの技術のコツも掴んでいるはずなのだ。

 修行に割くことができる十年という期間。長いようではあるが、学ばねばならないことを考えれば、いくら時間があっても足りない。

 できる限り、効率化していかなければならないのだ。



「コツと言うほどのことでもないのだけど、重要なのは体の内部構造を意識することよ」

「体の、構造ですか?」

「そう。魔力による身体強化は、肉体を魔力で満たすことによって成立するわ。だからこそ、自分自身の体がどうできているのか、そしてどうすればそこに魔力を流せるのか……それをイメージすることが重要なのよ」



 母上の言葉に、私は小さく頷く。

 成程、確かにその通りだ。適当に魔力を流そうとしたところで、どこにどう魔力が流れているのか自覚できなければ意味がない。

 肉体には筋肉があり、皮膚があり、骨があり、脂肪があり、血管があり、腱があり、血も流れている。

 これら全て、余すことなく魔力によって強化できるのだ。

 即ち、己が肉体全てを正確に把握しなければ、《装身》の完成はありえない。



「筋肉の筋、一本一本にまで意識して魔力を通せば、《装身》の完成度はより高まるわ。私の場合は、機銃の掃射だって雨に打たれている程度にしか感じないもの」

「……受けたことがあるのですか、機銃の掃射を」



 それはそれで驚くべきことではあるが、それはまだまだ先の長い話だ。

 筋の一本一本までとなると、最早集中の度合いが桁違いになってしまう。

 私の場合、《掌握ヴァルテン》で集中を続けてようやく把握できるかどうかと言うレベルであり、そこから魔力を通すことなどまず不可能だろう。

 とてもではないが、そんな集中を保てる人間がいるなど信じがたい。



「母上は普段からそれほどの集中を?」

「朱莉ちゃんの場合は少々特殊ですけどね」

「あら、先生」



 母上に対して疑問を投げかけたところで、遮るように横から声が掛かっていた。

 視線を向ければ、いつの間にか姿を現していた先生が、縁側に座った体勢で私たちのことを観察している。

 どうやら、仕事を終えて休憩がてらに私たちの様子を見に来たらしい。

 少々視線は気になるが、今はそれよりも、母上の特殊性について聞いておきたい。



「母上の《装身》は特殊なのですか?」

「ええ。朱莉ちゃんの場合、技術として使っていると言うよりも、肉体改造の領域に入っていますからね。普通の魔法使いの《装身》はもっと大雑把なものですよ。貴方のお父上だって、朱莉ちゃんほどではないでしょうから」

「……そう、なのですか?」



 首を傾げつつ母上のほうへ視線を向ければ、母上は苦笑にも似た笑みを浮かべていた。

 どうやら、先生の言っていることに間違いは無いようだ。

 しかし、肉体改造とはまた、どういった意味だろうか。



「私の場合は、全身のあらゆる筋肉、器官に対して、常に魔力が行き届くように肉体を改造しているのよ」

「長年様々な魔法使いを見てきましたが、朱莉ちゃんほどの無茶をする子ははじめて見ましたよ。朱莉ちゃんの強化に並ぶものはこの世に存在しません。十秘蹟の第三位も似たような系統ではありますが、この領域にまでは達していませんからね」



 父上よりも格上の、しかも同系統の魔法使いですら行っていないような強化をしていると言うのか。

 常に魔力が行き届くようにしている、と言うことは、母上は常時《装身》を維持し続けていると言うことになる。

 先ほど機銃の掃射にも耐えるとまで言っていた、あの圧倒的なまでの強化を常時維持し続けているのだ。

 その上で、それを周囲に悟らせずに日常生活を送っているのだ。

 正直なところ、目の前にいなければ信じることはできなかっただろう。



「いきなり朱莉ちゃんレベルの《装身》をしようとしても上手く行きませんよ。まずは大まかに分けて強化を施すのがいいでしょう」

「先生ったら、それは私が説明しますのに」

「朱莉ちゃんは最初に上限を教えておくタイプなのでしょうけど、ちゃんと目の前の目標を教えてあげないと可哀想ですよ?」



 若い姿の先生に母上が窘められる姿は未だに違和感を拭いきれないが、母上は先生の言葉に素直に頷いていた。

 まあ私としても、できる範囲で教えてもらえたほうが助かる。

 先生に視線で先を促せば、彼女は軽い笑みと共に続けてくれた。



「まずは、皮膚と骨と筋肉、この程度の大まかな分け方で良いでしょう。仁君は《掌握ヴァルテン》という精霊魔法スピリットスペルを使えるからこそ、本当に精密な部分まで気にしていましたが……多少むらがあっても、《装身》としては十分です」

「その程度でもよいのですか? 流石に、それでもまだすぐにはできませんが……先生の言う通りなら、何とか練習はできそうです」

「普通の魔法使いならば、その程度でも完成としてしまいますからね。重要なのは、肉体の器官によって魔力を通す量が異なると言うこと。筋肉と骨とでは、それぞれ魔力を与える量が異なります。先に筋肉を強化しすぎると、骨のほうが耐えられずに折れてしまいますから、注意してくださいね」



 まあその程度ならすぐに治せますが、と先生は軽く笑ってお茶をすする。

 つまり、最初は大雑把な別け方で慣らし、己の肉体を把握する。

 そして徐々に精密な強化を行うようにすることで、母上のような《装身》へと昇華させて行けばいいのだろう。

 先は長いが――それならば、まだ多少はイメージすることができる。



「分かりました、先生。とりあえずは、大雑把なところから始めてみます」

「ええ、頑張って下さいね。ああ、でも……仁君は、朱莉ちゃんと同じ領域を目指すのですか?」

「はい、そのつもりですが……いずれは、母上のように高度な《装身》を維持できるようになるつもりです」

「成程。だとすると、やはり同じ系統の施術は必要ですか……朱莉ちゃん。やるべきことは分かりますね?」

「仁ちゃんの循環路の形成に注意しておくこと、ですよね?」

「ええ。きちんと最適化するまで、見守ってあげてください」



 二人の言葉はよく分からなかったが、どうやら何か注意しておくべきことがあるようだ。

 循環路、と言っていたが……ここまでの話を鑑みるに、魔力が循環する経路のことだろうか。

 その形成といわれても、よくは分からないが――それを気にするのが母上であると言う以上、私が気にかけても仕方ないことなのかもしれない。

 先生が口にした『施術』という言葉も少々気になるが――



「とりあえず……私は、先ほどの方針で練習をするのでいいのですよね?」

「はい、そうしてください。私たちの準備は、まだしばらくの間は必要ないはずですから」

「そうですね。仁ちゃんは、私たちのことは気にせずに練習してね。間違ったことがあったら、私から指摘するから」

「分かりました、よろしくお願いします」



 母上の言葉に頷き、私は練習を再開する。

 まずは、先生の言葉の通りに、皮膚と筋肉と骨を個別に強化を行うのだ。

 先ほど強化にむらが生まれていたのは、これらの要素がそれぞれ強化に要する魔力量が異なるためだろう。

 腕全体に対して均等に魔力を流しても、それは《装身》に値する強化にはなり得ない。

 骨を強化し、筋肉を強化し、皮膚を強化する。内側から強化を広げるような形で、順々に。

 だが、やはりそれぞれ個別に異なる量の魔力を流すのは難しく、順序立てて強化しても先に強化したものから意識が外れてしまう。

 しかも本来ならば、これらを同時に強化出来なければならないのだ。



「……やはり、先は長そうだな」



 だが、それでも先ほどよりは十分な手ごたえを感じている。

 これならば、練習を繰り返せば先の領域へと到達することができるだろう。

 その確信を得た私は、ひたすらに強化と解除の反復を行っていったのだった。





















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